遂に敵の正体がわかったのよ!
私は箕輪まどか。高校生の美少女霊能者だ。そう、美少女でいい。
実力が伴っていないのに背伸びするのは見苦しい事この上ない。
私と彼氏の江原耕司君は、生徒会長の上田博行の悪行を暴くために彼に立ち向かったのだが、力及ばず挫けそうになった。
そこへ救世主の如く現れたのは、江原ッチの妹さんの靖子ちゃん。
桁違いの摩利支天真言が上田の悪意ある気によって縛られていた生徒会副会長の高橋知子さん、私の親友の近藤明菜を救った。
それだけではない。高橋さんを操って、如何にも真言を唱えさせたように見せかけながら、実は上田自身が心の中で真言を詠唱するだけで使える事まで見抜いたのだ。
もう完全に抜かれたと思ってしまったまどかである。
その上、靖子ちゃんと付き合っている肉屋の力丸卓司君が、靖子ちゃんの欠点である物理攻撃に対する防御力をカバーした。彼は七福神の一神である布袋尊の力をその身に宿している。
普段は気が弱く、大人しいリッキーが怒りを露にしたのを初めて見た。
個人的には落ち込みそうだが、仲間的には大逆転したと思った。
「おい、デブ、調子こいてるんじゃねえぞ!」
上田の口調が変わった。まるで危ない人達のような喋り方だ。
「リッキーの事を悪く言わないでよ!」
靖子ちゃんがムッとして言い返した。すると上田はフンと鼻を鳴らして、
「何だよ、可愛い顔して、デブ専かよ? 変態だな、お前達は」
それは思っていても言ってはいけない言葉。となりに立っていた江原ッチの何かがブチッと切れる音が聞こえた。
いや、聞こえたような気がしたというのが本当だ。
「今の言葉、許さねえぞ、上田ァッ!」
江原ッチがこんなに怒ったのも初めて見た。
大事な妹さんを貶されて、切れてしまったみたいだ。
ちょっとだけ悔しいけど、仕方がない。
「ほお」
上田は余裕の笑みを浮かべ、気を高めていく江原ッチを見ている。
正面から渡り合うのは危険だ。上田が何か企んでいるのは、小学生でもわかる。
でも、怒りに我を忘れてしまっている江原ッチは、そんな判断力もないかも知れない。
「ぶちのめしてやる!」
江原ッチは右の拳を振り上げて上田に突進した。
「愚かな」
上田が更に嫌らしい笑みを浮かべ、気の流れを強める。あれでは鉄拳制裁は届かない。
「お兄ちゃん!」
靖子ちゃんが叫んだが、江原ッチは止まらなかった。
「ぬぐおお……」
ところが、呻き声を上げて廊下に崩れるように突っ伏したのは、上田だった。
「バカか、てめえは。江原が囮だって気づかなかったのかよ?」
明菜の彼氏で、江原ッチの親友である美輪幸治君が背後から近づき、上田の脇腹に強烈な蹴りを入れたのだ。
上田は虚を突かれた形になり、気の流れが止まった。
さすが、やり過ぎコウジの異名を取った事がある二人だ。
言葉を交わさなくても、何を為すべきなのかわかっているのだ。
「そ、そんなバカな……」
上田は苦しそうな顔を上げ、美輪君を睨んだ。美輪君が得意そうに上田に一歩踏み出した時だった。
「美輪さん、逃げて!」
靖子ちゃんが絶叫した。
「え?」
美輪君はキョトンとして靖子ちゃんを見た。
「美輪!」
江原ッチが美輪君にタックルし、廊下の向こうへと転がった。
美輪君が立っていたところに雷撃が落ちた。
上田はまだ真言を唱える力が残っているようだ。
「江原、真言の攻撃なら、俺には通じないって」
美輪君が苦笑いして言うと、江原ッチは、
「違うよ! 奴は床を破壊して、お前を落とそうとしたんだ」
そう言って美輪君が立っていた床を指差した。
雷撃は床を貫き、焼け焦げた穴を開けていた。相当強力な雷撃だ。
ここは一階だからそんなに深く落とされる事はなかったろうが、無傷ではすまなかったろう。
「ナウマクサラバタタギャーテイビヤクサラバボッケイビヤクサラバタタラタセンダマカロシャダケンギャキギャキサラバビギナンウンタラタカンマン !」
靖子ちゃんが間髪入れずに不動金縛りの術を唱えた。
「ぬぐ!」
次の真言を唱えようとした上田は瞬きしかできなくなってしまった。
「貴方の心を覗かせてもらうわ」
靖子ちゃんは上田に近づき、彼の額に手を当てた。
「そんな……」
靖子ちゃんが目を見開いた。
「どうした、靖子?」
美輪君と一緒に立ち上がった江原ッチが尋ねた。靖子ちゃんは江原ッチを見て、
「今、お兄ちゃんとまどかお姉さんに私が感じている事を伝えるわ」
すると、靖子ちゃんから念が送られて来た。それは驚くべきものだった。
「上田はサヨカ会の元幹部の家族?」
私はギョッとして上田を見た。
彼の父親は、今はすでにこの世にはいないサヨカ会宗主の鴻池大仙の側近として活動していた。
私達がサヨカ会本部に乗り込んだ時、上田の父親はヨーロッパに信者を増やすために渡っていて、会が解散させられた時も、ドイツやフランス、イギリスで「布教」を続けていた。
それから一年後、何も知らずに帰国した上田の父親はその時ようやくサヨカ会が壊滅したのを知った。
彼には霊能力はなく、その類い稀なる会話術を大仙に見込まれて入会したので、その後の私達の活動でも網にかからず、逃げおおせていた。
「そして、サヨカ会の復興を悲願として元信者達を少しずつ集めて、活動を開始した、という訳ね」
私は上田の顔を見て言った。上田は瞼を震わせていた。怒っているようだ。
「だけど、父親は霊能者じゃないのに何故そいつはそんなすごい力を持っているんだ?」
美輪君が当然の疑問を口にした。
「それは私が霊能者だからよ」
そう言って廊下の先に姿を現した女性がいた。長い黒髪を腰まで伸ばし、黒のワンピースを着た葬式帰りみたいな服装の人。
年の頃は、私の母親と同じくらい。だが、見た目はもっと若い。
どちらかと言うと美人だろう。顔立ちは涼やかというのが合っている。
「誰よ、あんた?」
私は主役の座を守るために前に踏み出して、そのおばさんに尋ねた。
「私? 私は上田桂子。博行の母親よ」
その女性がニヤリとした瞬間、一陣の風が吹いたように廊下が揺れた。
「え?」
ハッと気づくと、女性と上田の姿がなくなっていた。
「何て事……」
靖子ちゃんは私の顔を見た。私は江原ッチの顔を見た。
「悔しいけど、もう俺達の手には負えない。親父に相談しよう、まどかりん」
江原ッチは歯軋りして言った。
「ええ……」
あの母親の登場と退場がどんな絡繰りなのかわからない以上、限界だろう。
まだ決着はつかないのかと焦るまどかだった。