high collar
知り合いにお土産を用意する目的で入った地元の菓子店。季節を考えてひんやりする水羊羹にしてみようと思ったが、映えのする珍しいゼリー菓子も目に留まって少し悩んだ。せっかくだからセットになっているものを選び、ついでに自分用として気になっていた『コーヒー大福』なるものを買う。会計時、涼やかな風鈴の音が聞こえたと思ったら、若い女性が入店していたところだった。観光客なのか、全体的に服装の袖が短く、印象の爽やかさが昔ながらの店とミスマッチ…と言ってしまったらどちらにも失礼に当たってしまうのだろうか。とにかく地元経済の潤いを考えると悪くはない場面だった。
7月半ばにして容赦なく照り付ける太陽に異様さを感じるのは自分がバグっているからなのか、屋内との気温差に辟易しながら商店街の様子を見渡してみる。昭和と平成が残存している街並みに、ときどき真新しい店舗が際立つ。変わらないと思いつつも、建物も、人も入れ替わり立ち代わりなのが真実で、それでもやっぱり昔と同じような「あの感じ」をどう言い表すべきなのか内側の人間からはよく分からないのが本当。
<あの人はどんな風に感じるんだろう>
今さっき見た女性の商品を見つめる熱心な様子は印象に残る。彼女にしてみたらもしかしたら『懐かしい』という感覚ではないのかも知れない。一方で、古今東西の情報に容易にアクセスできる時代ともなれば自分よりあの店についての知識を有しているかも知れない。創業何年になるのだろうか。祖母がよく通っていていたから夏休みには毎日水羊羹を食べていた記憶。甘すぎず、綺麗な水という感じの舌触り。内心、
<チョコレートの方が好きなんだけどなぁ>
とか思っていたけれど今となっては良いものを食べていたんだなと思う。そんな経緯があるからなのか家に戻って『コーヒー大福』なるものに改めて向き合った時、浮かんだのは祖母の言葉。
『わたしコーヒーみたいな『ハイカラ』なのは駄目なの。やっぱり羊羹に合わないでしょ』
頬張ってみたときに口の中に広がったクリームとコーヒーのハーモニーは快感ですらあり、小ぶりではあるものの食べ終わった時の満足感は半端なかった。大福とはいえ、ほとんど洋菓子のように感じる。こういうものがあの店にあるというのも時代なのだろう。住んでいる場所のスーパーでは流石に売られていないだろうなと思うけれど需要はありそう。『ハイカラ』という言葉はわりとああいう商品の為にあると思う。
その日の夕方、応援している野球チームの勝利を中継で見届けてから情報番組を見る。テレビ欄には出ていたようではあるけれど県の放送局が偶然地元を取材していたらしく、よく知った場所が次々と取り上げられていった。
『〇〇市と言えば、みなさんお馴染みのあの羊羹ですね!』
やはりというかお土産を買った店も紹介され、職人が丹念に心を込めて作っている場面や何代目かの店主が開発したという新商品の説明もなされた。その流れで店に訪れた人のインタビューが始まったが、画面に映った人物の姿に思わず釘付けになった。
『はい。和菓子が好きで、和菓子屋さん巡りをしているんです!』
マイクを向けられ嬉しそうに語っていたのはあの時見掛けた若い女性。取材を進めるとその女性は和菓子の好きの中でも『インフルエンサー』的な存在らしく、かなり立派なカメラを持ち歩いて商品のレビューを行っているそうである。
『和菓子の魅力はなんでしょうか?』
そう問われた彼女が自信を持ってこう答えた。
『個性ですね!そして『繊細さ』です。あと、わたしが生まれるずっと前から味わわれていたんだと思うとタイムスリップしている気分になれます』
地元特集はそこで終わり、二人の番組MCがいるスタジオの画面に切り替わり、『いやぁー凄い情熱ですね!』と語り合っていた。実際、自分も同じ感想だ。つまり彼女は続けてあの店を訪れている事になる。そして思った事は、「和菓子」というものが何より食べた物にまつわる『記憶』が一層美味しく感じさせているのではないかという事。
心が再び、祖母が水羊羹を家に持ってきてくれた時間に舞い戻る。
『あなたのお母さん、水羊羹好きだったからね。『今日暑いから水羊羹買ってきて』って言われて何度も買いに行ったの』
その言葉も何度も聞かされたような気がするけれど、いつも嬉しそうで実のところ祖母も相当水羊羹が好きだったのだ。味わっている時に感じていた妙に大人びた感覚というか、不思議な充実感は積み上げてきた時間が織り成したものだったのかも知れない。友達と炎天下の中で野球をして、帰って来てから麦茶を飲みながら食べた味も何となく思い出せる。去年、盆に実家で出された時には両親と妹の話をしていただろうか。
『これまで』…だけではなく『これから』も
不意にライターが考えるような言葉が浮かんだ。それからどうにも気になってしまったので和菓子インフルエンサーを検索してみて、該当すると思われるアカウントに辿り着く。最新のレビューが『コーヒー大福』だったので見てみるとみるとこう書かれてあった。
『大福にコーヒーとクリーム。一見邪道のように思われますが味はマイルドでとてもマッチしています。コーヒー餡には可能性を感じますね。芳ばしいコーヒーの香りが癖になる味で、もう一つ買っておけばよかったと後悔しているところです』
『ハイカラねぇ』という祖母の声が聞こえてくるような気がした。