初めての魔物
2023/02/25 話し方や表現等の見直しをしました。
「まずは迷宮を肌で感じて貰いたい。近衛騎士団が護衛するので、明日は奈落迷宮へ向かう!」
クリシュナさんが訓練もせずにいきなり迷宮へ行く事を伝えてきました。海老原先生とクラスメイト達に少し緊張が走ります。
「ちょ…ちょっと待ってください!迷宮なんて危険じゃないんですか?生徒達の安全は確保できるんですか?」
「アズサ嬢、落ち着いて下さい。明日の戦闘は我々が行います。第一層の安全なルートを予定しているので、まずは雰囲気を味わって頂く感じですよ」
「そうですか…。でも…」
クリシュナさんの説明によって少し安心しつつも、海老原先生としてはやはり不安が残る様です。しかし、そんな迷っている海老原先生に隼人が後押しをしました。
「海老原先生。朝も言いましたが、安全を他人に依存して半年以上怯えて暮らすよりも、自分達が力を付けておいた方が良いと思います」
「でも…迷宮で安全に訓練ができる保証はあるんでしょうか…?」
「先生…残念ながら保証なんて何処にも無いんですよ…。今この時だって何かに襲われるかもしれません。そして、その時に騎士達が守り切れるかは分かりません」
「そんな…」
日本では少なからず安全に対する責任が明確になっていて、安全を維持する努力が実施されていると思う。だから勘違いしやすいのかもしれない…。本来、安全に暮らせる保証なんて何処にもない。日本にも無い。後から責任を追及できるだけだ。
そして、この世界ではその責任さえも無い。だから、安全を維持しようとするかどうかも分からない。
「それに、さっき龍彦達とも話してたんですが、凄く身体が軽いんです。先生は魔法系で実感が薄いのかもしれませんが、この世界に来て強くなってるんですよ」
新井 龍彦は隼人の仲間で、戦士系の特性だったと思う。
「我々が修行して、この世界の人達より強くなってしまった方が安全になると思います。その方が…我々の為になるんです!」
「わかりました…。リスクを踏まえて段階も検討頂けているみたいですし……迷宮に行きましょう!」
「先生、ご理解頂けてありがとうございます。先生を不安にさせないように頑張ります!」
隼人が海老原先生の説得に成功したみたいです。珍しく僕的にも嬉しい事をしてくれた。単純に自分の為だったんだろうけど…。
「それでは話を続けさせて頂く。君達には迷宮内で行動を共にするパーティを組んで貰いたい。人数は4人か5人で、魔法適性も踏まえてバランス良く分かれてくれ」
「私も生徒達に混じってパーティを組んだ方が良いですか?」
「アズサ嬢は全員の指導者なのですよね?何処にも属さず総指揮官の様な形が良いと思います。獣使いの能力が伸びれば、全体把握も容易になりますよ」
「なるほど…わかりました!」
ふむ…。まず僕達4人は組むとして、もう1人勧誘するか4人で行くか…迷うなぁ。
そんな事を考えていると、クリシュナさんが残念な事を言い出した…。
「あと、バランスが悪くなるので、勇者殿、賢者殿、聖女様、トール殿は別パーティになる様に」
まーじーかー!そうなったら…もう選択肢は1つしかないだろう…。僕が悲しんでいる中、みんなパーティを組み始めた。
「僕は風属性の魔法系なんだけど、そっちは?」
「おっ!俺は火属性の魔法系だから一緒に組もうぜ!相性良さそうだ!」
何だかどんどん組み上がっていく。そして僕は、双葉と白鳥さんと和也に話しかけた。
「双葉と和也に頼みがある…。白鳥さんの事を守ってくれ!」
「透は大丈夫なの?」
「もちろんっ!僕には立花流合気道術があるからね!まぁ明日は見学らしいし」
僕はパッパパッ!っと、簡単な型をやって見せる。
「透くん…そんな…。双葉ちゃんと和也くんは透くんと…」
「白鳥さん駄目だよ。僕も白鳥さんを守る騎士の役をやりたい所なんだけど…。残念ながら今回は信頼してる2人に譲る事にするよ」
双葉は納得してくれたみたいで、自分の胸を拳で叩いた。
「ふふふっ!麗奈の事は私に任せなさい!」
よしよし。あとは…。僕は和也の耳元に近づいて、小声で話しかけた。
「双葉は感情に流されて暴走する事があるから…僕がいない時は任せたぜ。親友っ!」
「はははっ!了解!任された!!」
和也はサムズアップで答えてくれた。
よしっ!じゃあ、他のチームに入れてもらおうかな!
「それじゃ、ちょっと行ってくるね!」
僕は双葉達から離れて、まだ決まって無さそうな人達の所へと向かった。
「おーい、どこか僕を入れてもらえないかな?」
視線は向くが誰も反応してくれない。うぉ…マジかあ…。
「ねぇ、僕も入れてもらえないかな?」
「いや…無理かな…」
「僕とパーティー組みませんか?」
「はははっ!高杉くんと?ないない」
…………。
………。
……。
「さて、全員パーティーは組めたか?」
僕は、そーーーっと手を上げた…。
泣いてない!ホントだぞっ!!
「トール殿は溢れてしまったのか…。まぁ明日は見学だし、どうするかは別途考えよう。ひとまず明日は私が護衛に付く」
「アリガトウゴザイマス…」
僕が辱めを受けた所でパーティの話しは終わりらしく、クリシュナさんが大食堂の入り口に合図を送る。
ゴトゴトゴトゴトッ…。ガラガラガラガラッ…。
大食堂に大量の荷台が運び込まれた。何だ…?
「では、次に装備だ。特殊な物は無いが、質はそれなりの物を揃えてある」
バサッ!っとシーツをめくると、中からは大量の鎧や様々な武器が出てきた。これは…テンション上がるかもしれない。
「鎧は、前衛で壁役をする者は金属鎧を。後は動き易さに合わせて革鎧やローブを選択すると良いだろう。実際に着てみて、しっくり来る物を選んでくれ」
僕は金属鎧は無いなぁ…。動き辛そう…。
「武器は、様々なサイズの剣、槍、斧、杖、弓など主だった物はある。後衛だとしても、何かあった時の為に何かしら持って行ってくれ」
うーん。刀は無さそうだ…。剣でも貰っておこうかな。
「では、装備を選んだ者から今日は終了だ。明日は朝食の後に出発するので正門に集まってくれ。それではか「お待ちくださいっ!」
たぶんクリシュナさんは『解散』って言おうとしたんだと思うけど、別の声に遮られてしまった。この声は…。
振り返ると、大事そうに何かを抱えた王女様が大食堂に入ってきた。
「勇者様はこちらをお使い下さい」
「イザベラ様…まさか…」
隼人は王女様が抱えていた物を受け取ると、包みから中身を取り出した。凄く豪華な剣みたいです。そして、鞘から剣身を抜き放った。
「イザベラ姫、これは?」
「当家に代々伝わる聖剣…デュランダルです。千年前の勇者様が使われていたと伝わっております」
「貰い受けて良いのか?」
「勿論でございます。きっと勇者様の助けになると信じております」
「わかった。受け取ろう」
隼人の回答を聞いた王女様は微笑み。そして部屋を出て行きました。
「聖剣かぁ!いいなぁー」
「城之内くん、似合ってるよー!」
「さて…改めて言うが装備を選んだ者から部屋に戻る様に。解散っ!」
クリシュナさんの声と同時に装備へ群がるクラスメイト達。
僕は試しに革鎧を着てみた。思ったより体にぶつかる…。動きが制限されるのは嫌だったので、僕は服とローブとロングソードを貰ってから部屋へと戻りました。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
コンッ…コンッ…
部屋に戻ってしばらくすると、僕の部屋にノックの音が響いた。
「親友、俺だけど入って良いか?」
「どうぞー。1人?」
たぶん、魔法適性を調べた時に『後で時間が欲しい』って言ってた件だろう。和也が扉を開けて部屋へ入って来る。
「あぁ、1人だよ。立花さんと白鳥さんは演技とか苦手そうだからね…また別の機会に話そうと思う」
「確かに演技とか苦手そうだね。で、どうしたん?あ、砂糖何個?」
優しい僕は和也に紅茶を入れてあげる。お客様だしね。
「1個で。あー、うん。まぁ単刀直入に言うと……俺の魔法適性は時空だったわ」
「あらー、マジで?」
「マジで。鍛えて帰還魔法が使える様にしたいけど、その前にバレると暗殺されそう」
「うん。隠しておかないと駄目だね」
僕のも和也には話しておくか…。
「実は、僕も闇属性だけって言うのは嘘で…持ってたんだ…」
「え?もしかして時空属性?」
「9属性全部」
ぶはぁっ!!
こいつ…紅茶を吹き出しやがった…。
「おいおい、汚いなぁ…」
「いやいやいやいや…マジで?」
「マ・ジ・でっ!秘密にしといて?」
両手を顎に添えてちょっと可愛い仕草でお願いしてみた。あれ…なんか引かれてる…。
「親友よ…。ガチのアドバイスな。その仕草はキモイからやめとけ…」
「ふっ…そうか…何となくわかってはいたよ…」
「それにしても、どんだけチートなんだよ…。じゃあ、2人で帰還魔法を覚えてみせますか!」
「そうだね。一緒に使ったら負荷が半減したりとか…そういう事もあるかもしれないしね」
とりあえず、和也は無属性だけ。僕は闇属性と無属性だけって事で通す事に決めました。
「さて、伝えたい事も言えたし、明日に備えてそろそろ寝るかな」
「じゃあ明日は頑張ろう。双葉と白鳥さんの事…ホント頼むな」
「あぁ、任せておけって!」
本当に頼りになる奴だ。だが、僕はそんな和也に対して言わなくてはならない大事な事があるのだ…。
「和也…。紅茶を吹き出した被害は自分で掃除して行けよ?」
「……。」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
その頃、イザベラ姫の私室には1人の男が呼び出されていた。
「クリシュナ、確認した結果はどうでしたか?」
「はっ!称号は…持っておりませんでした…」
クリシュナの報告を聞いて、イザベラ姫はご満悦の様子だ。
「なるほどなるほど…。まだ覚醒する前で良かったです。魔法適性は?」
「闇属性との事でした」
「闇属性ですか…やっかいではありますが、それくらいは仕方がありませんね」
クリシュナは何だか辛そうな表情をしている…。
「鑑定が出来れば良かったのですが…。あの商人の小娘がすぐに来ぬから…。あなたには苦労をかけます」
「いえ…。勿体なきお言葉…」
「覚悟はできましたか?」
「………。はっ!この身はアクル王国の為に!」
「では、明日は予定通りにお願いします」
クリシュナは、イザベラ姫に敬礼をすると苦渋の表情のまま部屋を出て行った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「寝坊したぁー!!」
朝食を食べていると、和也の絶叫が聞こえてきた。バタバタしながら食堂へと入って来る。
「和也…何かあったの?」
「あ、親友。えっと…目が冴えてなかなか眠れなかった?」
「遠足前の小学生か!!」
まぁ、迷宮を前にして興奮しちゃったのも分かるけどね。
「集合時間まですぐだから、急いで食べた方が良いよ」
「おぅ!」
ご飯を掻き込む和也を待って、一緒に集合場所である正門へと向かいました。僕達が最後だったみたいで、既に全員が集まっています。
「全員集まったな!それではこれから奈落迷宮へと移動を開始する。2パーティずつ馬車に乗ってくれ」
そこには、10人乗りくらいの幌馬車が4台並んでいた。
僕達のクラスは36人で、5人パーティ×7組と僕1人という構成になっています。
そのため、聖女パーティ+海老原先生+僕の7人で1台に乗る事になりました。僕が1人ぼっちだったから広く乗れて良かった!と、考えよう…。
全員が乗ると馬車は動きだし、王都を出て街道沿いに進んでいく。
「田中くん、仁科さん。聖女パーティに入ってくれてありがとうね」
僕は新たに聖女パーティに入った田中 修平と仁科 咲にお礼を言った。
「いや、高杉に礼を言われる事ではない。俺は白鳥さんの盾となる事が出来て大満足だっ!」
「そうだね、お礼を言われる事じゃないかな。それより高杉君は大丈夫なの?別に高杉君の性格が変わった訳でもないのに、みんな騒ぎすぎ」
田中君は白鳥さんの大ファンという感じで、仁科さんはサバサバとして冷静な女性だ。
2人とも僕に対する嫌悪感は無いみたいで良かった。
「まぁ今の所は大丈夫だよ。正直、ちょっと悲しい所はあるけどね」
「そっか。とりあえず高杉君は自分の身の安全を第一に考えて。狂った奴がいてもおかしくは無いから…」
「うん。ありがとう…」
ピィーーーーーーーーッ!!ピィーーーーーーーーッ!!
話していると、突然笛の音が鳴り響き馬車が停止した。
「確か笛2回は魔物が近づいている合図…。みんなは馬車で身を潜めてて下さい!先生はクリシュナさんに確認してきます!」
そして海老原先生は馬車から降りて先頭の方へと走って行った。マジか…初モンスター…ちょっと見てみたいな。
「なぁ、魔物気にならない?」
「なるっ!!」
双葉に質問してみると、予想通りの即答が返ってきた。
「双葉と一緒にちょっと見てくるよ。みんなは待ってて」
白鳥さんに反対されそうな気がしたので、一方的に話して馬車を飛び降りた。
他のクラスメイト達も気になった様子で、野次馬根性を発揮して先頭の馬車へと向かっている。先頭の馬車に辿り着くと、騎士団の人達が魔物と戦っているのに遭遇した。
「うわ…マジか…でかい…」
魔物を見て、僕はついつい呟いてしまう。魔物は身長が2メートル以上ある二足歩行の豚だった。合計6体いるのだが1体は3メートル近くありそうだ…。
豚は手に持った棍棒を振り回し、数名の騎士を吹き飛ばす。あ、でもしっかり致命傷は避けてるな。騎士達は防御に徹して時間を稼いでいるのか…。いったい何を待っているんだろう?
考えていると、不意に一番大きな豚の首が飛んだ。クリシュナさんが相手に気付かれずに背後へと回り、一撃で倒したみたいだ。
「双葉…クリシュナさん強くない?」
「うんっ!相手に気付かれずに背後に回ったの、どうやったんだろうね?」
そこから残りを殲滅するのは早かった。なるほど、騎士団の人達は頼りになるみたいだ。
クラスメイト達は、魔物の力強さや狂暴性に驚愕していた。そして、今更ながらに命の奪い合いだという事を実感している。
そんな僕達の方へと戻ってくるクリシュナさんに対して、海老原先生が詰め寄った。
「あっ、あれは何なんですか?これから行く迷宮にもああいうのがいるんですか!?」
「先程の魔物はオークとハイオークです。オークがDランクでハイオークがCランクですが、今日はFランクが出る所にしか行かないので大丈夫ですよ」
おおぅ…目的地より道程の方が危険だった…。
「アズサ嬢、全ての生徒を常に見ておく事は不可能でしょう。『出かけていた生徒が魔物に襲われて死んでいた…。』この世界では普通に有り得る事です。そんな事が無い様に、各々がある程度強くなっておく必要があるのです」
「なっ……。でも…確かに…」
クリシュナさんはトーンダウンする海老原先生から目線を外し、こちらを向いて声を張り上げた。
「それでは移動を再開する!全員馬車に戻れっ!」
僕と双葉は、海老原先生に声を掛けて自分達の馬車に戻った。僕達が戻ってきた事に安堵する白鳥さん。そして和也は質問したそうにうずうずしている。
「なぁなぁ。魔物ってどうだった?」
「ハイオークとオークだったよ。3メートル近い巨体でCランクだってさ。確かに力は強そうだった。でも……双葉だったらどう?」
「うーん、そうね。でもたぶん……いけるかな?透もでしょ?」
「決して進んでやりたい訳じゃないけど。たぶんね」
僕と双葉のそんな話を聞いて、海老原先生はとても驚いていた。
「え?え?高杉君と立花さんはあんな化け物を倒せるんですか!?」
「たぶん…ですよ?力は強かったのですが、ちゃんと制御できてない感じでしたし…」
「私の場合は格闘家特性の効果もあると思うんですけど…なんとなく行けそうです」
海老原先生が驚きの表情で固まる中、馬車は目的地に向けて再出発した。それから目的地までの間は特に何事もなく、僕達は奈落迷宮に辿り着く事ができた。
この物語はフィクションであり、実在の人物・団体・事件とは一切関係ありません。
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