覚悟
ちょっと長いのですが、切りたくなかったのでこのまま行かせてください。
「さぁ、勇者様。魔物を殺しなさい」
「いや…でも…」
イザベラ王女が隼人に少女を殺せと迫っています。しかし、隼人はオロオロしながらイザベラ王女と少女を交互に見るだけで動けないでいました。
「やはり、勇者様に不足しているのは覚悟ですね」
「少女に手を掛ける事を覚悟とか…そういう事じゃないだろう?」
「何でもするのではなかったのですか?こんな事では国王と約束していた報酬など手に入りませんよ?」
「でも…こんな少女を…」
「勇者様。魔物です」
見つめ合う2人…いや、王女の視線は見つめると言うにはあまりにも冷たい視線です…。少しするとイザベラ王女は呆れた表情で溜め息を吐きました。
「トレイラル伯爵。魔物を檻から出しなさい」
「はっ。承知致しました」
トレイラル伯爵は檻に入ると、少女の鎖を引っ張りながら檻から出てきました。少女はとても無気力な表情をしています。
「勇者様。剣をお抜きなさい。この魔物を殺せない様なら…」
見捨てるぞ?という所でしょうか…。隼人はイザベラ王女からのプレッシャーに負けて聖剣の柄に手を伸ばしました。しかし、剣を抜く事はできません。
隼人は剣の柄に手を添えたまま、1歩ずつゆっくりと少女に近づきました。少女は諦めた様な…絶望した様な…そんな表情をしていますが、そんな中で少しだけ…満足気な雰囲気も感じられます。
そして隼人は、少女が何やら呟いている事に気付きました。
「ん?いったい何を…」
「パパ…ママ…。ミミの事は逃がせたよ…。きっと私のこと…褒めてくれる…よね?」
「う…ぐぅ…」
隼人の手が震え出します。心を…家族を思う少女の心を感じ取ってしまい、自分が消し去ろうとしているモノを自覚して恐怖に襲われていました。
イザベラ王女は冷たい目で2人…アクル王国の言い方で言えば1人と1羽を見つめています。
「さぁ、どうされました?剣を抜いて振り下ろすだけですよ?」
「出来…ない…。俺にはできない…」
「その程度が勇者様の覚悟ですか…」
イザベラ王女は落胆した表情を見せながら何かを考え始めました。そして、整理がついたのか諦めがついたのか…考える事を止めて呟きます。
「はぁ…仕方がありませんね。別の方法を考えましょう…」
イザベラ王女の言葉を聞いて、隼人は期待を込めた眼差しを王女へ向けます。
しかし、イザベラ王女はブツブツと何かを呟きながら少女の首の少し横を指差しました。
その指先が…少しずつ横に動いて首に近付いていきます…。
「や…やめろぉ!!」
プ…プツ……プシャー………
血が…飛び散りました…。今まで様々な血を吸ってきた闘技場の地面が勇者の血を吸っています。
「えっ…?人間のお兄ちゃん…?」
イザベラ王女の行動を察した隼人は、反射的に少女を突き飛ばしていました。
イザベラ王女が指をなぞった時、指定した範囲の一部に隼人の肩が入っていたみたいで、10センチ程パックリと切れて血が溢れています。
「何をしてるんですか?勇者様が出来ないと言うので代わりにやって差し上げてるんですが…」
「ダメだ…。やっぱりこんな事は…」
「そう…ですか…」
(これは本格的に駄目ですね。お手上げです。あー様の希望を叶える為には根本から考え直す必要がありますね…。しかし、その前に少し確認しますか。無抵抗な子供では忌避感を感じる様ですが他ではどうでしょう?まぁ失敗しても別に構いませんし…)
「お…お兄ちゃん…血が…」
「大丈夫だ…」
少女は泣きそうな顔で隼人を心配しています。隼人は光魔法にある効果の薄い回復魔法を自分に掛けながら答えました。
そして、そんな隼人の怪我を心配する事もなくイザベラ王女は話しかけます。
「勇者様。やって頂きたい仕事があります。内容は、民衆より英雄として崇拝されるものです。もし受けて頂けるなら特別にその魔物を差し上げましょう。あ、ちゃんと冒険者ギルドで従魔登録をしてくださいね」
「イザベラ王女、内容を具体的に教えてくれ」
イザベラ王女はニッコリ微笑むと、隼人に近づいて耳元で囁きました。
「・・・・・・・・・・・です」
隼人の顔が苦虫を噛み潰した様になります。
(なるほど。これだけの情報では難色を示されますか)
「普通に考えれば容易ではありませんが、準備は整っております。今すぐにでも実施可能ですよ?」
「そういう問題じゃない…」
「では、どういう問題でしょう?」
「俺は相手の事を何も知らない…」
「では、まずは知る所からですね。民衆の声を聞きに参りましょう。やるべき事であるとご理解頂けると思います。わたくしがお連れ致しますよ?」
隼人が少し考えます。ですが、回答はすぐにでました。
「分かった。まずは民衆の声を聞いてから…その結果によって…」
「ありがとうございます。流石は勇者様です」
隼人は少女に向き直ると、少女に質問をしました。
「俺は隼人だ。お前の名前は?」
「ハヤ…ト…お兄ちゃん…?私はモモ…。私を殺さないの?」
「あぁ。悪いが俺が帰るまで俺の部屋で過ごしていてくれ。少し仕事をしてくる」
「うん…。ハヤトお兄ちゃん…モモ待ってるね」
それから隼人は自分の部屋にモモちゃんを連れて行きました。メイドにはモモちゃんを丁重に扱う様に指示をします。
そして、イザベラ王女の元へ向かうと、王女が出したゲートを通って帝都へと向かいました。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
隼人がモモちゃんと出会った日の夜、バルトロ帝国の帝都では怒声が響いていました。
「平気じゃ!憩いの時間を邪魔するでないわ!」
「いや…しかし…」
「余は偉大なるバルトロ帝国の皇帝なるぞ?余の命令が聞けぬと申すか!」
「滅相もございません…。承知…致しました…」
ここは王城にある謁見の間です。皇帝陛下に追い出されて、兵士達は謁見の間から出て行きました。
「全く心配者どもめ!我を愚弟と一緒にするでないわ!戯けめが…」
どうやら1人になりたがる皇帝の我儘に対して、暗殺を心配する兵士達が苦言を呈していた様です。
1ヶ月ほど前に影武者である王弟が殺されたばかりなので心配するのは当然なのですが、愚兄は賢弟と比較されるとヘソを曲げてしまう所がありました。
「はぁ…それにしても面倒くさいのう…。洪水被害がどうとか民の食料がどうとか…毎日毎日飽きもせず…。何のための臣下じゃ!勝手に対応できんのか!民の為に余が疲れているのでは全く意味ないのう。民など適当に放っておけば良い……かひゅっ…あ…あぇ…ごふっ…」
口から血を流す皇帝の胸からは、美しい剣先が生えていました。
「な…何じゃ…これは…。兵士は何を…しておる…。いざという時におらぬなど…役立たず…が……」
バルトロ帝国の皇帝は、そのままあっさりと息を引き取りました。皇帝の最後の言葉…自業自得な発言を聞いていたのは3人います。
玉座の後ろには、聖剣を突き立てる勇者の姿がありました。その更に後ろには、イザベラ王女とクリシュナの姿があります。
「勇者様。バルトロ帝国皇帝の暗殺、お見事でございました」
「……あぁ」
隼人はイザベラ王女に気のない返事をしました。初めての殺人で…心ここに在らずという感じです。
「しかし、まさか1人でいるとは…予想以上の愚帝で助かりました」
「……そうだな」
「では、見つかる前に帝都から離れましょう。魔力の問題でアクル王国に戻れるのは明日になりますが」
「……分かった」
「勇者様」
「……なんだ?」
「そろそろ剣をお抜きになったら如何ですか?」
言われた隼人は、自分が皇帝に剣を突き刺したままな事に気付きました。急いで剣を引き抜くと、血を拭って鞘に収めます。
「少し緊張していた様だ…。すまない」
「いえいえ。では、参りましょう」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ハヤトお兄ちゃん!お帰りなさい!」
バルトロ帝国の皇帝を暗殺した翌日、イザベラ王女の魔力が回復するのを待ってから3人はアクル王国に戻ってきました。
「……あぁ、いま戻った。何か不都合はあったか?」
「んーん!何にも無かったよ!でも…」
「どうした?」
「人族の女の人がね。私に美味しいご飯をくれるの!凄いね!」
たぶん、ご飯の味もだが、人族が自分に暴力以外で接する事についても言っているのでしょう…。
「そうか。ちゃんと指示に従ってくれて良かった。それでな、正式にモモの事は俺が預かる事になった。何かあれば俺に言ってくれ」
隼人の話を聞いたモモは、にぱー!っと笑ったかと思うと、突然暗い顔になって俯きました。
「どうした?」
「ミミは大丈夫かな?って心配になって…」
「あぁ、逃した妹か。さっきトレイラル伯爵が慌てていた。どうやら追っていた息子が返り討ちにあって消息不明らしい」
「え?じゃあ…」
「助かっている可能性が高いな。ただ…悪いが俺も完全に自由な身じゃないんだ。捜索はするが俺に可能な限りになる…」
「うん!ありがとう!」
絶望しかないと思っていた中での希望に、モモは満面の笑みで答えました。
そんなモモに隼人も少し微笑みます。この世界に来てから1番優しい顔だったかもしれません。
すると、隼人が皇帝を殺した話が広まったのか、城の中で歓声が響きました。
「憎っくきバルトロ帝国の皇帝を打ち倒した勇者ハヤト様!万歳!!」
「ばんざーい!」
「英雄ハヤト様ー!」
「勇者ハヤト様ー!」
歓声を聞いていると、隼人の心は自然と高揚してきました。
「くっくっく…。俺は勇者だ!安心しろ。必ずモモの妹を見つけてやる!」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
その頃、イザベラ王女とクリシュナは、イザベラ王女の私室で歓声を聞いていました。
「勇者様は、理由を付けて差し上げれば無抵抗な相手を殺せましたね」
「はっ!確かに…」
「あとは、外見も原因の1つだったのでしょうか」
「外見…ですか?」
「えぇ。モモちゃんは可愛かったですからね」
「………………え?」
イザベラ王女の予想外な発言に、クリシュナは理解するのに時間を要しました。そして、自分の耳を疑います。
「イザベラ様。亜人…いえ、魔物を可愛いとおっしゃいましたか?」
「亜人と言うのも可笑しな話しですね。人族が中心でその亜種という位置付けですか。人族から派生した訳ではないのですから、人族と同列な人間の種族でしょうに」
「イ…イザベラ様!いま人族と獣人を…同列だとおっしゃいましたか!?」
「今日のクリシュナは耳が遠い様ですね。同じ様に心があるのですから当然でしょう」
「なっ…」
クリシュナは、驚愕の表情を隠す事ができずにイザベラ王女を見つめました。
「そ…そう認識されているのであれば…なぜイザベラ様は獣人を魔物扱いできるのですか?」
「わたくしの目的を達成するために必要だからです。その為ならば、わたくしの感情などどうでも良い。当然でしょう」
本音かどうかは分からない…。しかし、もし本音だとしたら…自分の感情に反して行動しているのだとしたら…それはどれだけの覚悟を要するのか…。
「何か?」
「いえ…何でもありません…」
圧倒されたクリシュナは、何も言うことができませんでした…。
やっとうさ耳姉妹を出せました。もっとサクッと登場させるつもりだったんです…。
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