椿先生は内気なのよ!
私は箕輪まどか。中学二年の霊能者。
今は、私の彼の江原耕司君の邸に親友の一人である綾小路さやかと住ませてもらっている。
先日、あの復活の会の教祖である神田原明徹と江原ッチのお父さんである雅功さんが対決し、明徹の霊体に印を刻んだ。
明徹は約束を破ると魂が砕ける術をかけられ、逃走した。
雅功さんは本当に強かった。
そして、その雅功さんを見るクラスの副担任でもある椿直美先生の目。
さやかが言うには、「憧れ以上恋愛未満」だとの事。
何だか、心配なのだ。
いつものようにキッチンで食事をしている時も、私は椿先生の事が気になった。
椿先生はチラチラと雅功さんを見ている。
江原ッチのお母さんで、雅功さんの奥さんである菜摘さんは気づいているのかと思って見てみるが、気づいている様子はない。
「ねえ、どうしたらいいと思う?」
私は小声でさやかに訊いてみた。
「放っておくしかないでしょ。椿先生も雅功さんも大人なんだから」
さやかは意外にクールな答えだった。
「それはそうなんだけど……」
私はそれでも椿先生の事が心配だった。
「お節介しないでね、まどか」
さやかは私を見て言った。
「しないわよ」
私はそう応じたが、放っておく事はできないと思っていた。
江原ッチの邸にいる間は、雅功さんや菜摘さんの目があるし、さやかがいるから、私は椿先生に何も言わず、登校した。
「どうした、箕輪? 腹でも痛いのか?」
クラスメートの力丸卓司君が声をかけて来た。
江原ッチの妹さんの靖子ちゃんも心配そうに私を見ている。
「大丈夫、何でもないよ」
私は御徒町樹里さんに負けないくらいの笑顔で応じた。
「そうなんですか」
リッキーと靖子ちゃんが揃ってお題目を唱えてくれたので、何だかいい日になりそうな気がして来た。
教室に入ると、小学校からの親友の近藤明菜が、
「どうしたの、まどか? 顔色が悪いよ」
と言った。私は苦笑いして、
「大丈夫。何でもないから」
「ふーん」
しかし、明菜は「そうなんですか」とは返してくれなかった。がっかりだ。
なんてくだらない事を考えていると、
「ほらあ、席に着け」
大きな顔の藤本先生が椿先生と入って来た。
小顔の椿先生と並ぶと、余計に大きな顔なのがわかる。
その椿先生も、憂鬱そうな顔だ。朝からずっと元気がない。
私は椿先生の様子ばかり気になったので、藤本先生が何を言ったのか全然聞いていなかった。
ホームルームが終わって藤本先生が出て行くと、
「まどかさん、ちょっといい?」
廊下から椿先生に呼ばれた。しまった、私がずっと見ていたのを気づかれた?
「あ、はい」
ドキドキしながら、椿先生に近づいた。
「私は、江原先生に恋愛感情は全くありませんから、妙な気を発して私を観察しないでね」
椿先生は顔を赤くしながら言った。やっぱり、と思ったが、
「わかりました。すみませんでした」
と頭を下げた。すると椿先生は、
「貴女に気づかれているという事は、江原先生にも、菜摘先生にも気づかれているのよね」
「あ……」
その通りだ。私やさやかが気づくのだから、それよりずっとランクが上の雅功さんや菜摘さんが気づいていない訳がない。
「でもね、言い訳でも何でもなく、私は江原先生には恋愛感情はないわよ。もしあったら、同じ家に住んだりしないから」
椿先生はニコッとして言い添えた。
「私ってね、中学の頃から、好きな人に好きって言えなくて、片思いばっかりなの」
「そうなんですか」
すかさずお題目を唱えた。更にいい事がありそうだ。
でも意外だ。椿先生ほどの美しさなら、学校中の男子を虜にできると思うのだが。
「私がいた田舎は、因習とか血筋とかが人生を決めてしまうような考え方が古いところだったから、霊媒師の血筋の者は、普通の恋愛ができなかったのよ」
椿先生は悲しそうに言った。ジンとしてしまう。
「あの瑠希弥も、やっぱりそう。随分虐められたり、からかわれたりしたそうよ」
小松崎瑠希弥さんも? 嫌だなあ、田舎って。
え? お前も田舎者だろう、ですって? うるさいわね!
「ごめんなさいね、まどかさんにこんな暗い話をして」
椿先生は潤んだ目で詫びてくれたが、
「いえ、とんでもないです。私も、虐められたりしなかったですけど、怖がられた経験はありますから、先生の話、実感できます」
私もちょっと目が潤んだ。椿先生はクスッと笑って、
「優しいのね、まどかさんて。それにお兄さんも」
「え?」
意外な登場人物に私はキョトンとした。
「貴女が虐められなかったのは、お兄さんのお陰よ。もっと優しくしてあげてね、お兄さんに」
先生はそう言うと、廊下を歩いて行ってしまった。
そうか。あのエロ兄貴がいてくれたお陰で、私はハブられたりしなかったのか。
少しは役に立っていたんだ、兄貴は。
そんな風に思うのがいけないのか。確かに椿先生の言う通り、もう少し優しくしてあげよう。
ところで、ハブられるって何?
今日は勉強になったまどかだった。