ボクッ娘の魅力爆発なのよ!
私は箕輪まどか。中学二年の霊能者。これは他言無用だが、実は美少女である。
あのね。他言無用の使い方がおかしくない?
夏休み気分も抜けようとしている九月。
またしばらく下校デートしかできないと思うと、絶対彼氏の江原耕司君がとても恋しくなる。
「ふーん、そうなんだ」
登校途中、私のその愚痴に対して親友の近藤明菜が言った。
「何よ、そのリアクションは? 明菜だって、最近は美輪君と下校デートしかしてないでしょ?」
私はこれぞツンデレの神と呼ぶべき明菜に向かってそう言った。
「美輪君とは一緒に帰ってもいないわ」
明菜はまるでゴミ当番は誰だという問いかけに答えるように気のない返事をした。
「え?」
私は仰天した。周囲が引くほどの熱々ぶりを披露していた明菜と美輪君だったのに、何よ、その答えは?
「明菜、どうしたのよ? 美輪君と喧嘩でもしたの?」
私は心配になって尋ねた。すると明菜は肩を竦めて、
「喧嘩? する訳ないじゃない。最近、口も利いていないんだから」
と言うと、
「柳原さん!」
明菜は前を歩いている柳原まりさんに手を振りながら駆けて行ってしまった。
まさか……。ボクッ娘の魔力?
美輪君の男気が柳原さんの「ボク気」に負けたという事なの?
「まどかちゃん」
まるで蚊の鳴くような声が後ろでした。振り返ると、そこに暗い表情の美輪君がいた。
「美輪君! 一体どうしちゃったの、明菜は?」
私は思わず訊いてしまった。すると美輪君は力なく微笑み、
「俺みたいな喧嘩バカより、柳原さんみたいな才色兼備の方がいいんだってさ」
と答えた。見るも無残なほど、美輪君は衰えている。
「靖子ちゃんもだよ。俺みたいな只の大飯食らいより、カロリー計算をして三食を摂っている柳原さんの方がいいんだってさ」
そこへ、この世の地獄でも見たのかという表情の力丸卓司君が現れた。
「え?」
ハッとして柳原さんを見ると、いつの間にか江原ッチの妹さんの靖子ちゃんがしっかり付き従っていた。
何て事だ! 柳原マジックだ。
「まどかちゃん、何とかしてくれないかな。もう、まどかちゃんしか頼れる人がいないんだよ」
美輪君は情けなくなるような声で懇願して来た。
「俺からも頼むよ、箕輪。靖子ちゃんの目を覚まさせてくれよお」
リッキーは悲しそうにコロッケを食べている。この期に及んでも、まだそれか、お前は!
「仕方ないわね」
私はチワワのような目で私を見つめる二人の男子のために力を貸す事にした。
でも、どうすればいいのかな?
結局、下校時まで名案は浮かばなかった。
私は校庭から出ると、江原ッチに応援要請をした。
「わかった。美輪の一大事だから、力を貸すよ」
江原ッチはすぐに来てくれるようだ。
「まどかちゃん、まだ?」
幽霊のような存在になってしまった美輪君とリッキーが現れて、恨めしそうな顔で私を見る。
「今、江原ッチを呼んだから。二人で考えるわ」
私は苦笑いしてそう言った。すると完全に拗ねたリッキーが、
「何だよ、箕輪だけイチャイチャするのかよ」
「そうじゃないよ、リッキー! 落ち着いて」
リッキーはストレスが溜まり過ぎたのか、コロッケをスナック菓子のように食べ始めた。
「やあ、まどかさん。こんなところで何してるの?」
そこへ何も知らない柳原さんが、明菜と靖子ちゃんとその他大勢の女子達を引き連れて現れた。
美輪君とリッキーはますます暗くなり、存在感が薄れて行く。
何だろう? 柳原さんから、今までと違った気を感じるのだけど?
おかしい。柳原さんのこのモテ方、変だわ。
美輪君とリッキーの落ち込み方もおかしい。
私は柳原さんの気の流れを霊視した。
まず、明菜達から膨大な好意の気が柳原さんに流れているのが見える。
その気を柳原さんが受けて、自分の気と合わせて、相手に返している。
ここまでは問題ない。
ところが、その返している気が、何かの影響で何倍にも膨れ上がっているのだ。
そして、その膨れ上がった気が、負の気を発している美輪君とリッキーを圧迫し、余計落ち込ませている。
何なの、これ?
「まどかりーん」
そこに江原ッチが来てくれた。
「江原ッチ……」
笑顔全開で手を振ろうとした私は、江原ッチの隣にいる小松崎瑠希弥さんに気づいた。
「ああ、誤解しないでよお、まどかりん。瑠希弥さんとは、そこで会ったんだよお」
江原耕司君が慌てて言い訳しております。と口調と文体まで変わりかけたが、
「まどかさん、柳原さんが危ないです。助けないと」
瑠希弥さんが真顔で言ったので、私はハッとして柳原さんをもう一度見た。
柳原さんの周囲に渦巻いている怨嗟の気。これって一体……。
「初めは、些細な嫉妬心でした。でも、それが幾百、幾千にもなると、凶器にもなるのです」
瑠希弥さんはそう言いながら柳原さんに近づきます。
「瑠希弥さん!」
柳原さんが瑠希弥さんに気づき、その好意の気を向ける。
その途端、美輪君とリッキーを圧迫していた気が敵意となり、瑠希弥さんに向かい始めた。
「え?」
その妙な気の流れに柳原さんも気づいたようだ。
「アッキーナ、靖子、こっちだ!」
江原ッチが二人の手を引き、柳原さんから遠ざけた。
「きゃあ!」
他の女子達は、バチバチバチッという音に驚き、柳原さんから離れた。
「人の嫉み、嫉み、羨望、敵意、憎しみ。一つ一つは小さくても、それが集合体となると、命を奪う事すらあります」
まるで竜巻のような凄まじさで渦を巻いている気が、瑠希弥さんを取り巻いて行く。
「瑠希弥さん!」
私は瑠希弥さんを助けようと思って近づこうとしたが、
「ダメだ、まどかりん。瑠希弥さんに任せて」
江原ッチが引き止めた。
「何でよ、江原ッチ!?」
私は江原ッチを睨みつけた。
「瑠希弥さん!」
柳原さんには気の渦は見えていないのだろうが、その流れを感じる事はできるのだろう。
怯えた目で宙を見つめている。
「オンアロリキヤソワカ」
瑠希弥さんは観音菩薩の真言を唱える。しかも、感応力を全開にして。
瑠希弥さんから溢れ出すエロ、あいや、超強力なフェロモンのような気。
そのため、江原ッチも美輪君もリッキーも、鼻血を噴き出した。
周囲を歩いていた無関係のおじ様やおじい様、果ては幼稚園の男子達までもが、瑠希弥さんの感応力で恍惚としてしまう。
あれほど敵意に満ちていた渦が潮が引けるように消えて行く。
そして、その代わりに瑠希弥さんを中心にして、慈愛の波動が満ちて行く。
こうして、ボクッ娘マジック事件は終わり、最後は全部瑠希弥さんの魅力に取り憑かれるというオチになった。
それにしても、瑠希弥さん、すごい。
私もその力が欲しい。
え? お前は悪用しそうだから持ってはいけないですって!?
そ、そんな事する訳ないじゃないのよ! 私をどういう目で見てるのよ!?
それでも動揺が隠し切れないまどかだった。