霊には霊の事情があるのよ!
私は箕輪まどか。小学校は卒業したわ。
四月からは、「妖艶な香り漂う中学生」になるのよ。
え? 「妖怪の雰囲気漂う」って言ったの、誰?
地獄に行くわよ、そんな酷い事言うと!
そして何と、あの上辺だけ付き合っていた牧野君は、私の予想に反して、私立中学を受験していたの。
しかも、合格までして。どういうつもりなのかしら? 私とは遊びだったのね?
あれ? 涙が出てる。本気じゃなかったのに。
これは悔し涙よ。玉の輿が遠のいてしまったから。
牧野君にふられたからじゃないわ……。
そんな私のところに、またしても警察から霊視の依頼。
嫌なんですけど。そんなテンションじゃないんですけど。
私はお兄ちゃんに「拒否権発動」を宣言した。
お兄ちゃんは驚き、課長さんと話し合うと言っていた。
で、「拒否権発動」って何?
するとどうした事か、課長さんから私の携帯に初めて連絡が入った。
「頼むよ、まどかちゃん。君が来てくれないと、非常に困るんだよ」
「でも霊視してコロッケ二個じゃ、とてもお受けできませんわ」
お嬢様口調で反論する私。
「わかった! じゃあ、ファミレスでチョコパフェでどうだ」
「了解しました」
やや食い気味に返事をした。こうして決裂したかに見えた会談は成功した。
現場は繁華街の一角。スナックのママが殺されたのだ。
四月から中学生になる純真な乙女に、何て現場を見させるのよ、課長!
「わ」
私は仰天した。ママは自分が死んだ事に気づいていない。
またお店で仕込みをしたり、お酒の注文書を書いたりしている。
でも、霊になってしまっているから、仕込みはポルターガイストだし、注文書を記入するのは自動書記だ。
見えない人が見たら、おしっこ漏らしそう。
多分、同級生だった力丸君なら、間違いなく漏らしてる。
「ねえ、ママさん、貴女はもう死んでしまったのよ。そんな事はしなくてもいいの」
私はママの霊に呼びかけた。するとママは、
「何冗談言ってるのよ。私は死んでなんかいないわよ」
と笑って取り合わない。どうしよう?
そうだ。昔、Gメンの人が言ってた。
霊には水が飲めないから、水を飲ませてみなさいって。
早速私は水を用意してもらった。
「ママさん、疲れたでしょ? 水でも飲んで下さい」
「あら、貴女、小さいのに気が利くわね。ありがと」
ママの霊はコップを持ち、グッと水を飲んだ。
でも、水はバシャッと床に溢れてしまったので、ママはビックリした。
「何これ? 何かのドッキリなの?」
「違うわ、ママさん。貴女は死んでしまったの。今、貴女は霊だから、水は飲めないのよ」
私はママが悪霊にならないように説得した。
でもママは聞かない。
「そんな事ないわ。私は死んでなんかいない! 生きてるわよ!」
ママはもう一度水を飲んでみる。でも同じ。水は床に落ちる。
「いや、ウソよ、何のトリックなの? 私を皆で騙して、それで楽しんでるんでしょ?」
ママは泣き叫んだ。
「違うわよ。私は、ママにちゃんと天国に行って欲しいから、話をしているの。ママは死んでしまったのよ」
「……」
ママの霊は呆然としてしまった。
ようやく自分の死に気づいたのだが、受け入れる事ができないのだ。
「ママ?」
私はもう一度話しかけた。ママは弱々しく微笑んで、
「ありがとう、お嬢ちゃん。私、死んでしまったのね」
「貴女は誰に殺されたの?」
ママはまたビックリした。
「ええ? 私、殺されたの?」
「ええ。お風呂場で、背中から血を流して死んでいたのよ」
ママは蒼ざめたようだ。いや、霊だから顔色は最初から蒼ざめているのだが。
「ああ」
思い出したようだ。
「誰に殺されたか、わかったの?」
「ええ」
「教えて」
「いやよ」
「え?」
私はビックリした。何でよ? 何で自分を殺した犯人を教えるのが嫌なの?
意味がわかんないわ。
「どうして教えたくないの? せめて理由を教えて」
ママは私の言葉にちょっと考えてから、
「私はその人に殺されても仕方のないような仕打ちをしたのよ。だから、教えられない。私が悪いんだから」
「そうなの」
私は仕方なく、経緯を課長さんに言った。課長さんは刑事課の人達と話してから、
「わかったよ、まどかちゃん。ママにはもう天国に行くように行ってくれ」
課長さんの言葉の意味もよくわからないまま、私はママに告げた。
「わかったわ。ママ、もう天国に行ってね。仕事はしなくていいのよ」
「うん。ありがとう、お嬢ちゃん。それとね」
「何?」
ママは嬉しそうに、
「あっちの世界にも、スナックとかあるのかな?」
「さあ、私は行った事がないから」
「あはは、そうね。ごめんね」
ママはそう言うと、陽気な笑顔で天に昇って行った。
何か悲しかった。殺されても仕方がないから、犯人は教えられないって。
ママの魂の色は、そんな極悪人ではなかった。
犯人の逆恨みだと思う。
何ていい人なの、ママ。尊敬しちゃうわ。
私はママの遺志を尊重してもらおうと思い、課長さんに言った。
「ママの霊が、私は殺されても仕方のない女だから、犯人は教えられないと言っていたって、関係者の人達に教えて下さい」
「そんな事をして、どうするのかね?」
「いいから!」
私は強引にその作戦を課長さんに頼み込み、刑事課の人達にも協力してもらって、ママの知り合いの人達全員に話してもらった。
そして一週間後。
課長さんから連絡があった。
スナックに勤めていたウエイターの人が、自首して来たそうだ。
ママは、これを望んでいたのか? それとも、本当に教えたくなかったのか?
もう知る事はできない。
でも、私は思った。
ママは庇って気がすんだだろうけど、ウエイターの人は、死ぬまでその罪の重さに耐えなければならないのよね。
もしかして、そっち? ママはそれが望みだったの?
ずっと、ママを殺した事で苦しんで欲しかったの?
益々大人の世界が怖くなるまどかだった。