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軽トラ伝説

作者: サテブレ

みんな田舎でどの車が最速か知っているか?


86?GTーR?シビック?


どれも違う、田舎で最速なのは軽トラ。


誰も車名を気に掛けないような、姿形で軽トラと呼称している車が農道を信じられない速度で爆走するんだ。


あたしマリリン・珠李子は、地元では『地獄の追走者』なんて異名で呼ばれていた。


今日も愛車のハイゼットを転がし、すでに何百回と通った道をご機嫌で運転している。


「なんだ、後ろの車やけに早いね」


法定速度を遥かに超えるスピードで一台の車が後方より迫る。


すると、煽りとも取れるほどの車間距離でピタッと後ろに張り付かれた。


「あたしが寛容でよかったな。ダニエルさんにやったらドタマカチ割れてるよ」


ギリギリ車がすれ違うことができる道路なので、追い越ししようと思えばできるだろうが、こんな暗い夜道で実行するやつはいないだろう。


車間もこれ以上詰めてくる様子もないので、ひとまず次のカーブに向けて減速を始める。


後ろのやつも当然減速をはじめると思っていたのだが、あろうことか反対車線に飛び出し追い抜きを仕掛けてきた。


「馬鹿野郎、この先の道を知らないのか?曲がりきれずに山に突っ込むぞ」


案の定オーバースピードでカーブに入っていき、そのままガードレールに激突すると思ったその時、車体を器用に傾け四輪ドリフトの要領でカーブを抜けていった。


そのテクニックは神業といっても過言ではない。


「なん…だと!?すげーテクニックだけど、その運転は私を怒らせたね」


車の運転で許せない行為が二つある。


一つはウィンカーを上げないで車線を変更するやつ、もう一つは無理な追い越しをするやつだ。


マナーのなってない輩には一言いってやらないと気が済まない。


追い抜いたアホを引きずり降ろすため、ハイゼットのアクセルを踏み抜きエンジンを全開に噴かす。


「野郎なんて速さだ。もう次のコーナーに入りやがった」


短いストレートを走り抜け、ヘアピンカーブを曲がると奴の車のテールランプの痕跡が見える。


普通の軽トラ乗りなら諦めるところだろうが、私の矜持に賭けて負けるわけにはいかない。


愛車が傷つくので使いたくなかったが、こうなったら禁断の技を使うしかないようだ。


この先のカーブの手前にギリギリ車が一台通れる小道があり、その道を通れば2個のカーブと短いストレートをショートカットできる。


しかし、一度操作を間違えば崖の下に真っ逆さまに転げ落ちるほど危険な道で、月明かりもない夜中に通り抜けるには博打がすぎると普通の人間なら考えるだろう。


「へへ、やってやる!やってやるよ!」


これが地獄の追走者の所以だった。


珠李子に目をつけられたら最後、どんな手段を使おうと地獄の底まで追い詰められ、二度と運転ができないほどの恐怖を植え付けられてしまう。


左に曲がるカーブの反対方向にハンドルを切ると、整備もなにもされてない砂利と土で構成されていた道へと繋がっていた。


たまにある大きめな石を踏み越えると、車体が大きく跳ね上がる。


勢いのまま悪路を突き進むと元のアスファルトで整備された道に出た。


「よし!これで奴の前に出たはず…」


しかし、幾ら周りを見まわしたところでどこにも奴の車は見つからなかった。


考えられるのはすでにこの道を抜けて先に進んでる可能性、それか手前の道でクラッシュして立ち往生しているかだ。


前者はそれこそゲームに出てくるスーパーカーのような性能でも無ければ不可能だろう。


そうすると必然的に後者になるわけだが、あれほどのドラテクを持った奴があんな簡単なカーブでミスをするとは考えられない。


とはいえ他の可能性も思いつかなかったので、半信半疑ながらも手前のカーブを確認することにした。


疑念はすぐに晴れることになる。


一つ目のカーブを曲がったところですぐに奴を見つけたのだ。


ハザードを焚き路肩に車体を寄せている。


訝しみながらも自分の車を近づけると、一人の男が下半身丸裸でタバコを吹かしていた。


「おい!変態野郎!」

「わぉ、俺は夢でも見ているのか?あんたさっきまで後ろから着いてきてただろう?」

「そんなことより、さっきはよくも糞みたいな追い抜きをやってくれたね…法定速度って言葉を知らないのか」


路肩に駐車し車を降りるとバンッと強めに扉を閉める。


動物の糞でもあるのか山から据えた匂いが漂っていた。


思わず鼻を摘みたくなったが、それよりも奴を一発殴ってやりたい気持ちが勝る。


拳の届く距離まで詰めようと足を前に出すと、変態がこちらに手のひらを向けてきた。


「お嬢さん。こっちに来ないほうがいい」

「あん?あたしはあんたを殴らないと気が済まないんだよ!」

「怒るのも無理はない。もう二度とあんな運転はしないと誓おう…それにこれはお嬢さんのことを思ってのことなんだ」


変に誤魔化さない男は嫌いじゃない。


それにこうも素直に謝罪されては、許さない方が悪人になってしまう。


「あんた名前は?」

「俺か?俺の名前はジェーン・陀田駄…しがない軽トラ乗りさ」

「ジェーン…いい名前だね。それでなんであんな運転をしたんだ?」

「てっきりお嬢さんも同じ理由だと思っていたんだがね…この先のコンビニに用があっただけさ」

「コンビニ?まだ10kmはあるぞ」

「もうどうでもいいことさ…それとお嬢さんにアドバイスだ。我慢せずに時には立ち止まる勇気を持つこと、軽トラのシートはビニールレザーにしておくことさ」

「意味が分からん」


聞いてもいないことを言いのこしたジェーンは、下半身丸出しのまま自分の車に乗り込み、さっきまでの爆走が嘘のようにトボトボと運転していった。


すれ違いざまに車の荷台に脱ぎ捨てられたズボンが目に入る。


「ジェーン・陀田駄…お前もしかして」


あたしはその日以降、法定速度を無視して追い越しをする車に少し寛容になった気がする。


急いで飛ばす車を見かけても、我慢している奴なんだと思えるようになったのだ。


追いかけて詫びを入れさせようなことは、二度としないことだろう。


あたしが義憤に駆られ追いかけたとしても、同じ理由で飛ばしていると相手に思われるのは不服であり、不名誉なことだからという理由もある。


今後は無理な追い抜きをするクソ野郎どもを無視して、自分の運転に集中したいと思う。


だが、曲がる時や合流の時ウィンカーを上げない車は、これからも一生許さないことだろう。

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