奈落迷宮
2023/02/25 少しだけ見直しをしました。
「やっと着いたぁ~っ!」
双葉が馬車から降りて伸びをする。魔物の襲撃がなければ王都から奈落迷宮までは2時間という所かな。
奈落迷宮の前はちょっとした町になっていて、宿泊施設や飲食店、武器屋や防具屋等もあるらしい。まぁ、毎日王都まで戻るのも面倒だよね。
今日はあくまで見学なので、迷宮1階を見たら王都まで戻るみたいだ。
町の中を歩いて行くと、装備をしている人を結構見かけた。兵士という訳では無さそうだけど…。
「クリシュナさん、あの装備をしている人達は兵士なんですか?」
「いや、彼らは冒険者だな。冒険者ギルドに所属して、ダンジョンに挑んだり、護衛依頼をしたり…まぁ何でも屋の様な物だね」
「へー、楽しそうだなぁ…。この町にいるって事は、みんな奈落迷宮目当てなんでしょうか?」
「全員とは言わないが、大半はそうだろうな」
そんな話をしながら町の一番奥へ進むと、聳え立つ崖に辿り着いた。崖の側面には、大きな洞窟が口を開けている。
全員が揃っているのを確認して、クリシュナさんは僕達へと話し出した。
「ここが奈落迷宮だ!迷宮内部を混雑させない為、1パーティずつ時間をずらして開始する!」
みんなでぞろぞろ入っていく訳じゃないんだな。皆で入ったらパーティ分けた意味が無いか…。
「今日の戦闘は全て騎士が行う!パーティ毎に騎士が付いて先導するので、騎士の指示には必ず従い、決して奈落の穴には近づかぬ様に!」
先導する騎士が戦闘を行い、安全を確保した上で付いて行くらしい。奈落の穴って何だろう?
「先ずは勇者パーティからだ!あと、今日はアズサ嬢も勇者パーティに同行して欲しい!では気を付けて行ってこい!」
先導する騎士に続いて、隼人達と海老原先生は奈落迷宮へと入って行った。あー!ドキドキするー!
いやっ!これはワクワクなのか?これが戦闘民族の気持ちなのかっ!?
10分後、聖女パーティに対して奈落迷宮に入る指示が出た。聖女パーティは2番手らしい。
「みんな、気をつけてなっ!」
「透こそ気を付けてよ。1人なんだから」
「透くん、ありがとうございます。行ってきますねっ!」
「2人の事は任しとけ!じゃあ行ってくるな!」
そうして双葉達も奈落迷宮へと入って行った。その後も続々とクラスメイト達が入って行き、最後に僕とクリシュナさんだけが残った。
「今日は第一階層を回りながら基礎的な事を伝えて行く。まぁ大した事は起きないと思うが、気を引き締めておいてくれ」
「はい。わかりました!今日は宜しくお願いします!」
「あぁ、こちらこそな。ではそろそろ行くか」
おぉー!遂に迷宮だー!洞窟に入ると、空気がひんやりとしていた。ちょっと湿気も多いと思う。
中は暗いのかな?と思っていたら、周りの壁が光っていて思ったより明るかった。
「この光っているのは何なんですか?
「それはヒカリゴケだ。上層にはこいつがびっしりと付いてる。ランタンが不要なのがありがたいな」
「ほうほう…。下層は違うんですか?」
「迷宮は色々なタイプがあるが、この迷宮は上層が洞窟で下層が建築物になっている。個人的見解だが、たぶん下層が本体で地上との通り道が上層なんだろう」
ふむふむ。なるほど。クリシュナさんは質問に全て答えてくれる。助かるなぁ。
そして、事前にルートを決めているとは聞いていたけど、分かれ道でも迷う事はなく、どんどん先へと進んで行く。
それにしても…。
「何も出てきませんね…」
「まだ入り口付近だからな。相手の目線に立てば地上は敵陣だ。意味も無く敵陣前でウロウロなんてしないだろう?」
「確かに…。そう言えば、さっき言ってた奈落の穴って何ですか?」
「最下層…つまりは奈落の底まで続いていると言われる穴がある。そこが奈落の穴と呼ばれている」
「『言われる』って事は不明なんですか?」
「あぁ、残念ながら奈落の穴から生きて戻った者はいないし、奈落の底に到達した者もいない」
マジか…。それは確かに落ちちゃ駄目だな…。
話しながら進んでいると、クリシュナさんが急に止まった。前を見ると角の生えたウサギがいる。正直可愛い…。
「ホーンラビットだな。不用意に手を出さなければ何の問題もない」
ヤバイな…撫でる手を出したくなる…。
「な…撫でちゃ駄目ですか?」
「なるほど…異世界人の感覚だな…。そんな姿でも肉食だ。撫でようとすれば角で刺されるぞ?」
「諦めます…」
ホーンラビットと一定の距離を保ちながら、戦闘はせずに通り抜けた。クリシュナさんの戦う姿が全然見られないな。
「そう言えば、来る時のオークとの闘い…凄かったですね!」
「まぁオーク程度ならな。これでも騎士団長なんだ。ランクCには負けんよ」
「クリシュナさんってどれくらいの強さなんですか?」
「あぁ…。未熟者ではあるが、一応アクル王国最強と言われている。恥ずかしながら二つ名もある」
「最強…それは心強いですね!二つ名は何て呼ばれてるんですか?」
「ははは。恥ずかしいと言ったのに聞くのか。沈黙だ。沈黙のクリシュナと呼ばれている」
おぉ!何で沈黙なんだかは分からないけど、何となくカッコいいなぁ…。
そして、沈黙のクリシュナさんがまた止まる。前方はちょっと広めの空間になっているけど、特に何も見当たらない。
「さて、今日の目的は迷宮を実感してもらう事だ。今、この空間の中で、こちらに襲い掛かろうと身を潜めている奴がいる。分かるか?」
やべぇ…全然気付かなかった…。1人だったら襲われてたって事か…浮かれすぎてたみたいだ…。
僕は落ち着いて周りに気を配る…。
「ほぅ…」
僕は襲撃に注意しながら、何となく気配を感じる方へと移動する。
「こっちかな…」
でも、目の前は何も無い壁…何もいないし隠れる場所も無いと思う…。
そう思った時、目の前いっぱいに何かが襲い掛かってきた。しかし、襲い掛かって来たものは、横から来た空気の塊に弾き飛ばされる。
「うっ!うわぁ!!え?今いったい何が…」
「ははは。こいつだよ」
クリシュナさんが弾け飛んだものを剣でつつく。
「これは…スライム…ですか?」
「あぁ、その通り。最弱クラスの魔物なんだが、してやられたな。感知能力は命に係わるからもっと鍛えた方が良いぞ」
くっそう!悔しいなぁ…
「トール殿はニホンで何か訓練を積まれていたみたいだな。足取りや気配の探り方が尋常ではなかった。しかし、相手が有形体だと思い込んだ所に隙が有ったな」
「非常に悔しいです…。横から来た風の塊はクリシュナさんですか?」
「あぁ。私の魔法適性は風属性でね。魔法で守らせてもらった」
そう言いながら、クリシュナさんが剣でスライムを刺す。それがトドメだった様でスライムが溶けていった。
「トール。この残った石が分かるか?これが魔石だ。魔物とは、この魔石を力の源として活動している生物の事を言う」
「なるほど…。凄く小さいですね。これは相手によって違うんですか?」
「その通りだ。強い者ほど、優れた魔石を持つことになる。いや逆か…優れた魔石を持つからこそ強いのだ」
おぉー!ドラゴンとかいたら、どんなサイズの魔石なんだろう…。
「分かりました。でも、どうせなら僕に倒させて欲しかったです」
「今日は諦めておけ。私がアズサ嬢に怒られる」
「ははは。確かに!」
そうして、僕達は更に前へと進んで行った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「麗奈、足は大丈夫?疲れてない?」
「うん、大丈夫だよ。双葉ちゃんありがとう!」
透がクリシュナの指導を受けている頃、聖女パーティも順調に進んでいた。
「さっきの大きい蟻は怖かったね!最初に見た動くキノコと同じでFランクらしいけど、昆虫って何か怖いんだよね!」
「うんうん!何だか感情が見えない所が怖いのかなぁ?」
「キノコにも感情無いと思うけど…」
「和也くん、何か言った?」
「いえいえ!何も!」
ここまでの感想を話し合いながら進んでいると、前方で戦闘をしている音が聞こえてきた。先導している騎士が前の方へと声をかける。
「敵は何だ?支援は必要か?」
「コボルトだ!ただ…群れに当たったかもしれん!」
戦闘中なのは勇者パーティの騎士だった。少し離れた所に隼人達もいる。聖女パーティの騎士が白鳥さんに話しかけた。
「コボルトはFランクで強くは無いのですが、群れる習性があります。同時に何十体と出てきた場合、皆さんを守り切る事が難しくなりますので…ここで撤退致します」
「こういう時の動きは決めているのですか?」
「はっ!まず次のパーティの到着を待ち3パーティ合同とします。そして騎士2名が戦線を維持しながら、残った騎士が先導して入口に戻って頂きます」
「わかりました。指示に従います」
騎士は頷くと隼人達の元へ向かい状況説明を行う。話を聞いた隼人達は聖女パーティへと合流して来た。
「あのコボルトとかいう魔物、次から次に出てきてキリがねぇな」
「全くだな。人と犬が混じった見た目なのに知能が低い…。あれだけ仲間がやられても何も考えずにどんどん来るとは…」
龍彦と隼人がコボルトについて話していると、3パーティ目の賢者パーティがやってきた。賢者パーティの騎士は状況を把握し、皆に話し始める。
「合流しての撤退ですね。私は戦闘に参加し、一番疲弊している騎士を戻します。皆さんは戻って来た騎士に従い撤退して下さい」
一番長く戦闘している者を案内役とする作戦の様だ。
そして、賢者パーティの騎士はすぐに戦線へと突入し、入れ替わりで勇者パーティの騎士が戻って来た。
「はぁ…はぁ…はぁ……。で、では、早速ですが撤退を開始します。私の後に…付いて来て下さい!」
騎士はすぐに撤退を開始した。来た道をどんどん戻って行く。当然ながら後続のパーティとぶつかる為、状況を説明して合流しながら撤退していく。
「麗奈、手をつなごう!」
「えっ?」
「俺からも頼む。人数が増えてぐちゃぐちゃだ。いなくなっても気付けないって事になりそうだ」
「うん。分かった!双葉ちゃん!あと和也くんも!」
「いやいや、それは流石に歩き辛いよ。俺は2人にぴったり付いて行くから、2人は手を繋いでおいて!」
「わかった!和也くん、ありがとうね!」
それからしばらくして、双葉達は無事に入口へと戻って来れたのであった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「おぉー!凄く広い空間ですねっ!」
僕は直径50メートル位はありそうな、とても広い空間に来ていた。しかし、その真ん中には直径30メートルくらいの大穴が有る。
「もしかして、これが奈落の穴ですか?」
「その通りだよ。危険だから、あまり近づかない様に」
「そんな危険な所をルートに入れたんですか?」
「遠目に見るだけだし、知っておいて欲しかったからね」
そう言いながら、クリシュナさんが穴へと近づいていく。
「この穴の底は、魔王の住処だとかって噂も有るんだよ?」
「は…はは…。そうなんですね…。僕は怖くて近づけそうにないです…」
「勿論だよ。トール殿はそこから近づかない様にね」
クリシュナさんは更に穴に近づいて行く。もう少しで覗き込めそうだな…。
「クリシュナさん!危ないですよっ!」
僕はクリシュナさんに注意を促す為、声をかけた。つもりだった…。
あれ?何だか違和感が…。
自分の声が反響してる……。
周りの音が…聞こえない……。
その時、穴の前にいるクリシュナさんが大きくバランスを崩した。クリシュナさんが穴に落ちてしまうんじゃないかと思い、僕はゾッとする。
僕は咄嗟に、クリシュナさんに駆け寄ろうと足を踏み出そうとした。
ドスッ…
あれ…おかしいな…。身体が……前に進まない…。
何だろう、背中とお腹が凄く熱い…。
胃の中から、熱いものが込み上げて来る…。
「ごふっ………」
口から赤い物を吐きながら……僕は自分の腹を見た……。
え…何で……?
僕は意味が分からなかった…。
何で僕のお腹から……剣が生えてるんだ……?
この物語はフィクションであり、実在の人物・団体・事件とは一切関係ありません。
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