知らなかったけど、しばらくお別れなのよ!(前編)
私は箕輪まどか。中学生の霊能者だ。
今、私達は敵対している邪教集団である復活の会との総力戦のために活動している。
「そんな凄い事になっているのか?」
学校帰りにエロ兄貴が課長を務めるG県警刑事部霊感課に立ち寄った。
もちろん、危険を避けるために彼氏の江原耕司君、霊感親友の綾小路さやかと待ち合わせをして行動を共にしている。
それから、クラスの副担任でもある椿直美先生も一緒だ。
「あなた達だけだと心配ですから」
椿先生が真剣な表情で言った。そのせいで私達は事の重大さをより感じた。
「何があっても、まどかりんは俺が守るから」
江原ッチは私の耳元でそう囁いてくれた。
彼の吐息が耳をくすぐり、私はうっとりしてしまった。
「ヘラヘラしていないでよね、二人共」
さやかはムッとした顔で私と江原ッチを睨む。
さやかの彼の牧野徹君は霊能者ではないので、さやかは牧野君との接触を禁じられているのだ。
「禁じられていなくたって、私はマッキーに近づいたりしないわ。復活の会の恐ろしさは、誰よりもよく知っているんだから」
さやかは決して私と江原ッチが羨ましかった訳ではないのだ。
彼女のお父さんは復活の会に殺害されている。
私や江原ッチとは歩いて来た人生の重さが違うのだ。
そんなさやかのためにも、私は復活の会を叩き潰したい。
「ありがとう、まどか」
さやかは照れ臭そうに言ってくれた。相変わらず人の心の声を勝手に聞くのをやめてくれない。
「聞かれたくたって、そのうちできなくなるから心配しないで」
さやかはニコッとして意味不明な事を言った。
「え? 何それ?」
不思議に思って尋ねたが、彼女は笑うだけで教えてくれなかった。
「復活の会は議会も掌握していると思われます。荒船議員の所属する会派は皆、復活の会に洗脳されていると考えた方がいいでしょう」
椿先生が真面目に説明しているのに、バカ兄貴はニヘラッとして先生の話を聞いている。
「慶一郎さん、後でお話があります」
課長補佐の里見まゆ子さんが兄貴の後ろに立って呟いた。
「ひいい!」
兄貴は凍りつきそうな顔で身震いしていた。ホントに学習能力がないにもほどがある。
「課長と里見さんは霊感課の活動に関わらないようにしてください。彼らはG県警そのものまで掌握しようとしています」
椿先生の話は続いている。
「県警そのものを乗っ取るつもりなんですか?」
まゆ子さんは兄貴を睨みつけてから椿先生に尋ねた。先生は大きく頷き、
「それはほんの足がかりに過ぎないと思います。彼らはG県から始めて、日本中の自治体、そしてゆくゆくは日本政府も陰から動かすつもりなのです」
まゆ子さんは目を見開いてしまった。
うすうすはわかっていた私でさえ、復活の会の野望の大きさに震えそうなのだから。
「彼らの本来の目的が日本の統治機構にあったのをもっと早く見抜けなかった私の責任です。申し訳ありません」
先生は目を潤ませて兄貴とまゆ子さんに頭を下げた。
それを見て私とさやかも泣きそうになる。
「椿先生のせいじゃないですよ。私だって、復活の会の事をいろいろ知っていながら、何も気がつかなかったんですから」
さやかが涙を拭って先生を擁護した。
「椿先生も綾小路さんも悪くありません」
兄貴が真顔で話し始めたので、熱でもあるのかと思ったが、そうではないようだ。
一年に何度かはまともになる時があるらしい。
「悪いのは復活の会です。それが正しい物の見方です」
兄貴は爽やかな笑顔で先生とさやかの肩に手を置いた。
純情な椿先生は兄貴に肩を触られて赤くなってしまった。
さやかも心なしか、兄貴の笑顔にポオッとしている感じだ。
自慢したくもないが、エロくて邪なバカ兄貴は、県警一のイケメンなのだ。
そんな兄貴に触れられれば、大抵の女性はドキドキしてしまうのだ。
何だかとっても悔しいけどね。
またまゆ子さんが怒るな、と思ってまゆ子さんを見ると、何とまゆ子さんまでポオッとしていた。
「慶一郎さん、素敵です」
まゆ子さんは恍惚とした表情になっている。
一番重症だ。全く何て事なの……。
椿先生は霊感課のフロアのあちこちに強力な魔除けと迎撃用のお札を装備し、兄貴とまゆ子さんには携帯用のお札と魔除け、更に霊峰富士の湧き水で作った聖なる水が入った瓶を渡した。
「私達がそばについていられるとは限りませんので、自分の身は自分で守ってください」
椿先生が真剣な目で兄貴とまゆ子さんに告げた。
「はい」
兄貴のまともカラータイマーは三分も保たないようだ。
まゆ子さん側の左の顔は真剣だが、私側の右の顔はニヘラッとしている。
相変わらずキモい表情筋だ。どうすればあんな事ができるんだろう?
「行きましょうか」
椿先生を先頭に霊感課の実動部隊は本部長のところに向かった。
本部長には、江原ッチのお父さんの雅功さんが逸早く手を打って復活の会の魔手から逃れられるように県警本部の最下層にある秘密の部屋に避難してもらっている。
「ご苦労様」
私達が何重にも張られた結界の扉をくぐり抜けて中に入ると、席に着いていた本部長が立ち上がって敬礼をしてくれた。
「お疲れ様です」
私達は揃って敬礼を返した。
「議会が霊感課廃止法案を可決するのはもはや避けられない。私の進退も問われる事になるだろう」
本部長は私達をソファに座らせて言った。
「そんな……」
霊感課発足当時は、とんでもないおっさんだと思ってしまったが、時を経るに従って、本部長の本気がわかり、今ではそんな事は微塵も思っていない。
だから、本部長の悔しさはよくわかった。
「だから、本日付けで君達の霊感課の職を解く事にした」
私とさやかと江原ッチは思わず顔を見合わせた。
「最後まで私達は霊感課です、本部長」
さやかが大声で異議を唱えた。すると椿先生が、
「さやかさん、わかって。霊感課として活動すると、復活の会や荒船氏達によい口実を与えてしまうの」
その言葉に私達はハッとした。本部長は涙を呑んで霊感課を一時解散するつもりなのだ。
「廃止される前に私の権限で解散してしまえば、廃止法案は空中分解する。そして、その方が君達の活動にも都合がいいんだよ。わかってくれ、綾小路さん」
本部長はさやかの肩に手を置いて言った。
「はい、本部長」
さやかは兄貴の時とは全然違い、ごく普通に返事をしている。
可哀想な本部長。
「だったらあんたが本部長を慰めなさいよ」
さやかが小声で言って来た。私は苦笑いするしかなかった。
「くれぐれも無理はしないでくれたまえ。君達に何かあったら、それこそ取り返しがつかなくなるのだからね」
本部長は心の底から心配してくれていた。
本部長は子供の時にご両親を殺されてしまった。
その事が本部長の今の原動力になっている。
そして同時に「そんな思いをする人をできる限りなくしたい」という願いも強いのだ。
「心配ご無用です、本部長。私達は負けません。絶対に復活の会は殲滅します」
椿先生は力強く言った。
本部長は黙って頷き、敬礼した。
私達も敬礼を返した。
県警本部を出た私達は、一度江原邸に戻る事にした。
「あ」
私は県警本部の反対側に建っているG県議会の建物から異様な気を感じた。
それはもちろん、椿先生にも江原ッチにもさやかにも感じられていた。
「まさかそんな事を!」
椿先生が議会の建物に向かって走り出した。
「先生!」
私達は慌てて先生を追いかけた。
それが復活の会の罠である事に気づかずに……。
後編に続くまどかだった。