男子トイレに初めて入ったのよ!
私は箕輪まどか。
いつもいつも同じ自己紹介でうんざりだけど、美少女霊能者だ。
この前の変態転校生の事件がきっかけで、別れたはずの牧野君とまた付き合うようになって一週間。
彼はすっかり彼氏気取りで私に話しかける。
「み、箕輪さん、おはよう。今日も可愛いね」
え? 脅して言わせてるんだろうって? そんな事してないわよ。
「ありがとう、マッキー。今日もかっこいいわよん」
「へへへ」
私が心にもないお世辞を言うと、牧野君はニヤニヤした。
そんなうわべだけラブラブな私達に声をかけて来た無礼者がいた。
「おい、箕輪。ちょっと来てくれよ」
そう言って私達の朝の楽しい会話を妨げたのは、クラス一の巨漢、力丸卓司君だ。
多分、体重は私の四倍くらいある。
え? だったら二百キロですって? 怒るわよ、本当に!
「何よ、リッキー。何の用?」
力丸君は美少女である私に見つめられて照れているようだ。
きっと声をかけるのも一大決心だったに違いない。
「と、とにかく来てくれよ」
彼は私のか細い腕を掴むと、教室から連れ出した。牧野君は呆然としてそれを只見ていた。
後で説教してあげないと!
「痛いから放してよ。どこに行くの?」
「トイレ」
「バカ、勝手に行きなさいよ!」
私は彼の手を振り払って怒鳴った。すると力丸君は泣きそうな顔で、
「頼むよ。トイレに幽霊が出るんだ。お前の力で、追い払ってくれよう」
と手を合わせて来た。私は仏様じゃないぞ!
「仕方ないわね」
幽霊と聞いては、美少女霊能者として見て見ぬフリはできない。
あ。
「ちょ、ちょ、でもそれって男子トイレでしょ? 嫌よ、そんなところに行くの」
私は花も恥らう乙女なのだ。何てとこに連れて行くつもりなのよ!
「大丈夫だよ、今は誰もいないから。それに幽霊の噂が広まって、みんな一階のトイレに行ってるし」
「だったら貴方もそうしなさいよ。はい、解決」
帰ろうとする私の服の襟首を力丸君が掴む。
「待ってくれよ。俺、しょんべんが近いから、一階までもたないんだ。頼むよ」
「紙おむつでも履きなさい!」
私はそれでも冷たく突き放した。力丸君は涙を流した。
ええええ? ちょっと、まるで私がいじめてるみたいじゃない。
人が集まって来ちゃったわ。
「わ、わかったから、泣かないで」
「あ、ありがとう」
私はいやいやながら、男子トイレに足を踏み入れた。
おお。これが噂の「小便器」か。
あ、いやいや、そんな事はどうでもいい。
「どこよ?」
力丸君に尋ねる。彼はビビッて入って来られず、入口から顔だけ覗かせて、
「一番奥の個室だよ」
うわあ。定番ね。トイレの○子さんか?
でもこのトイレ、どこからも霊の気配を感じないわ。
どういう事? 騙された? でも力丸君の怯えよう、嘘とは思えない。
もしかして。
私は個室のドアを開き、中を調べた。
汚い。ちゃんと掃除してるのか、男子! ま、幽霊にビビッてそれどころじゃないか。
顔を近づけるのが嫌だったが、ここしかないと思い、私は便器の下を覗いた。
あった。お札だ。これ、陰陽師が使う奴ね。
こいつで声を伝えて、男子をビビらせていた訳ね。
「インダラヤソワカ」
私は小さい雷撃でそのお札を燃やした。
これで幽霊騒ぎは一件落着。
「終わったわよ、力丸君」
「あ、ありがとう、箕輪。明日、家からコロッケいっぱい持って来るから」
「ははは、そう」
私は苦笑いした。彼の家、精肉店だったっけ。
また蘭子お姉さんに連絡しないと。あいつら、まだ懲りていないみたい。
でも、蘭子お姉さんを呼ぶと、エロ兄貴が私をはめるし、あの関西弁のおばさんもくっついて来るし。
うまい手立てを考えないとね。