勉強嫌いが玉に瑕なのよ!
私は箕輪まどか。中学二年の霊能者である。
あれ? いつもの「ついでに美少女」とかはないの?
ないの? えええ!? なければないで寂しい……。
実は、今、心が折れそうである。
私のお師匠様の小松崎瑠希弥さんが、西園寺蘭子お姉さんのいる東京に行ってしまうかも知れないという不安。
そして、先日の期末試験の悲惨な結果に起因するお母さんの数時間にわたるお説教。
しかも、いつもなら私を慰めてくれるお父さんまで、お母さんの「お小遣いダウン宣言」で元気がなく、私が慰めの言葉をかけてあげなくてはならないほどだ。
「男にうつつを抜かしているからだ」
揚げ句の果てには、エロ兄貴にまでそんな事を言われてしまった。
「貴方も偉そうな事は言えないのよ、慶一郎」
このシリーズも百話を超えてしばらく経ったが、お母さんが初めて登場だ。
私のお母さんだけあって、その美貌は女優のようである。
しかし、性格は「鬼軍曹」である。これは絶対に内緒よ!
「まゆ子さんとお付き合いしているのに、またあちこちで女性の影が見え隠れしているそうね?」
ギクッとする兄貴。お母さんには霊感はないが、情報網が英国情報部(MI6)並み。
町のあちこちに情報部員がいて、知らせてくれるのだ。
「ああ、しまった、仕事に遅刻しそうだ」
白々しい事を言うと、兄貴は家から逃亡した。
「まどかも、江原君とデートばかりしてないで、勉強を教えてもらいなさい。彼、頭いいんでしょ?」
兄貴が逃亡したせいで、お母さんは全神経を私に集中して来た。
「はい」
私はシュンとして返事をした。え? 随分殊勝な態度だな、ですって? 当たり前でしょ!
我が家の財務大臣はお母さんなのよ。お母さんに逆らったりしたら、例え我が家の総理大臣であるお父さんでも、空の財布を持って仕事に行かないといけないんだから。
まあ、最近の総理大臣はそんな感じらしいけど。
ところで、話を戻すけど、殊勝って何?
「江原君をウチに呼んで、勉強を見てもらいなさい」
こころなしか、お母さんは顔が赤い。
ちょっと! 信じられないわ。この人、私の彼氏に会いたくて、そんな事言ってるの?
兄貴の気が多いのは、お父さんじゃなくてお母さんに似たの?
でも、まあいい。江原ッチと会うなって言われるかと思っていたから。
「はい」
私はまた素直に返事をして、江原ッチに電話をかける。
「お母さんに代わりなさい。直接お礼を言いたいから」
「はい」
私は呆れているのだが、そんな事は絶対に言えないので、仕方なく携帯をお母さんに渡す。
「江原君? まどかの母の美里です。お久しぶりね」
あまりにもテンションが高い母の勢いに、江原ッチは引きまくっているようだ。
普通、娘の彼氏と話す時、「美里です」とか自分の名前を言わないでしょ?
「ごめんなさいね、まどかが頭が悪いせいで、江原君に迷惑かけてしまって」
江原ッチは、十五分くらいでこちらに来ると言う。
「まどか、銀兵衛に電話して、上寿司三人前頼んで」
「え?」
私は仰天した。世界が明日終わるのではないかと、耳を疑ったほどだ。
お父さんのお小遣いを「小麦商品の値上げとお父さんのお給料の情けなさ」を理由にダウンさせたのに、「上寿司」っすか?
しかし、私もいただけるようなので、何も言わない事にした。
お父さん、ごめんね。
でも、お母さんはキャリアウーマンで、お父さんより稼ぎがあるので、仕方ないかも。
しばらくして、江原ッチが来た。私は居間に通して話をしようとするお母さんの策略を見抜き、あらかじめメールでそっと玄関に入って、そのまま私の部屋に来るように伝えたのだ。
キッチンで鼻歌交じりに飲み物の用意をしているお母さんを尻目に、私と江原ッチは二階に密かに上がった。
「何だか、お母さんに悪いような……」
私の部屋に入ると、天性のお人好しである江原ッチが呟く。
「いいのよ。お母さんはお喋りだから、居間になんか入ったら最後、喋り倒されるわよ」
「そうなんだ」
江原ッチは苦笑いして、ベッドの端に腰を下ろした。
「そうなんですか、よ、江原ッチ」
私は言い直しを求めた。すると江原ッチは、
「あれ、でもまどかりん、以前は誰かが『そうなんですか』って言うと嫌がってなかった?」
「改宗したのよ」
私はちょっとだけ恥ずかしかったけど、そう言った。
「改宗?」
江原ッチには何の事かわからない。そう、私は「御徒町樹里教」の熱烈な信者になったのだ。
朝昼晩、そして寝る前に「そうなんですか」を鬼門の方角を向いて唱えるのだ。
え? 何言ってるんだ、ですって? うるさいわね!
「何から勉強する?」
江原ッチが急に話題を変えた。私は肩を竦めて、
「勉強なんてどうでもいいの。ゲームでもしない?」
何だか、江原ッチの様子がおかしい。ソワソワしている。ふとドアを見ると、お母さんが少しだけ開いて、中を覗いていた。
思わずビクッとした。
「どうして私に声をかけないで部屋に入ったのよお」
恨みがましい声で、お母さんが言った。
「だってお母さん、江原ッチは勉強を教えに来てくれたんだよ。仕方ないじゃない」
「わかったわよ」
お母さんは氷の入ったカル○スを置くと、部屋を出て行った。
カル○スの工場は、実はG県にあるのだ。どうでもいいとか言わないでよ!
私と江原ッチは、お母さんの目もあったので、本当に真剣に勉強をした。
「まどかりんは頭が悪いんじゃなくて、授業をちゃんと聞いていないだけだろ? 教えれば、全部理解できて、豆テストも満点だもん」
江原ッチが言った。私は照れ臭くなって、
「いやあ、それほどでも……」
江原ッチは苦笑いしている。
「まどか、お昼にしなさい」
お母さんが呼びに来た。
江原ッチは、お昼が上寿司だと知り、涙ぐんでいた。
江原家は貧乏ではないが、贅沢はしない家なので、寿司を食べた事がほとんどないと言う。
「素晴らしいご両親ね。今度お話が聞きたいわ」
お母さんは江原ッチに顔を近づけて言った。江原ッチは思わず後退りして、
「はい、是非おいでください」
と応じた。この勢いだと、江原ッチのお父さんの雅功さんまでお母さんが狙いそうで怖い。
お昼をすませ、私達はまた勉強をした。そして、江原ッチは夕方まで付き合ってくれた。
「ありがとう、江原ッチ」
私はお母さんが階下で洗い物をしているのを確認して、お礼のキスをした。
もちろん、唇によ!
「ま、まどかりん……」
江原ッチは真っ赤になって喜んでくれた。
玄関の外まで見送ると、江原ッチが、
「瑠希弥さん、すぐにではないけど、年内には東京に帰るらしいよ」
と教えてくれた。
「そうなんですか」
私は笑顔全開で応じた。そうでもしないと、また泣きそうだからだ。
「俺達に瑠希弥さんを止める権利はないけど、やっぱり寂しいよね」
「うん……」
江原ッチは、いつものような雰囲気ではない。
「靖子も寂しそうなんだ。だから、余計に辛くてさ」
江原ッチの妹さんの靖子ちゃんも、瑠希弥さんを慕っていたからなあ。
って事は、あの「僕っ娘」の柳原まりさんもショックを受けているのだろうか?
「柳原さんは、東京に転校しようとしているらしいよ」
「ええ!?」
それはまたすごい事だ。
「瑠希弥さんがいる間に、できるだけいろいろな事を教えてもらおう」
「そうね」
私と江原ッチは、互いが見えなくなるまで手を振り合った。
今日はお母さんの紹介編のようなまどかだった。