誓い
2023/02/25 一部表現を見直しをしました。
お腹から生えた剣に、赤い血が滴る……。
ポタッ…。ポタッ…。
剣先から落ちて地面に当たる滴血の音が聞こえる。何だったんだ?音が…戻った……。
背後に人の気配…。僕は……後ろから刺された…のか?
「ぐ…。後ろにいるのは…だ…誰だ?」
身体を捻る事が出来ないため、首と目線だけでどうにか後ろを見る。マジかよ………。
「はっ…ははっ…。流石にそこまで嫌われてるとは思って無かったわ…。隼人…」
僕を後ろから刺したのは…勇者隼人様だった…。ふざけんなよ…。
「別に、好きとか嫌いとかでやった訳じゃない」
「じゃあ……、何でやったって…言うんだよ?」
「そんな事、分かり切ってるだろ?」
「全然…分からねぇ…」
「俺は勇者で、お前は魔王。俺がお前を倒す。これが…運命なんだよっ!」
隼人は聖剣を引き抜き、僕は前のめりに倒れた。
「僕が…何をやったって言うんだ…。王女様も…信じてくれるって……」
「あぁ、そうだな。お前を信じなきゃいけない事が、イザベラ姫をとても苦しめていたぞ?相変わらず迷惑な奴だな」
おいおい…何だよそれ……。僕の所為だって言うのか…?
隼人は僕の襟首を掴むと、引きずりながら奈落の穴へ向かって歩き出す。
「でも…勝手に僕を殺して……そんな事が許されるのか?」
「はははっ。何を言ってるんだ?勝手な訳が無いだろう」
単独犯じゃないのか……。
その時、僕は双葉の声を思い出した。『イザベラ王女は信用できないっ!』
「これはイザベラ姫からの正式な依頼だ。魔王討伐依頼だとさ」
はっ…はははっ……。何処まで行っても……僕を魔王扱いするつもりなんだな…。
そっか…アクル王国全体が敵だったって事か…。あー…もしかして……。
「……なぁ。隼人が僕を刺した時…。音が聞こえなくなって…気配が掴みづらくなったんだけど……。やったのは隼人じゃないよな?」
「あぁ。風で相手の顔周辺を覆って、音を強制的に遮断するんだとさ。相手は気配が感じ取り辛くなって、背後を取りやすくなるらしい」
やっぱりそうなのか…。悲しいなぁ……。
「そうやって、相手の声が聞こえない状態にして倒すから、沈黙とか呼ばれてるみたいだな」
穴の前まで引きずられてきた僕は、クリシュナさんを見る。
「あなたも…グルだったんですね…」
「すまない…」
「………。」
それ以上何も言ってくれないクリシュナさんを見ていると、隼人が割って入ってきた。
「まぁ、王族の命令は絶対なんだろ。クリシュナは、魔王に覚醒した訳でもないお前を殺す事に反対してたらしいぞ」
結局参加してるじゃん…。そんな事を言われても、何の慰めにもならない…。
隼人は正面から僕の首を掴んで持ち上げ、奈落の穴の上に持って行く。手を離されたら…落ちるね…。
「結局な、お前がいると皆に迷惑なんだよ。俺達は魔王の仲間扱いされる。危険視されるんだ。危険な奴はどういう扱い受けると思う?」
たった今、そういう扱いを受けてるんだけどなぁ…。
「この世界では命の価値が軽い。お前がいるだけで、クラス全員の命が危険なんだ。だからお前は…皆の為に…死ぬべきだ!」
悔しいなぁ……。でも事実だ…。納得してる僕がいる…。双葉と白鳥さんの事……頼んだぞ…親友。
「恨むなら、魔王になった自分を恨め。じゃあな」
僕を穴に放り投げる隼人。
そして、僕は深い闇の中へと落ちて行った。
…………。
………。
……。
隼人は、僕が落ちて行った穴を見つめていた。
ガタッ…
ガタガタッ…
ガタガタガタガタガタガタッ…
隼人の膝が震えだす。隼人は膝を抑えるが、いくら抑えても収まる事はない。
「はっ…ははっ…はははははははは!何だよ!何なんだよ!!」
「お前が…お前が魔王になんてなるから悪いんだろ!白鳥さんに馴れ馴れしくした罰でも当たったんだろ!」
隼人は、両手で自分の顔を掴んで叫び出す。
「正しい!正しい正しい正しい正しい…俺がやった事は正しい!!」
「勇者が魔王を退治したんだ!やらなきゃいけない事だったんだ!!」
「そうだ……正義だ…これは正義だ!俺がやった事は正義だっ!!」
「俺こそがっっっっ!正義だあ!!!」
そして、膝の震えが止まった隼人は、迷宮の入り口に向かってゆっくりと歩き始めた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「やっと出れたー!」
「うぉ、もう夕方じゃん!洞窟の中って時間の感覚が狂うなぁ」
透、隼人、クリシュナの3人以外は、奈落迷宮の入口に到着していた。
「ゴブリン見た?キモかったわー」
「そう言えば、奈落の穴って見てみたかったなぁ」
「危険だからルートに入れてないらしいぜ」
「なんか、序盤の分岐を別の方に行った所にあるんだってさ」
生徒達は、無事に戻って来れた事に安心して雑談をしている。そんな中、海老原先生が点呼を取る。
「各パーティ、全員いるか確認して報告して下さい!」
「第3部隊、賢者パーティは全員います」
「第6部隊もいまーす!」
「第4部隊もいる」
「第2部隊、全員います」
「第7部隊も大丈夫!」
「第5部隊全員いるよ」
「第1部隊…城之内君がいません」
「あっ!あと透がいません!!」
「え…そんな…。2人を見た人はいませんか?」
点呼によって2人足りない事に気付いた海老原先生は焦りを隠す事ができなかった。
「戻ってる途中までは…城之内君はいたはずなんですが…」
「嘘…。ふ…2人を探さなきゃ」
手掛かりもなく困った海老原先生は、近くにいた騎士に近づいて行く。
「すいません…城之内君と高杉君が見つからないんです…。お願いします!2人を探して下さい!!」
「いや…しかし…」
海老原先生は、見つからない2人の探索をお願いする。しかし…何故か騎士の反応が芳しくない…。
「私…2人の事を探してきます!」
騎士の反応を見て、双葉は自分が探しに行くと言い出した。しかし、それは和也が止めてくれる。
「立花さん、ちょっと冷静になろう。もうすぐ出て来るかもしれないし…。その時に立花さんがいなかったら…逆に親友を不安にさせる事になるよ?」
「う…でも…」
その時、迷宮入口の方で騒めきが起きる。
「勇者様が!出てきました!!」
その声を聞いて、クラスの全員が迷宮入口へと駆けつける。
「城之内君っ!透は?透は見てない!?」
「………。さぁ?見てないな…」
「そんな…透くん……」
「悪いね。メンバーの元に戻らせてもらうよ」
そして、隼人がパーティメンバーの所へ向かうと、クリシュナも奈落迷宮から出て来た。
「クリシュナさん!透は?一緒じゃないんですか!?」
「あぁ…。君達には信じ難い事だと思うが…。全員に聞いて欲しい事がある」
「透くんに…何かあったんですか?」
「………。」
(すまない…トール殿…。毒を食らわば皿まで…か…。)
クリシュナは、奈落迷宮に入ってからの事を皆に話し出す。
それは…全くの出鱈目だった。
「私と2人で迷宮に入ると、急にトール殿の言動がおかしくなり始めたのだ…。『私は帰って来た…』とか『これでこの世を滅ぼせる…』とか言っていた…」
「そんな!透がそんな事を言う訳がありません!!」
「そう思いたい気持ちも分かる。本来のトール殿の意思ではなく、何者かに操られていたのかもしれないな…」
「そんな…」
どうやら、魔王が目覚めて操られてる感じのストーリーにしたいみたいです。
「そして、奈落の穴へと続く分岐点で、急に穴の方へと走り出したのだ…。追いかけたのだが…間に合わなかった…」
「間に合わなかったって…どういう事ですか?」
「彼は…奈落の穴へ飛び込んでしまった…。奈落の穴に落ちて生きて帰った者はいない…」
「嘘…嘘です…。透くんが死ぬはずありません…」
「私…やっぱり透の事を探してきます!」
「駄目だ。それは認められない。と言うより…奈落の穴の探索は不可能だ。今の君の実力では、ただ死ぬだけだ」
「そんなの…やってみなくちゃわかりません!私は行きます!!」
興奮する双葉。そこに和也が割って入る。
「立花さん!落ち着くんだ!!俺だって親友が死んだなんて信じてない。だけど…今無謀に進んでも…親友を悲しませる結果になるだけだと思う!」
「じゃあ…じゃあどうすれば良いって言うのよ!?」
「本気で迷宮を探索しよう。何の準備もせずに闇雲に突っ込むんじゃなくて、準備をして、力を付けて、奈落の底に辿り着こう!親友はきっと生きてる!!」
「う…うぅ……グス…。分かった…。透は絶対生きてる。奈落の底まで迎えに行って……心配かけた分、絶対ぶっ叩いてやるんだから!」
「ふ…双葉ちゃん…グス…。絶対に…グス…透くんを見つけようねぇ…うぅ…うわぁあああああ…」
こうして、奈落迷宮を踏破し、高杉透を助け出す事を聖女パーティは誓い合った。
クリシュナは、和也が双葉の説得に成功したのを見て帰還命令を行う。
「総員帰還準備を急げ!王都へ……帰還する!」
この物語はフィクションであり、実在の人物・団体・事件とは一切関係ありません。
ブクマして頂けたり、↓の☆で皆様の評価をお聞かせ頂けるととても嬉しいです!