勇者
2023/02/25 一部の間を修正しました。
「キャンッ!キャンッ!!」
「キャンッ!キャンッ!!」
子犬の鳴き声が聞こえる…。即死…しなかったんだな…。
でも…目は全然見えないし、身体は指1本動かせない…。どうせすぐに死ぬんだって事は実感できた。
ん?静かになったな…。犬の足音が離れて行くのがわかる。
これで、静かに死ねる…。
…………
………
……
タタッ…タタッ…。
「ワオーン!」
あれ?また来たよ…。
「キャンッ!キャンッ!!」
『わかった、わかった。リル、うるせぇぞ。助けて欲しいってぇーのはこいつか?』
リル?犬の事か?誰か人も来たみたいだ…。
『本当に人間だな。珍しい…。普通は落ちてる途中で魔物に喰われるんだが…。しかも底に叩きつけられて生きてるとはね』
「キャンッ!キャンッ!!」
『はいはい。急かすなよ。しかし、どうにかしてやりたいのは山々だが…、もう昔の様に回復魔法も使えねぇしなぁ…』
頭を掴まれて瞼を開けられ、眼球を見られている…気がする…。
『ん?こいつ…。マジかよ。すげぇ奇跡だな。そういう事なら選択肢もある…か。まぁ、先ずは確認しないとな』
何なんだ…。最後くらい静かに過ごさせてくれよ…。
『おい。お前、俺の配下になる気はあるか?もし配下になるなら世界の半分をくれてやるぞ』
は?何だそれ…。喋るのキツイっていうのに…。
「お…お断り…だね…。そんな話は…勇者に…してやりな…」
『ガハハハハハハハハッ!確かにその通りだっ!じゃあお前の望みは何だ?勇者への復讐か?』
僕は思い出す。
僕を魔王だと言うクラスメイト…。
恐怖で震える兵士たち…。
怯えるメイドのニーナさん…。
僕の存在が皆の迷惑だと言った隼人の言葉…。
そして…それでも僕を大事に思ってくれる、大切な仲間達の笑顔…。
僕の存在がそんなに邪魔なら…。仲間達の命が危険に晒されてしまうのなら……。
「1人で…ひ…ひっそりと…暮らし…たい……」
『クククククククク…。1人でひっそりとねぇ…。出来たらいいなぁ』
あぁ…もう限界…。これが僕の人生最後の言葉になるのか…。締まらないなぁ…。
そんな事を考えながら、僕の意識は闇の中へと沈んで行った…。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
王城にある謁見の間では、イザベラ王女に対する報告が行われていた。
「なるほど…とても残念な結果です。やはり…特性が魔王な方は、こうなる運命だったのでしょうか…」
「そんな訳ありません!何か事情があるはずです!透は…私達が見つけます!」
イザベラ王女の発言に対して、双葉が即座に反応しました。そして、海老原先生もイザベラ王女に発言します。
「イザベラ王女様。どうかアクル王国でも高杉君を探して頂けないでしょうか?」
「アズサ様…。残念ながらそれは出来ないのです…」
「そんな…どうしてでしょうか?」
「以前お話しした魔物の国です。彼らからの侵攻に備えなければならないため、奈落迷宮の踏破に力を注ぐ余力が…我が国には無いのです」
「そう…ですか……」
「それに…もしトール様が生きておられて奈落の底にいらっしゃったとしても、私達では説得が難しいかと思われます。聖女様達に期待するのが…一番良いのではないでしょうか?」
「はい!私達が自分達で透を見つけて連れ戻します!先生……行こう!」
「あ…。イザベラ王女様。それでは失礼致します」
謁見の間を出て行く双葉達と海老原先生。1人残った隼人に、王女様は質問をする。
「勇者様。称号の方は如何でしょうか?」
「魔王を倒した後に確認したが…何も出ていなかった…」
「そうですか…。まぁ、そのうち出て来る事でしょう。お気になさらずに…」
「そうだな…。では、俺も部屋に戻る。何かあれば呼んでくれ」
「承知致しました。勇者様」
イザベラ王女を残し、謁見の間を出て行く隼人。
そして、隼人は自分の部屋へ戻ると、顔からベットの中に倒れ込んだ。
(今日は疲れた…ゆっくり眠りたい…)
(それにしても…。魔王を倒したのに勇者の称号が出ない…まさか俺が勇者じゃないって言うのか……)
隼人は、空欄となっている称号欄を確認しようとステータスを開いた。
「我が能力を示せ…ステータスオープン」
(はぁ……。ん?あれ?いつもと違う感じがする…。称号欄に…文字がある。)
■称号:勇者
「くっ…くくっ…くはははははははっ!!やっぱり…やっぱりそうだよなぁ!!」
「やはり俺が真の勇者だ!!俺こそが正義なんだっ!!」
その日、勇者の部屋から聞こえる笑い声が止むことは無かった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ぴたっ…ぴたっ…。
「あぁ…冷たくて気持ちいい…」
僕は顔に感じる水分の涼しさで目を覚ました。
「痛っ…。あ…あれ…?あれ…?僕…死んで…ない?」
身体を動かすとかなり痛いが、意識を失う前よりかは随分とマシになっている。いったい何が起きたんだ?さっき話し掛けて来た人が何かしてくれたのだろうか?
とりあえず現状把握をしなければと思い、僕は周りを見渡した。
人影は無いな…。
周りには、濡れたタオルを口に咥えて尻尾を振っている子犬が1匹……。なぜ!?
「えっ?もしかして…君が僕を介抱してくれたの?」
「ワフンッ!」
たぶん…『そうだっ!』って返してくれてるの…かな?
すると、子犬は何処かに駆けて行き、何か果実っぽい物を咥えて戻って来た。そして、その果物っぽいのを僕の前に置く。見た目は瓜っぽいけど…。
「えっと…食べろって事かな?」
「ワフッ!ワフッ!」
僕は果物を拾ってみる。ひとまず襲ってきたりはしないな…。食べて…みるか。……えいっ!
ガブッ!シャクシャクシャク…。
「美味い!皮ごと食べれて、味はスイカみたいだ!!」
「ワフゥーン♪」
予想以上に美味しくて僕は喜んでしまう。そんな僕を見て子犬は尻尾をブンブンッと振っている。嬉しそうだ。
すると、子犬はまた何処かへと駆けて行ってしまった。
「え…。何処かに行っちゃった…。まぁ、また戻ってくるかな?」
僕の予想は当たり、5分ほど経った頃に子犬は僕の前へと戻って来た。口には…動かないホーンラビットを咥えている。まさか…。
僕は、ホーンラビットの死体を僕の前に落とす子犬に聞いてみた。
「まさか…食べろって言うのかい?」
「ワフッ!ワフッ!」
「いやいやいやいや!生肉は無理だよ?」
子犬が驚愕の表情を見せている。表情豊かな犬だな…。
「折角取ってきてくれたのに、ごめんね」
「ワフゥン…」
僕は子犬の頭をワシャワシャする。可愛いなぁ。
「魔法とか教えて貰えてればなぁ…。何とか出来たかもしれないけど」
と考えて、ふと思い当たった。
「いや…意図的なのか?僕に何も教えたくなかった?僕を確実に殺す為に…僕が訓練で成長する前に排除したかったのか…。魔物のトドメを刺させてくれなかったのも、もしかしてレベルアップさせない為かな?」
疑心暗鬼になっているのかもしれないけど、たぶん正解だろう。
「はぁ…まぁいいや。えっと、リルって呼ばれてたっけ?」
「ワフンッ!」
「あの喋ってた人は何処にいるの?」
「ワゥ?」
「あの『世界の半分くれてやる』とか言ってた人だよ?」
「ワゥ?」
通じないか…。頭が良いんだか悪いんだか…。
それにしても、喋ってる間にもどんどん身体が回復していくのがわかる。何だろ…さっきの果物に何かあったのかな?それとも水かな?この調子ならもう少しで普通に歩けそうだ。
………。
……。
1時間後、僕は普通に歩けるくらい回復していた。
「すごい…全身の折れまくってた骨が繋がってる…。隼人に貫かれた傷も残ってない…」
すると、リルがテクテクと歩いていき、一定の距離を離れた所で振り返る。
「ワオーン!」
どうやら、着いて来いって言ってるみたいだ。
色々と分からない事だらけだし、ひとまず着いて行く事にしよう。リルの事は信用できると思うしね。
僕はリルの後に続いて歩いていた。既に30分くらいは歩いてる。何度か魔物が近付く気配はあったが、しばらくすると何故か離れて行った。
ここが奈落の底なんだろうか?天井まで300メートルくらいはあって、その天井からは弱目の光が注いでいる。壁なんて全然見えなくて、丘があったり林があったり…変な表現だけど、地下にもう1つの地上があるみたいな感じだ。
更に30分くらい歩いた頃、目の前には大きな城が佇んでいた。
何が大きいって…城を構成する各パーツがそれぞれ大きい。門や扉の大きさ、各階の高さ…明らかに人間サイズを想定した建物になっていない…。
そんな城の敷地内に、リルは何も気にせず入って行ってしまう。怖いけど、付いて行くしかないか…。
リルを追いかけて門を潜ると、何か透明な膜の様な物を通った感じがした。
何だろう?結界的な何かかな?危険な感じはしなかったので、ひとまず置いておこう。
リルに続いて城の中へ入って行く。なんか変な作りだな…。
例えば、大きな扉には様々な高さに取っ手が付いている。人間サイズから10メートルサイズまで対応している様な…そんな作りなのだ。
そしてリルは、奥にある部屋へと入っていく。トコトコとソファーに近づいて行くと、ソファーに飛び乗り…横に…なった?
あの…毛繕い始めてるんですけど……。
「うおぉーい!!僕はどうすりゃ良いの!?」
「ワフッ?」
そんな…キョトンとされても困っちゃうんだけど…。
「この城の中って適当に見て回っても大丈夫な感じ?」
「ワフンッ!」
そかそか…。それじゃあちょっと…探検始めちゃいますか!
それから僕は各部屋を見て回る。
全般的な傾向としては、質は良いのだが実用的。芸術性とかは二の次って感じかな。
部屋は沢山あるけど、しばらく使われた形跡はない。
お!調理場を発見!食糧庫とか無いかな?
………当然空か…。
………。
……。
っと、この部屋は何だろう…?扉の雰囲気が他とは違う気がする。とりあえず…入ってみよう!
ギギィ………
「うわぁ!!」
そこには、様々な武器や防具、指輪等の宝飾品や謎の道具が並んでいた。それぞれが、圧倒的な存在感を放っている。
ここ…宝物庫的な所か…。荒らされた様子は一切無い。ずらっと並ぶ品々は、圧巻の一言だった。
「これ…勝手に持って行ったら犯罪だよね?呪いとかも怖いしなぁ…。ひとまず他の部屋を探してみよう。目的の部屋もまだ見つかってないし」
宝物庫はひとまず保留にして、僕は探検を続ける事にした。
しばらくすると、また雰囲気が違う扉を発見した。お…当たりかも…。僕はさっそく扉を開ける。
「よしっ!目的の部屋を発見!!」
そこは書物庫だった。
僕はこの世界の事を知らなすぎるし、知ってる事もアクル王国から見た偏った内容だ。様々な観点から見た情報が欲しかったんだよね。
それに…まずはあれに関する本を読んで勉強しないと…。
そして僕は、書物庫で目的の本を探し始めた。
『アクル王国建国記』後で…
『ゼノン神は世界を救う』違う…
『エルザ姫のラブロマンス』違う…
『勇者様!総受け特集』何でこんな物が…
………。
……。
「あった!これこれ!これこそが今僕に必要な本だよっ!」
僕は手に持った本『ゴブリンでも10日で覚える魔法入門』に目を輝かせた。
この物語はフィクションであり、実在の人物・団体・事件とは一切関係ありません。
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