抵抗
「さてさて、次は私の番だよ?」
「あぁ。分かってる」
双葉の目的はライトの正体が高杉透か確認する事かもしれない。まぁ、双葉の場合は単純に戦ってみたいだけって可能性も高いけど…。
俺がどうするのかは決めてる。立花流合気道術を使わず、双葉の知る高杉透では出来ない方法で、高杉透を感じさせないくらい…圧倒的に勝つ!
「じゃあ行くよ?」
「あぁ、いつでも来い」
双葉はその場で息吹きをすると身体強化を完了させる。
俺もそのタイミングで脳だけ身体強化を行った。ただし、手加減抜きの通常版だ。
すると、準備の整った双葉がもの凄い速度で突っ込んで来た。……んだろう。世界がスローモーションに感じてる俺から見ても『一般人が普通に動いてる』くらいの速度で双葉が近付いてくる。
そして、俺の前に辿り着いた双葉は、そこから俺の顔面目掛けて右ストレートを放ってきた。
んー、初手からこんな大振りするなんて。双葉も少し雑魚慣れしちゃってるのかな?
俺は右ストレートを避けながら双葉の腕に手を添えると、腕の力の向きを変えた。更に軸足を払うと、双葉は独楽の様に回転しながら倒れて尻餅をつく。
「いったぁ…。はは、こんな戦い方は失礼だったみたいね。次は本気で行くよ?」
「是非そうしてくれ」
「うおぉぉぉぉぉ!!」
双葉は叫びながら立ち上がったが頭は冷静だったみたいだ。ジャブやキックを細かく連打してくる。
しかし、スローモーションに見える俺には双葉の動きがよく分かる。俺は避けたり力の方向を逸らしたりして、正面から攻撃を受け止めはしなかった。
俺の手足は身体強化してないからね…。
それにしても、やっぱり技が少し雑になってる気がする。たぶん身体強化に振り回されてるんじゃないかな。
「そろそろ終わらせるぞ?」
俺は打ってきた双葉の手首を掴むと、俺の方へと引っ張る振りをする。投げられると感じた双葉は焦って腕を引こうとするが、俺はそこに合わせて腕を押した。
「え、嘘?えっ!?」
双葉は体勢を崩すと、俺に対して若干後ろ向きな半身になってしまう。そして、俺は無防備な双葉の首筋へと手刀を落とした。
「うっ…!」
手刀によって意識を刈り取られた双葉はその場に崩れ落ちる。ただ、地面に落とすのは可哀想なので、俺は落ちる双葉の腕を掴んで持ち上げた。
「双葉ちゃん!」
白鳥さんと田中君が俺達の元へと走って来た。
田中君は雑に持ち上げてる俺から双葉を受け取ると、ゆっくりと床に寝かせる。そして、白鳥さんは双葉に対して回復魔法を詠唱した。
「うわ…。立花さんでも全然相手にならないのかよ…」
「隼人が負けるのも納得だろ。あれは相手が悪いわ…」
クラスメイトの認識として隼人はかなり強いし、俺もそれは事実だと思ってる。ただ、光魔法頼りになってるのが問題だと思う。
例えば、数メートルの位置からクリシュナさんと戦ったらクリシュナさんが勝つと思う。でも、1キロ離れてる所からクリシュナさんを含めたアクル王国軍と戦ったら、隼人が勝つんじゃないかな?
つまり、今の隼人は固定砲台なんだ。
奈落迷宮でも、龍彦が敵を引き付けて隼人が光魔法で倒してたらしい。それでAランクの魔物を一方的に倒してたので、アクル王国やクラスメイトの間では『勇者は強い』という認識になっていた。
「うっ…私は…」
「双葉ちゃん!大丈夫?」
「そっか…私負けたんだね…。透みたいだけど透よりも圧倒的に強い。お父さんでも勝てないと思う…」
やっぱり俺の確認が目的だったのかな?でも、魔法無しだったらまだ師匠に及ばないよ。
「タチバナは身体強化すると体術が少し雑になるな。魔法を鍛えるのも良いが、一度体術を見直してみた方が良いかもしれない」
「そっか…。確かに身体強化すると相手が簡単に倒せるから無意識に雑になってたかも。ありがとうございます!」
ひとまず、双葉からの高杉透疑惑は乗り切れたと思う。結果的に双葉の改善点も見つけられて良かったかも。
それにしても、やっぱり松本が来なかったのが気になるな。何も無ければ良いけど…。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「やってらんねー。マジきついわ。それにしても松本のやつ、1人だけサボりやがって。次はあたしもサボっかな」
戦闘訓練の授業が終わった後、土屋は学校内の人気が無い道を歩いていた。
土屋は平野未来が死亡した原因の一端だと認識されている為、クラスにいると腫れ物に触る様な扱いをされて非常に居心地が悪いのだ。
「カナ ツチヤ殿。突然で申し訳ないが我々の願いを聞いて貰えるかな?」
土屋の行く手を阻む様に、黒ローブに身を包んだ存在…声からすると男が現れた。
「何?ナンパ?こっちの世界に来てから誰も声掛けてこないから、こっちには草食系しかいないのかと思ったわ」
「残念ながら違う。黙って我々に捕まって貰いたい。抵抗した時よりマシな扱いになる事は約束しよう」
土屋は、いつの間にやらローブの男達に囲まれていた。
「もしかして…松本が見当たらないのもあんたらが攫った感じ?」
「彼はとても素直で助かったよ」
「まぁ、あいつは全然鍛えてなかったから抵抗する力なんて無いしね」
土屋の発言を聞いたローブの男達が剣を抜く。直剣ではなく曲刀のシミターみたいな見た目だ。
「で、ツチヤ殿は素直に従ってくれるのかな?それとも、鍛えているツチヤ殿は抵抗を選択するのかな?」
ローブの男が言わんとしてる所は『お前如きの鍛錬で抵抗できるつもりならやってみろ』という感じでしょう。
そんなローブの男に対して、土屋は口角を上げてほくそ笑む。
「は?女1人を大人数で拉致ろうとするキメー連中の言う事なんて聞く訳ねーだろ」
「そうか。残念だ。手足の1本や2本は覚悟してくれよ?」
「やだね。マナよ巡れ、我が身を巡れ…」
「させるか!」
身体強化魔法を使おうとしている土屋に対してフードの男達は凄い速度で近付いていく。彼等は事前に身体強化を掛けていたみたいだ。
しかし、そんな事は見越していたのか、焦りを見せない土屋は詠唱しながら指輪を外す。そして、それを地面に叩きつけた。
指輪からは黒いモヤが溢れ出し、そのモヤの中からはオーガが現れる。
「なに!?オーガだと!?」
「オーガ如きに焦るな。冷静に対処すれば問題ない」
ローブの男達は突然現れたオーガに一瞬驚いたものの、すぐに冷静さを取り戻した。
「…敵を屠る力となれ。はは。ミクの奴にマジックアイテム作らせておいて正解だったわ。おら、頑張れデカブツ」
「ちっ…。オーガは3名であたれ。残りはツチヤだ」
「やれるもんならやってみな」
土屋は持っていた短めの槍を構えた。土屋の特性は『狩人』で弓が1番得意なのだが、今は持ってきていない。有ったとしても接近戦には向いていないが…。
短槍は、投擲と接近戦を兼用したセカンド武器として持ち歩いていた。
ちなみに、土屋の魔法適正は『火』なので壁役がいれば魔法で攻撃するのも有りなのだが、オーガに細かな指示を出す事はできなかったので魔法を詠唱する余裕はなかった。
そして、ローブの男達が土屋に襲い掛かる。
土屋は防御に専念していた。槍を突きながら一定の距離を保ち、追い詰められない事に集中する。と言うか、それしか行動する余裕はなかった。
「ちっ…誰も来ねぇ…。それに、こいつらマジつえーし…」
「くくく。時間稼ぎが目的だったか。言っておくが、それは無駄だぞ?」
「は?何でだよ?」
「消音魔法を知っているか?アクル王国では『沈黙』の奴が有名だろう?それに、生徒がここに近付かぬ様に手下の者達が誘導している。ここには誰も来んよ」
「マジか…。あたし1人攫うのに何人使ってんだよ…」
グォオオオオオオオオオ!! ズズン…
指輪から現れたオーガはローブの男達に倒されてしまい前のめりに倒れ込んだ。すると、身体から黒いモヤが吹き出し、そのまま煙となって消えてしまう。
そうなると、当然ながらオーガの相手をしていた者達も土屋の方へと参戦してきた。
「あー。これは無理かなぁ」
「ではどうする?このまま少しずつ刻まれるか?」
「いやいや、諦めるよ。ごめんね?ちょっとした我儘じゃん?我儘な女って可愛いもんっしょ?」
土屋は短槍を捨てると、合わせた両手を頬の横に付けて謝った。最後にペロッと少し舌を出す。
「どうやら俺とは女の趣味が合わない様だな」
「ぐふっ……」
リーダーらしき男は土屋に近付くと腹部に拳をめり込ませた。そして、土屋はそのまま意識を無くしてしまう。
「手間を掛けさせおって…。すぐに撤退するぞ」
「はっ!」
ローブの男達に担がれて何処かへと攫われていく土屋。
そんな風景を、空を飛ぶ一羽の鳥が見つめていた。
この物語はフィクションであり、実在の人物・団体・事件とは一切関係ありません。
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