忍び寄る影なのよ!
私は箕輪まどか。遂に女子高生霊能者になった。
その能力故なのか、入学したM市立第一高校で、私と私の彼の江原耕司君は注目の的。
小中と人気がなかったので、とても嬉しかった。
って、何言わせるのよ! そ、そんな事、ないわよ! 小中と人気者だったんだから!
ごめんなさい、嘘を吐きました。許してください。
朝からずっとたくさんの人の視線を浴び続けたせいか、放課後になった頃には、もうすっかり疲れ果てていた。
「靖子に連絡して来るよ」
江原ッチは教室を出て、校門のすぐ脇にある公衆電話に向かった。
我が校は校則が厳しくて、携帯電話の持ち込みは厳禁なのだ。どんな理由があっても、敷地内に持ち込んだら、即没収だ。
携帯依存症の人には入学は無理だと思う。
そんな事を考えていると、江原ッチが戻って来た。
「ダメだ、もう電話ボックスに行列ができてるよ。どうしようか、まどかりん?」
江原ッチの妹さんの靖子ちゃんは、感応力では群を抜いており、あの小松崎瑠希弥さんに迫るくらいなのだ。
そう言えば、尊敬する西園寺蘭子お姉さんには相変わらず連絡が取れないので、瑠希弥さんに連絡したら、
「ちょっとね」
そう言っただけで、何があったのか教えてもらえなかった。蘭子お姉さん、どうしたのかしら?
「あれ?」
私と江原ッチは公衆電話の行列がなくなるのを玄関で待っていたが、一向に列が短くなる事はなかった。
携帯を持ち込めないとは言え、今までそんな状況になった事はない。
「何かおかしくない、江原ッチ?」
私は嫌な予感がしていた。
「確かに。あれほど電話ボックスが混雑した事はないよ。厳禁とは言っても、隠れて持ち込んでいる連中もいるからさ」
江原ッチは腕組みをして行列を睨んだ。
「何だ、電話が空くのを待ってたのか、江原? 俺が話をつけて来ようか?」
そこへ美輪幸治君が現れた。当然の事ながら、明菜も一緒だ。
「箕輪さん、江原君、ちょっといいかしら?」
するとそこへ生徒指導部の一番怖い担当者である坂田郁代先生が現れた。
坂田先生は、教師生活二十五年という、あの伝説の「町田先生」と同じ大ベテランだ。
え? 町田先生って誰ですって? 調べなさいよ、自分で! 作者は知ってたわよ。(知ってました 作者)
「何でしょうか?」
私と江原ッチは姿勢を真っ直ぐにした。そうしないと、叱られるからだ。
坂田先生はトレードマークの三角の眼鏡をクイッと指で押し上げて、
「あなた方二人に良くない噂が立っています。その真偽を確認しますので、生徒指導室まで来なさい」
くるりと背を向けると、スイスイと流れるような歩調で廊下を歩いていく。
動きがあまりにも規則正しいので、まるでアンドロイドみたいだ。
「何だろう、良くない噂って?」
江原ッチが囁いた。吐息が耳にかかって、くすぐったい。
「とにかく、行くしかないわ」
私は意を決して廊下に戻った。江原ッチがそれに続く。するとその時、
『まどかお姉さん、行ってはダメ! 罠よ』
頭の中に靖子ちゃんの声が響いた。江原ッチにも聞こえたらしく、私を見ている。
「今、靖子の声が聞こえたよね?」
「ええ。行ってはダメって言ってたね」
私は立ち止まって玄関に戻ろうとした。すると、
「何をしているの、あなた達は! サッサと来なさい!」
鬼のような形相の坂田先生が駆け戻って来て怒鳴った。おかしい。坂田先生は怖いけど、決して大声を出したりはしない人なのだ。
やっぱり何かがおかしい。
「江原ッチ!」
私は江原ッチに目配せし、
「オンマリシエイソワカ」
浄化真言である摩利支天真言を唱えた。
「ぐぎゃ!」
真言を浴びた坂田先生はピョンと一跳ねすると、そのまま廊下に倒れた。
「坂田先生、どうしたんですか?」
事情を呑み込めていない明菜が駆け寄ろうとしたので、
「美輪君、明菜を止めて!」
私が叫ぶ。美輪君は返事より早く動き、明菜を後ろから抱き止めた。
「やだ、美輪君、こんなところで」
何を勘違いしたのか、明菜は赤くなっていた。
「何が起こっているんだ、江原?」
美輪君はポオッとしている明菜を支えながら尋ねた。江原ッチは倒れた坂田先生に近づき、
「まだわからない。先生は操られていただけ。黒幕は別にいるよ」
そう言って、廊下の奥に視線を向けた。私も同じ方角から発せられる強い邪悪な気を感じた。
その気は、教室で感じたのと同じものだ。質は違うけど、同一人物によって放出されたのはわかる。
「あ」
その人物は私達が探りを入れているのに気づいたからなのか、最初からそのつもりだったのか、突然気配を消してしまった。
逃げたのか? それとも……。相手の考えている事がわからず、身震いしてしまった。
私達は倒れた坂田先生を保健室まで運び、保健の先生に事情を訊かれたが、わからないと答えて誤摩化し、校舎を後にした。
「何だよ、みんな。俺だけ除け者にしないでよ」
そこへ肉屋の力丸卓司君が来た。何故かリッキーはその身に宿した布袋様の力を無意識のうちに全開にしていた。
「そうか。癒しの波動が迫って来たので、退いたのかも知れないな」
江原ッチはリッキーを見て言った。
「そうね。そうかもね。ありがとう、リッキー」
私がお礼を言うと、リッキーはキョトンとして、
「何だよ、気持ち悪いな。箕輪が俺にお礼を言うなんて、雪が降るんじゃないの?」
昭和のギャグを飛ばされた。引っぱたいてやりたかったが、助かったのは事実なのでやめておいた。
それにしても、一体何者なのだろうか? 疑問だけが残った。
しかもその後、みぞれ混じりの雨が降ったので、本気で落ち込みそうになったまどかだった。