複雑な様相を呈して来たのよ!
私は箕輪まどか。高校生の美少女霊能者だ。もう一歩で大人になれる段階まで来ている。
恥ずかしいから、そこを掘り下げるのはやめてよ。
学校内やその周辺で起こる奇怪な事件の背後にいたのは、私達が通うM市立第一高校の生徒会長である上田博行さんだった。
一気に決着をつけようと思った私達の前に現れた上田さんは、私達を嘲笑い、操り人形と化してしまった副会長の高橋知子さんを使って、私達に攻撃を仕掛けて来た。
高橋さんは霊能者ではないのに、何故真言が使えるのか? 謎だった。
「面倒臭い事にならないうちに片を付けろ、知子。そしたら、また可愛がってあげるよ」
上田さんは黒縁眼鏡の向こうの澱んだような瞳で高橋さんを見ると、嫌らしい笑みを浮かべた。
「ありがとうございます、上田様」
そう応えた高橋さんの目には生気ばかりでなく、光もない。完全に上田さんの思うがままなのだ。
「まどかりん、躊躇っている余裕はないようだよ。高橋さんは無関係だけど、このままにはしておけない」
私の彼の江原耕司君が囁く。私は無言で頷き、高橋さんを見た。
「今度は逃がさないわ。上田様のお考えを阻もうとする者は私が全て排除する」
どこを見ているのかわからない目で、高橋さんは言った。
高橋さんは確かに操られているだけ。でも、そこに囚われていると、上田さんの思う壷だ。
私達が高橋さんを攻撃できないと判断し、高橋さんを前に出したのだ。
それを更に逆手に取る。高橋さんを攻撃し、一気に上田さんに迫り、二人で攻撃して倒すつもりだ。
「オンマカキャラヤソワカ」
高橋さんが大黒天真言を唱えた。それは私がその身に宿した大黒天の真言だ。
その力なら、私は全て受け止めて、吸収する事ができる。
「江原ッチ、任せて」
江原ッチを下がらせ、私は真言の波動の前に立ちはだかった。
「え?」
ところが、様子がおかしかった。真言が目の前まで来た時、それが大黒天真言ではないのに気づいたのだ。
(どういう事?)
無防備なまま、私はそれを受けてしまった。
そんな、あり得ない。高橋さんは確かに大黒天真言を唱えた。それなのに、私にぶつかって来たのは、さっきと同じ帝釈天真言だったのだ。
「きゃあ!」
まともに雷撃を受けてしまったかと思われたのだが、
「箕輪、大丈夫か?」
恐る恐る目を開けると、そこには肉屋の御曹司の力丸卓司君が立っていた。
「え? リッキー、どういう事?」
何故か帝釈天真言は消滅しており、私もリッキーも無事だった。
「コロッケ食べる?」
呑気なリッキーは私に野菜コロッケを差し出した。
そうか。リッキーはその身に七福神の一神である布袋様の力を宿している。
布袋様の力は慈愛。人を救う究極の愛だ。だから私は無事だったのだ。
「邪魔ね、お退きなさい!」
高橋さんの顔が鬼の形相になり、リッキーを威嚇した。
「ひいい!」
布袋様の力を持つリッキーだが、本人は至って臆病なので、高橋さんの顔に恐れをなして私から離れてしまった。
「隙あり! インダラヤソワカ」
江原ッチが帝釈天真言を唱え、高橋さんを攻撃した。
「え?」
ところが、今度も不思議な事が起こった。高橋さんは何もしていないのに、帝釈天真言が消失してしまったのだ。
「ええ!?」
半分ガッツポーズを決めかけていた江原ッチは仰天していた。私もだ。どういう事なのだろう?
「何だかわからねえけど、まどかちゃんと江原の力が通じないみたいだな。だったら、俺の出番だな」
嬉しそうに前に出たのは、親友の明菜の彼で、江原ッチの親友である美輪幸治君だ。
彼には霊能力はないが、霊能力による攻撃を一切受けつけないという能力を持っている。
そして、その身には、軍神とも呼ばれた毘沙門天の力を宿している。
「どうするつもりだ、美輪?」
江原ッチが尋ねると、美輪君は右拳を握りしめて、
「言うまでもねえよ! こいつで解決するのさ!」
高橋さんに向かって突進した。すると、
「きゃああ! 助けて、助けて、健ちゃん!」
高橋さんはヨロヨロとなって廊下にしゃがみ込み、誰かを呼んだ。
健ちゃん? まさか……?
「知ちゃん、大丈夫か?」
そこへ駆けつけたのは、高橋さんの異変を調べて欲しいと私に頼んで来たクラスメートの大久保健君だった。
「女の子に暴力を振るうなんて、最低だな、美輪君。どうしてもと言うのなら、俺が相手になるぞ!」
大久保君は美輪君の前に立って叫んだ。
「な、何言ってるんだ、大久保? 高橋さんの様子がおかしいって、お前が言ったから、俺達は調査をしてるんだぞ」
美輪君は訳がわからないと言う顔で大久保君に言い返した。
大久保君は操られてはいないようだが、高橋さんの事になると、冷静さに欠けてしまうようだ。
「今のは美輪君が悪いわ。女性に暴力を振るおうとするなんて本当に見損なったわ」
いつの間にか、また明菜が上田さんの術中だ。しゃがみ込んでしまった高橋さんを気遣うように肩に手を添えている。
「ありがとう、近藤さん」
高橋さんは目をウルウルさせて明菜を見上げた。
上田さん……。予想以上の力の持ち主だ。このままだと、私達が悪者にされてしまう。
「江原、どうする?」
美輪君が歯軋りをして江原ッチを見た。私も江原ッチを見た。
「こんな時、明蘭さんがいてくれたら……」
江原ッチが小さな声で言ったのを私の「地獄耳」は聞き逃さなかった。
明蘭さんとは、復活の会という邪教集団の一族の人だが、今は私達の仲間だ。
だが、明蘭さんは、お母さんの明鈴さんと共にスーパーお爺ちゃんの名倉英賢様のところで気の浄化を受けているのだ。
今はまだ途中のはずだから、来る事はできない。そんなに会いたいのか、と余計ムカついた。
「後でゆっくり今後についてお話しましょう、江原耕司様」
絶対零度の攻撃を見舞うと、
「ひいい!」
江原ッチは悲鳴を上げた。
「さあ、知子、邪魔者を排除しろ」
背筋がゾッとするような上田さんの声が聞こえた。
「はい、上田様」
高橋さんの抑揚のない声がそれに応じる。こちらの真言は効かない。そして、相手の真言は何が来るのかわからない。
光明真言で堪える事はできるけれど、持久戦になれば、こちらの方が不利だ。進退窮まったと思ったその時だった。
「お兄ちゃん、情けないわ、全く! まどかお姉さんを守るのがお兄ちゃんの使命でしょう?」
そう言って現れたのは、江原ッチの妹さんで、リッキーの彼女である靖子ちゃんだった。
「く……。手強いのが来たか」
上田さんの呟きを聞き、ちょっと落ち込みそうになったまどかだった。