真相を解明するだけがいい事じゃないのよ!
私は箕輪まどか。中学二年の霊能者だ。
復活の会というヤバイ組織との対決が一段落し、今はホッと一息。
冬休みを目前に控え、三年生達は受験のためにクリスマスも大晦日もお正月もない状態に突入だ。
いやだ、いやだ。
「私達だって、来年はそうなるんだよ」
またしても私の心の声を聞いた綾小路さやかが冷めた調子で言った。
「現実に引き戻さないでよ、サーヤ」
私はニコッとして小首を傾げ、言ってみた。
「そ、そのサーヤっていうの、やめてくれない?」
さやかは顔を赤くして口を尖らせる。何だか可愛くて笑ってしまった。
「な、何よお、まどかは!」
最近、私の彼の江原耕司君の家で一緒に暮らしているせいか、小学校からの親友の近藤明菜より親しい気がして来ている。
「何でもないよ。さやかって、可愛いなと思ってさ」
すると何故かさやかはビクッとして私から離れた。
「そういうの、なしだよ、まどか。私はやっぱり男子が好きだから」
「はあ?」
何を勘違いしたのか、さやかは真顔でそう言った。
ボクッ娘の柳原まりさんが東京に転校して随分経つので、そういう話は出なくなって久しい。
「何勘違いしてるのよ、さやかは。私だって、男子が好きよ」
「そ、そう……」
さやかは苦笑いして言った。
今日は休校。
インフルエンザにかかった生徒が急増したので、学校が休みになったのだ。
でも、そういう休みの時は、遊びに行ってはいけないので、ずっと家にいなくてはならない。
インフルエンザにかかった子達には悪いけど、何だか退屈してしまいそうだ。
江原ッチを呼びたいのだが、そうするとさやかが可哀想な気がするし。
「別にいいよ、江原君を呼べば?」
さやかはニヤリとして言った。また心を読まれたのだ。
「残念ながら、私は休みじゃないのよね」
さやかは登校の準備をして部屋を出た。
すっかり忘れていたが、江原ッチも学校が違うから、今日は休みじゃないんだ。
「さやか、わかってて言ったのね!」
私がムッとして言うと、
「まどかって、時々天然だからね」
さやかは嬉しそうに言った。天然? 何て素敵な言葉。
「バッカじゃない」
うっとりする私を尻目に、さやかは邸を出て行った。
「まどかりん、俺も休みたかったよお」
門の外からこちらを見ている江原ッチが言った。
江原ッチは、お母さんの菜摘さんの言いつけで、特別な用がある時以外は敷地内に立ち入ってはいけないのだそうだ。
何だか可哀想だ。
「行こうか、耕司君」
さやかが江原ッチと手を繋いで歩いて行くのを見て、可哀想だと思うのをやめた。
「江原耕司君、後でお話があります」
私はすぐさまメールを送信した。
何だかつまらなくなって、部屋でぼんやりしていた。
復活の会と戦うのは怖いけど、こんな風にポツンと一人なのも嫌だ。
「まどかさん、ちょっと出かけない?」
するとそこへ、同じ中学校の先生である椿直美先生が来た。
江原ッチの妹さんの靖子ちゃんも一緒だ。
「いいんですか、出歩いても?」
私は椿先生に言ってみた。すると先生は、
「ちょっとした事件絡みなの。学校には言ってあるから、大丈夫よ」
「そうなんですか」
おお! ごく自然に出たお題目。今日はいい事ありそうだ。ムフ。
三人で邸を出て、公園を目指した。
椿先生の知り合いの人が、猫がいなくなったので、探して欲しいと言って来たのだそうだ。
もう一週間戻って来ないらしい。
迷い猫を探すのか。まあ、暇潰しにはちょうどいいかな。
「まどかお姉さん、おっぱいマッサージ、続けてるんですか?」
靖子ちゃんが小声で聞いて来た。ちょっとドキッとしてしまう。
「ま、まあね」
「どうなんですか? 効果あります?」
何故か興味津々の靖子ちゃん。
全然効果がないとは言えない。だって、伝授してくれた椿先生が一緒にいるんだもん。
「あるみたい。だんだん大きくなって来たから」
「そうなんですか!」
靖子ちゃん、ナイスお題目!
「リッキーたら、おっぱいが大きい女の人が好きみたいなんですよね」
靖子ちゃんは少し悲しそうに言った。
「そうなんですか」
すかさずお題目返しだ。
でも、肉屋の力丸卓司君を後で叱っておかないとね。
靖子ちゃんにそんな話をするなんて、最低ヤロウだから。
リッキーは食いしん坊だけど、江原ッチみたいにエロくないのが良かったのにな。
所詮男って奴は、そんなものなのよね。
などとバカ話をしているうちに、私達は公園に着いた。
「三毛猫なの。気を探ってみて。今、その子の残留思念を少し渡すから」
椿先生は知り合いの人から借りたその猫のお気に入りのタオルをよこした。
そこにはその三毛猫の思念がタップリ残っていて、これならそんなに手間取らずに探し出せると思った。
椿先生は公園の西半分、私と靖子ちゃんは東半分を受け持ち、猫を探した。
しばらく辺りを探ってみたが、感じられない。
すべり台、ブランコ、タイヤと探ったが、何も感じ取れなかった。
「ここじゃないのかなあ」
靖子ちゃんが痛くなった腰を伸ばしながら呟く。私はふと目を惹かれた砂場に歩を進めた。
何だろう? 妙に気になるが、何だか怖いと思ってしまうのは。
「まどかさん、いいわ。後は私が」
砂場に近づこうとした私を引き止めて、椿先生が言った。
「砂場に入らないでね。ちょっと危険だから」
「え?」
私はギクッとした。何だろう?
私は靖子ちゃんと顔を見合わせてから、椿先生を見た。
先生が砂場に足を踏み入れると、砂場の辺りの空間が歪んだように見えた。
「何?」
私は思わず靖子ちゃんを抱きしめた。靖子ちゃんは震えていた。
「オンマリシエイソワカ」
椿先生が摩利支天の真言を唱えた。
バシュウッと音がして、何かが弾けた。
「ニャアアオウ!」
猫の断末魔のような鳴き声が聞こえた。そして、砂場は何事もなかったかのように静まり返った。
「何だったんですか、先生?」
私は戻って来た椿先生に尋ねた。先生は悲しそうに私達を見て、
「気づいていると思うけど、猫ちゃん、死んでたわ」
「はい」
私と靖子ちゃんにもそれはわかった。しかし、さっきの断末魔のような鳴き声は?
「殺されていたの。付近の高校生に。それも、ナイフで何度も刺されて……」
息を呑んでしまった。それはわからなかったのだ。
砂場から発せられている近寄りがたい強烈な気は、そのせいだったのか……。
「ムシャクシャしていたから、そばで鳴いていた猫ちゃんを掴み上げて殺したようね」
椿先生は涙を流していた。私と靖子ちゃんも泣いていた。
「酷い……」
靖子ちゃんは私にすがりついて泣き崩れた。私は靖子ちゃんを支え、自分が喚かないように気を巡らせた。
高校生は全く罪悪感もなく猫を殺し、砂場に穴を掘って埋めたようだ。
どうしてそんな事ができるのだろう? 信じられない。
「これは、知り合いには言えないわね。只、死んでいた事は伝えないと、猫ちゃんが成仏できないから……」
椿先生は涙を拭いながらそう言った。
事件解決のためには真相は解明するべきだと思う。
でもその全てを依頼して来た人に伝える必要はない。
そう思った。
暇潰しどころか、貴重な体験をしたまどかだった。




