驚天動地の展開なのよ!
私な箕輪まどか。高校生の霊能者。
富士山麓にあると思われる恐るべき呪術者の内海廉寛の墓を探している。
廉寛は死して尚、強烈な残留思念を残し、内海一門の正統後継者になれなかった者達の思念を取り込み、何百年にも渡って悪意を放ち続けている。
想像を絶する存在なのだ。
「そこを右です」
マイクロバスを運転する心霊医師の矢部隆史さんに私のお師匠様である小松崎瑠希弥さんが告げる。
「了解」
矢部さんはハンドルを軽快に回し、バスを右折させた。
「う……」
坂野義男君が呻いた。車酔いだろうかと思ったら、どうやら違うらしい。
「廉寛の思念が更に強くなって来ました。結界を張りますね」
私の彼氏の江原耕司君のお父さんの雅功さんが言った。
坂野君と力丸卓司君、親友の近藤明菜とその彼の美輪幸治君は霊能者ではないので、廉寛の残留思念を防御できないのだ。
特に想念を作り出す事に長けている坂野君には影響が大きいようだ。
坂野君と付き合っている気功少女の柳原まりさんは、気で結界を張っているらしく、坂野君に声をかけて励ましている。
濱口わたるさんと結婚した小倉冬子さんも、かつての力を失い、今では普通の女性だ。
わたるさんがしっかり冬子さんをガードしているのがわかり、羨ましくなった。
「父さん、七福神の結界を張った方がいいんじゃないの?」
江原ッチが提案したが、
「いや、消耗するから避けた方がいい。七福神の力は本番までとっておくんだ」
雅功さんはお札を取り出しながら応えた。
「ああ、そうか」
江原ッチも雅功さんの言葉に納得したみたいだ。
先程までは何も感じなかった私も、気持ちが悪くなりそうな悪意を感じている。
江原ッチの妹さんの靖子ちゃんは感応力が優れているから、私より辛そうだ。
「大丈夫、靖子ちゃん?」
リッキーは靖子ちゃんを気遣いながらもコロッケを食べている。何て豪胆な……。
こいつも特殊能力があるのではと思ってしまう。
「うん、お父さんが結界を張ってくれたから、もう大丈夫」
靖子ちゃんは笑顔になって応じた。
「そうなんですか」
油断をしていたら、世界を平和にするお題目をリッキーに言われてしまった。
残念過ぎる展開だ。
「バッカじゃないの?」
隣の席にいる霊感親友の綾小路さやかが半目で私を見る。
私は苦笑いしてさやかを見た。
しばらくバスはデコボコ道を進んだので、明菜が気持ち悪くなったようだ。
美輪君が明菜の背中を擦ってあげている。
「妙です」
その時、瑠希弥さんが言った。私の尊敬する西園寺蘭子さんが、
「どうしたの、瑠希弥?」
瑠希弥さんは蘭子お姉さんを見て、
「廉寛の残留思念の波動が変わりました。これは……」
混乱したように頭を左右に振る。すると雅功さんが、
「瑠希弥さんの見立てで間違いないですよ」
微笑んで告げた。瑠希弥はハッとして雅功さんを見た。
「そうなんですか?」
わお! 瑠希弥さんにも先を越されてしまった。
更に冷たく突き刺さるさやかの視線。そればかりでなく、江原ッチにも呆れ気味に見られた。
反省するまどかである。
「こいつは驚いたね」
矢部さんが呟いた。一体何が起こっているのか、私にはわからない。
「心の声で騒いでいるあんたには感知できないわよ。意識を集中して、探知してみなさいよ」
さやかが言う。私は慌てて気を高め、意識を集中して周囲を探ってみた。
え? 何年か前にこれと同じ波動を感じた事があるのを思い出した。これは、ええと……。
「即身仏……。そんな、まさか……」
瑠希弥さんは信じられないという顔で雅功さんを見ている。
そうか……。この波動は、瑠希弥さんと山形に行った時に感じたものだ。
究極の苦行である即身仏と同じ波動を廉寛が出しているというの? そんなバカな……。
「廉寛は只死んだのではないようです。確かにこの波動は即身仏特有のものですが、微妙に違っていますよ。鶴岡市に何体も存在する即身仏を間近に見た瑠希弥さんになら、その違いはわかるはずです」
雅功さんが瑠希弥さんに告げる。瑠希弥さんはハッとしてもう一度探知をやり直した。
その時瑠希弥さんと一緒にいた私も、記憶の糸を解きほぐしながら、もう一度廉寛の波動を探知した。
「本当です。廉寛の波動は鶴岡市の高僧の方々とは違っています。波は似ていますが、高僧の方々はもっと穏やかでした。廉寛の波動は激流のようです。全てを撥ね除けてしまうような……」
瑠希弥さんは雅功さんに答えた。私にはそこまでの違いはわからなかった。只、同じではないと思った程度だ。
「あんたにしては上出来よ」
またさやかに突っ込まれた。雅功さんは前を見据えて、
「その通り。廉寛は寿命で死んだのではなく、即身仏になって命を終えましたが、決してそれはこの世を救うためではなりません。自分の欲のためだけにそれを選んだのです。どこまでも浅ましい男です」
いつになく強い口調だ。
「お、あれやないか?」
蘭子お姉さんの親友で、矢部さんの娘でもある八木麗華さんが前方を指差した。
そちらを見ると、けもの道のような細い道を入った先に小高い丘が見えている。
その丘の正面には穴が掘られており、洞窟のようになっていた。その奥は暗くて見通せない。
「あ、敵が先に着いてしまっているわ」
靖子ちゃんが叫んだ。私は思わずさやかを顔を見合わせた。
敵とは、最後の闇の仏具を持っている霊能者の事だ。まずいのではないだろうか?
「矢部さん、停めてください。ここからは歩いて近づきましょう」
雅功さんの指示で、マイクロバスは停止した。
「おりゃ!」
麗華さんは助手席のドアを開くと、バッと外に飛び出した。
「麗華、危ないわよ!」
蘭子お姉さんの制止も聞かずに麗華さんは丘に向かって猛然と走り出した。
「全く、仕方がないな」
矢部さんも運転席のドアを開いて麗華さんを追いかけた。
「行きますよ」
雅功さんは横の扉をグッと押し開くと、一番に降りた。それに江原ッチと美輪君が続き、私とさやかが追いかける。
その後にまりさんと坂野君、靖子ちゃんとリッキー、明菜、そして、蘭子お姉さんと瑠希弥さんが出て、最後に濱口わたるさんと冬子さんが出た。
「どこに隠れてるねん? 恥ずかしがっとらんで、出て来んかい!?」
麗華さんが周囲の木々を見渡しながら大声で言った。その声は木霊し、遠くまで響いていく。
その反響が消えると、辺りはしんと静まり返り、鳥の鳴き声だけが聞こえて来る。
私達は一斉に周囲を索敵した。だが、何かの力に阻まれているのか、全く敵の居場所がわからない。
「よく来たな、愚か者共め。我が力の糧となるがいい」
どこからか、バスの中で聞いたのと同じ声が聞こえた。波動も同じ。同一人物だ。
次の瞬間、どこかで鈴の音がした。これは……。
「ぐうう!」
私達は脳味噌を鷲掴みされたような衝撃を受けた。
お前に脳味噌なんかあるのかなんていう昭和のお約束ギャグは受け付けないからね!
「何だと……」
雅功さんが歯軋りして辺りを見渡している。
「俺には効かねえぞ!」
美輪君が怒鳴った。するとさっきの声が、
「それも想定済みだ」
今度は上空から無数の死霊が飛来した。
「オンマリシエイソワカ」
蘭子お姉さんと瑠希弥さんが苦痛に堪えて浄化真言である摩利支天真言を唱えた。
しかし、焼け石に水状態なのは、あの鴻池大仙と戦った時と同じだ。
「時間がないのでね。さっさと片づけさせてもらうよ」
そう言って姿を見せたのは、白装束を身に纏った五十代くらいの頭が半分禿げ上がったおっさんだった。
そのおっさんは、右手に錫杖、左手に柄香炉、首には鈴と撥を紐に結わえて提げている。そして、腰を縛っている縄には独鈷を差し込んでいた。
「闇の仏具は全て対だったというのか?」
わたるさんが目を見開いて冬子さんを見た。冬子さんは逆に目を細めて、
「そのようね」
冷静に応じている。独鈷を持っている冬子さんにも鈴の力は通じないらしい。
あのおっさん、闇の仏具を一揃え持っているというの?
やがて死霊達は私達を取り囲んでしまった。なす術がない。
絶体絶命のまどかだった。