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知らなかったけど、しばらくお別れなのよ!(後編)

 私は箕輪まどか。中学生の霊能者。


 邪教集団である復活の会の計画を知った私達G県警刑事部霊感課のメンバーは、霊感課を一時解散し、復活の会の先手を取るという本部長の意向を受け、県警本部を出た。


 その時、同じ敷地内にあるG県議会の建物から、復活の会と思われる連中の邪悪な気が漂って来た。


 椿直美先生、私、綾小路さやか、そして私の彼の江原耕司君の四人は、まさか復活の会が罠を仕掛けて待っているとは夢にも思わず、議会がある建物へと走った。


「こっちです!」


 以外にも一番足が速いのはさやかだった。


「可愛いだけじゃ女子はダメなのよ、まどか」


 さやかはドヤ顔で私に言った。悔しいけど、今はそんな事を言い合っている場合ではない。


「さやかさん、待って、私が先に行くわ」


 椿先生が先行するさやかを引き止め、前に出た。


 その時の椿先生の顔は凄く怖かったので、反論しようとしたさやかがビクッとしたくらいだ。


 こうして、椿先生を先頭にして、私達は邪悪な気が漂っている元である議会の本会議場に向かった。


 傍聴席に入ると、幾人か人がいたが、閑散としていた。


「うわ!」


 江原ッチが思わず叫ぶ。私もあっと息を呑んだ。


 本会議場の天井付近に形が安定していない悪霊集団がまるで渦を巻くように蠢いているのが見えたのだ。


 当然の事ながら、傍聴席にいる人も議員の皆さんも、全く気づいていない。


「何を始めるつもりなの?」


 椿先生は傍聴席の一番前まで走ると、印を結んだ。


「オンマリシエイソワカ」


 全力の摩利支天まりしてん真言だ。


 その威力はまさしく突風で、悪霊達を弾き飛ばした。


 悪霊達は天井の隅まで吹き飛んだ。その影響で照明がチラチラし、議員の皆さんが上を見た。


「皆さん、避難してください! ここは危険です!」


 椿先生はスーツのポケットから霊感課専用の身分証を取り出して掲示した。


 するとよく耳にする言葉だが、蜘蛛の子を散らすように議員さん達が逃げ出した。


 いい大人が酷く取り乱しているのを見て、私はG県の行く末を憂えた。


 ところで、憂えるって何?


「バカな事考えてないでよ」


 さやかが白い目で私を見る。


 悪霊達は私達に気づき、敵意と憎悪を剥き出しにして襲いかかって来た。


「まどかさん、さやかさん、江原君、下がっていなさい!」


 椿先生の気が爆発的に高まった。


 すごい! これ、西園寺蘭子お姉さんの「裏蘭子さん」より上かも。


 椿先生がちょっとだけ怖くなった。


「まどかりん、もっと離れた方がいい」


 江原ッチが私を庇いながら傍聴席の後ろに誘導してくれた。


 さやかも椿先生の気のすさまじさに驚きながら下がった。


「伏せていなさい!」


 椿先生は更に気を高めていく。私達は暴風の中にいるのではないかと錯覚するくらいの気の流れを感じ、しゃがみ込んだ。


「綾小路さん、こっち!」


 江原ッチはさやかを呼び、三人で固まった。


 江原ッチがさやかまで抱きしめるように庇っているのは何だか納得がいかないけど、それくらい椿先生の気はすごかった。


「優しいのね、江原君」


 さやかがウルウルした目で江原ッチに言う。


「いやあ……」


 江原ッチは嬉しそうに頭を掻いた。後でお説教ね。


「はああ!」


 椿先生は極限まで高めた気を今度は固め始めた。


「あの数を全部浄化するのは難しいわ。三人共、よく見ておきなさい。これが悪霊集団との戦い方よ」


 椿先生はそう言うと、まるで大砲のような気の塊を襲いかかって来た悪霊達にぶつけた。


「ぐおおお!」


 人間で言えば、いきなり鉄球をぶつけられたくらいの破壊力のはずだ。


 悪霊達はのた打ち回り、散り散りになった。


「今よ、摩利支天真言を!」


 椿先生が叫んだ。


 私達は目で合図し合い、印を結ぶ。


「オンマリシエイソワカ!」


 椿先生のそれと合わさった摩利支天真言はそこにいた悪霊達を全部吹き飛ばしながら浄化してしまった。


 私達三人の真言より、椿先生の第二撃の方がはるかに威力があったのは本当に驚きだった。


「終わったのか?」


 江原ッチが清浄な気が満ちて来るのを感じて言う。


「いえ、まだよ」


 椿先生はそう言うと、傍聴席を駆け出して行ってしまった。


「先生!」


 私達は顔を見合わせてから、先生を追いかけた。




 先生は議会の建物を出ると振り返って私達を見た。


「貴方達はすぐに箕輪課長達とここを離れなさい。後は私が全部引き受けますから」


「え? どういう事ですか?」


 意味がわからないので私が質問すると、


「わかりました。そうします」


 さやかが勝手に答え、私と江原ッチを引き摺るようにしてG県警へと走り出す。


「何なのよ、さやか!?」


 私はさやかの手を振り払って怒鳴った。するとさやかは、


「先生の思いを無駄にしないで、まどか」


 さやかは泣いていた。もしかして、椿先生の心を覗いたの?


「そうよ。だから早く!」


 そう言ってさやかはまた駆け出すが、私は置いてきぼりで、江原ッチの手をしっかり握っていた。


「待てこら!」


 私はムッとして慌てて二人を追いかけた。


 さやかはそのまま霊感課まで一気に走り、ドアを勢いよく開いた。


「どうした、忘れ物か?」


 エロ兄貴と恋人の里見まゆ子さんが非常に慌てた様子で離れたのが見えた。


 まさかこの非常時に、とは思ったが、今は言わない。


「課長、里見さん、すぐにここを出てください」


 さやかが言った。兄貴は理由わけがわからないようだ。


「どうしてだ? 何かあったのか?」


 まゆ子さんは不安そうに私達を見ている。


「そうです! 大変な事が起ころうとしています。ですから、すぐにここを出ないと!」


 さやかの真剣な表情に兄貴も何かを感じたのか、


「わかった、すぐに出よう」


 私と江原ッチはさやかの言動に何となく何が起ころうとしているのかわかっていた。


「まどかりん、今はとにかくお兄さんと里見さんを守る事が先だ」


「うん」


 椿先生が気になったが、今は兄貴とまゆ子さんの安全が優先だ。


 それが椿先生の願いでもあるのだから。


 ああ、涙が出そうだ……。


 私達は、緊急脱出用の通路を使って県警の裏に出た。


 何かを感じたさやかの判断だ。


 県警の正面玄関には何故か機動隊が詰めかけていた。


「何事だ?」


 兄貴が見に行こうとしたが、


「ダメです。こっちに来てください!」


 さやかが怒鳴って引き止めた。確かに近づいてはいけない雰囲気がする。


「先生……」


 前を走るさやかが泣き出したのを切っ掛けに私も泣いてしまった。


「まどかりん」


 崩れ落ちそうになる私を支えて江原ッチは走った。


 それが嬉しくて、また泣いてしまった。


 


 私達は機動隊に見つかる事なく、霊感課専用のパトカーで敷地を離れ、江原ッチの邸に向かった。


「何が起こっているのか、説明してくれないか?」


 県警本部から数百メートル離れたところで、兄貴がたまりかねたように口を開いた。


「復活の会が県議会の本会場に罠を仕掛けていました。私達はそれに気づかずに本会場に乗り込んでしまい、彼らの思惑通りに行動してしまったんです」

 

 さやかが涙を堪えて話し始めた。さやか、すごい。


 私はもう椿先生の事で動揺してしまい、何も話せるような状態ではない。


「ええ?」


 兄貴とまゆ子さんにはまだ事情がわからないようだ。


「俺達の行動が、荒船議員の息のかかった連中によって全部撮影されていたんです」


 江原ッチが私を気遣いながら言い添えた。江原ッチも目を潤ませている。


 椿先生がどんな覚悟で私達を逃がしたのか、江原ッチにもわかっているからだ。


「その映像だけを見ると、俺達が本会議場に乗り込んで来て、暴れているようにしか見えないんです。椿先生がそれに気づいて、俺達が映らないように気遣ってくれて……」


 江原ッチも言葉を詰まらせた。


「江原ッチ……」


 私は怒りに震えて涙を我慢している江原ッチを抱きしめた。


「じゃあ、椿先生が一人で……」


 まゆ子さんも涙を流して江原ッチを見る。江原ッチは唇を震わせてまゆ子さんを見た。


「はい。先生は全部私が引き受けるとおっしゃって……」


 とうとう江原ッチも泣いてしまった。


「何て事だ……」


 兄貴はガンとハンドルを叩いた。


「今は俺の家に向かってください。それしかできる事はないんです」


 江原ッチは涙を拭って兄貴に言った。


「わかった」


 兄貴はさすがに泣いてはいなかったが、いつになく真剣な表情だ。


 ちょっとだけ見直してしまった。


 


 私達は江原邸に到着した。


 わずか数キロの距離で、時間にして十五分とかかっていないはずだが、私達は何時間も移動してきたかのように疲労していた。


 移動中に江原ッチがご両親に連絡をとったので、邸に着くと同時に玄関から雅功まさとしさんと菜摘さんが飛び出して来た。


「とにかく、中へ」


 二人は何も訊かずに私達を邸に通した。


 いつもなら、奥の道場に行くところだが、今日は別の部屋に通された。


 そこは窓がない部屋で、中の空気がピンと張りつめている。


 荘厳な気を感じた。


 ふと部屋の奥を見ると、神社の宮司さんのような格好をした白髪のお爺さんが正座していた。


「私と菜摘の師匠の名倉なぐら英賢えいけん様だ」


 雅功さんが紹介してくれた。


 その人はそこにいるのにいないような感じのする不思議な人だ。


「我が不肖の弟子が御迷惑をおかけしている」


 英賢様は心にズシンと来るような重みのある声で言った。


「不肖の弟子?」


 さやかが鸚鵡返しに言った。英賢様はゆっくりと頷き、


左様さよう。復活の会を創始したのは我が弟子である神田原かんだはら明丞めいじょう。一番弟子にして、途轍もなく悪の気に満ちた男であった」


 神田原明丞って、復活の会の親玉よね。そのお師匠様が英賢様なの?


 でも、神田原明丞って、三十年も前に死んでいるのよね。


 その人のお師匠様って事は、英賢様はおいくつなの?


「私は明治二十年生まれ。今年で百二十五歳になる」


 心を読まれたようだ。英賢様はニコニコしながら私を見て教えてくれた。


 もう驚くしかない。


 確かにお年なのは見てわかったけど、どう見ても七十代、いや、六十代にだって見える。


 グウタラな私のお父さんの方がずっと身体が弱っているだろう。


「さてと。時が惜しい。早速行くか、雅功、菜摘」


 英賢様はフワッと立ち上がった。


 普通正座をしていれば、上体を動かさないと立ち上がれないと思うのだが、英賢様は真っ直ぐのままで立ち上がったのだ。


 私とさやかは思わず顔を見合わせてしまった。


「どこに行くんですか?」


 江原ッチが実に間抜けな質問をした。


「ついて参れ、少年」


 英賢様は江原ッチより二十センチくらい身長が小さいが、そうは見えない迫力があった。


「あ、はい」


 江原ッチは直立不動になってから、英賢様を追いかけた


「あなた方はここにいてください」


 雅功さんは兄貴とまゆ子さんに言った。


「はい」


 兄貴とまゆ子さんは英賢様に圧倒されてしまったのか、それだけ言うとその場にへたり込んでしまった。


 まあ、仕方ないよね。


 


 私達は、雅功さんの運転するワゴン車に乗り、江原邸を出発した。


「椿先生は神田原明丞に囚われています。これより、椿先生の救出に向かいます」


 菜摘さんが助手席で言った。


 私とさやかと江原ッチは真ん中の席で頷く。


 英賢様は後部座席に悠然と座り、微笑んでいた。


 何だか震えそうだ。


 今まで一度も表に出て来なかった雅功さんのお師匠様が出て来たという事は、「マジやばい」という事なのだろうから。


「案ずるな、まどかよ。私が出張ったのは、そういう事ではない」


 また英賢様が私の心を読んだ。


「どういう事ですか?」


 私はさやかと一緒に振り返って尋ねた。


「大馬鹿者に灸を据えるためだ。二度と悪さをせんようにな」


 柔和だった英賢様の目がギラッと光る。


 私はもう少しで漏らしてしまうところだった。


「恥ずかしいわね、まどかは」


 さやかが気づき、小声で言った。


 


 ワゴン車はG県北部の山岳地帯を分け入って行く。


 すでに日も暮れ、辺りは静まり返っていた。


「停めよ、雅功」


 ずっと瞑想していた英賢様が不意に目を開いて言った。


「はい」


 雅功さんはスウッとワゴン車を停止させた。


「降りるぞ」


 英賢様はまたフワッと立ち上がる。


 簡単なようで絶対に真似できない事だ。


 私達は昔ながらの松明たいまつを掲げ、漆黒の闇の中を歩いた。


 松明を掲げているのは雅功さんと江原ッチ。


 英賢様は一番前を歩いているのだが、明るいところを進むように速度を緩めないで歩いている。


 むしろ松明の明かりを頼りに進んでいる私達の方が遅いくらいだ。


「む?」


 突然英賢様が立ち止まる。


「結界だ。破るぞ」


 英賢様はスッと右手で早九字を切った。


 山形のエロジイさんである遠野泉進様と同じ修験道の技だ。


臨兵闘者皆陣列在前りんぴょうとうしゃかいじんれつざいぜん!」


 バシュウッという音がして、結界が消滅した。


「まだまだぬるい」


 英賢様はフッと笑い、また歩き出す。


 すると辺りに殺気が立ち込めて来た。


「菜摘」


 雅功さんが松明を地面に突き刺して動く。菜摘さんも知らないうちに姿が見えなくなった。


「ぬぐあ!」


 あちこちで苦悶に満ちた声が聞こえ、ドサドサッと人が倒れる音がする。


「てこずったな、二人共」


 英賢様が一分も経たずに戻って来た雅功さんと菜摘さんに言った。


「申し訳ありません」


 雅功さんと菜摘さんは頭を下げた。


 あの早技でてこずったとか言われちゃうの?


 凄過ぎる……。


 そしてまた前へと進む。


 やがて視界が開け、少し明るくなって来た。


 よく見ると、その先に神社の拝殿のような建物が見え、あちこちに篝火かがりびが建てられている。


「こんな事をして、何を企んでおるのだ、明丞?」


 英賢様がスッと前に進み出て大声で言った。


 静まり返った山の中にその声が響き渡った。


「これはこれは、お師匠様。またお会いできまして光栄の至りです」


 そう言って姿を現したのは、白装束を着た痩せさらばえた白髪の老人。


 神田原明丞だろうか?


 英賢様より年下のはずだが、ずっと老けて見える。


 そうか、この人、一度死んで甦ったんだっけ?


 って事は、あの身体は誰かのご遺体なのかな?


 もうちょっといいのを選べば、などと考えてはいけない。


 そのご遺体は被害者なのだから。


「お前のような者に師匠呼ばわりされるいわれはない」


 英賢様の気が高まった。怒りの気だ。


 また漏らしそうになる。


「全く……」


 さやかが白い目で私を見た。


「え、お師匠様、そんなまさか……」


 明丞の顔色が悪くなったのが、篝火の明かりでもわかった。


「問答無用」


 英賢様がそう言ったのが聞こえたかと思うと、次の瞬間、


「うげ」


 思わずそんな声を出してしまうような凄惨な事が起こった。


 英賢様の怒りの鉄拳が明丞をボコボコにしてしまったのだ。


 まさしく「ぱねえ」強さだった。


 明丞はたちまち縄で縛り上げられ、お札で術を封じられた。


 明丞の配下は百人ほどいたのだが、英賢様の凄まじさに気圧され、何もできずに降参した。


「こやつ、自分の遺体を冷凍保存しておったのだ。だから容赦の必要はないのだ」


 英賢様は息一つ乱さないでそう言った。


 それにしてもあまりに呆気ない最終戦だった。




 椿先生は拝殿の奥に監禁されており、江原ッチと雅功さんが救出した。


 どうやら薬をかがされ、ここまで連れて来られたようだ。


「ありがとうございました」


 椿先生は恥ずかしさと嬉しさ半々状態で英賢様と雅功さん達にお礼を言った。


「やっとこれで私も田舎に帰れます」


 椿先生がそう言ったので、私達は驚いてしまった。


「先生、田舎に帰ってしまうんですか?」


 誰よりも残念そうなのは江原ッチだ。また後でお説教ね。


「ごめんなさい」


 先生も悲しそうだ。雅功さんと会えなくなるからかな? 


 わわ、睨まれた。


「椿さんは私のところに来なさい。まだまだ延び代がある。鍛練次第では、雅功なぞ及びもつかぬ術者になるぞ」


 英賢様が嬉しそうに言う。何だか嫌な予感がするのは、その笑顔が出羽のスケベジジイと似ていたからだろうか?


「あやつと一緒にするな」


 英賢様が言った。私は苦笑いするしかない。


「ありがとうございます。ですが、私は故郷に戻って、一族の再興に力を尽くしたいのです」


 椿先生は目を潤ませて言った。英賢様は微笑んで、


「わかった。そうしなさい。貴女の村は、日本有数の霊媒師の里だからな」


「申し訳ありません、英賢様」


 椿先生は深々と頭を下げた。


「英賢様」


 さやかが口を開いた。英賢様がさやかを優しい目で見る。


「代わりに私が行くのはダメですか?」


 すると英賢様はジッとさやかを見た。


 さやかが緊張している。


 私と江原ッチは思わず唾を飲み込んだ。


「うむ。お前は若いに似合わず性根が座っている。是非そうしなさい。学校の方は私が全て手配しよう」


 英賢様の言葉にさやかの目が潤んだ。


「ありがとうございます、英賢様」


 私はさやかの涙に釣られて泣いてしまった。


 


 そして、翌日。


 いつの間にかすっかり季節は移り、もうすぐ桜が咲きそうな時期。


 私と江原ッチと親友の近藤明菜、その彼氏の美輪幸治君、クラスメートの力丸卓司君、江原ッチの妹さんでリッキーの彼女の靖子ちゃんが、さやかと椿先生の見送りに来ていた。


「ねえ、牧野君は来ないの?」


 私は気になっていたので、小声でさやかに尋ねた。牧野君はさやかの彼で私の元彼でもある。


「聞いてないの? 牧野君ご一家は、三月に渡米したんだよ。向こうに永住するんだってさ」


 さやかが思ってもみない事を教えてくれた。


「ええ? 全然知らなかった……」


 唖然呆然の私である。


「私とお母さんにも一緒に行かないかって言ってくれたんだけど、断わっちゃった」


 もう何も未練はないという風な顔でさやかは言ってのけた。


 相変わらず、強がりなんだから。


「うるさいわね」


 さやかが睨んだ。発車のベルが鳴る。


「さやかさん」


 少し目を潤ませた椿先生がさやかを促す。さやかは黙って頷き、スーツケースを持った。


「じゃあね、みんな。また会いましょう」


 さやかは涙を堪えて言った。靖子ちゃんとリッキーは号泣、美輪君は大泣きしている明菜を慰めている。


 私はさやかが頑張っているので、何とか涙を堪えた。江原ッチが優しく肩を抱いてくれる。


 二人は途中まで同じ列車なのだ。


 席に着いたさやかが窓を開けた。


「今度会うまでにもうちょっと胸大きくなるといいね、まどか」


「うるさい!」


 そんな憎まれ口ももうしばらく言い合えないのかと思うと、涙が溢れてしまった。


「元気でね!」


 お互いに出せる最大の声で言った。


 見えなくなるまで手を振る。


「元気でね! また会いましょう」


 椿先生も泣きながら手を振ってくれた。


「先生もお元気で!」


 江原ッチと美輪君が涙ぐんでいる理由はわかっているので、後で明菜とこってりがっつりお説教だ。


 さよならは言わない。


 またいつか会えるのだから。


 それまで元気で、椿先生、さやか。


 


 そして、皆さん。


 まどかは一回り大きくなって帰って来るから、待っててね。待ってないとか言わないでよお……。


 ひとまず、お元気で。ムフ。

ここまでお読みくださり、ありがとうございました。


またお会いしましょう。

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