双葉無双
2023/02/25 表現を一部見直しました。
隼人達が国王と謁見した翌日、聖女パーティは奈落迷宮29階にいた。
先頭を行く仁科さんは、余計な音を立てずに進んでいる。索敵を優先して布装備を着ている影響も大きいが、ここまで魔物から先に発見される事は1度も無かった。
後ろに続く双葉は、仁科さんの邪魔にならない様に10メートルほど後から付いて行く。田中君、白鳥さん、和也の3人は、更に20メートル後ろから追いかける形だ。
ちなみに双葉の装備は、拳、肘、膝、脛と部分的に付けており、全てBランクであるダイアタートルの甲羅が使われていた。
動きが遅いダイアタートルがBランクになっている理由がこの甲羅にあり、Aランクの魔物でもなかなか砕く事のできない硬度を誇っている。
しかし正直な所…双葉にとってこの装備は防具ではない。双葉は武器のつもりでこの装備を身に着けていた。
そうして29階を順調に進んでいると、先行している仁科さんが何かを発見したみたいだ。仁科さんは動きを止めて、前方を確認している。
確認が終わった仁科さんは、そのまま振り返らずに双葉へとハンドサインを送った。
右手で前を指差した後、指を3本立てる。そして1度閉じてまた3本、5本、4本、そしてサムズアップする。
これは『前方にDランク3体。距離20メートル。戦闘経験のある相手』という意味だった。
双葉は仁科さんのハンドサインを見ると、すぐに小声で身体強化魔法を唱える。
「マナよ巡れ、我が身を巡れ。我が血となりて駆け巡り敵を屠る力となれ…」
詠唱を終えた双葉は、身体の底から力が湧いてくるのを感じた。戦闘準備が終わると前に向かって歩き始め、仁科さんの横を通り過ぎて更に進んで行く。
仁科さんは足元の石を拾ってから双葉の後ろに続いた。
不意打ちを成功させる為に、出来る限り足音を消しつつも速度優先で二人は進む。そして、あとちょっとで双葉が敵と遭遇する…っという所で、仁科さんは敵の背後に向けて石を投げた。
カンッ!カツッ…カツ…カラカラカラカラ……
魔物は音がした方へと意識を向けてしまう。そして、後ろを向いた魔物の背後から双葉が襲いかかる。魔物は3体のオークだった。
オークと遭遇した後の双葉の動きは早い。
双葉は背後からオークAの膝を蹴り抜いて砕くと、横にいたオークBの脇腹に対してフック気味にパンチを打ち込む。
オークBの脇腹は抉り取られ、オークBは脇腹を押さえてうずくまった。
事態に気付いたオークCが双葉を掴もうと腕を出す。
双葉はむしろオークCの懐へ飛び込み、差し出された腕を捻りながら前のめりに転がした。
大した力は使っていないのに、オークの巨体は簡単に転がっている…。そして双葉は、転がったオークCの顔面を踏み抜いた。
続いて双葉は、片膝が砕けてうずくまったオークAへと向き直る。オークは巨体であるため、うずくまっていても双葉よりも大きかった。
双葉はオークAへと駆け寄ると、直前で高くジャンプする。オークAの頭の高さまで飛んだ双葉は、そのまま側頭部に膝蹴りをして、オークAの頭を砕いた。
最後に脇腹を押えていたオークBだが、背後から突き刺されたショートソードによって既に事切れていた。ショートソードの柄は、仁科さんによって強く握られている。
結果、オークと邂逅してから1分もかからずに決着が着いていた。田中君が双葉無双と言うのも納得である。
戦闘が終わって2人は周りの安全を確認するが、特に問題は無さそうだった。
「大丈夫そうだから魔石回収しちゃうね」
仁科さんは魔石を回収するため、オークの遺体を捌き始めた。
「仁科さん、解体任せちゃってごめんね…」
「大丈夫だよ。刃物が必要だしね。それに魔石だけだからすぐ終わるよ」
双葉達は、お金を稼ぐ為に魔物素材を回収して売却していた。お金を稼ぐ理由は、より良い装備を買う為というのもあったが、アクル王国の世話になりたくないという思いが強かった。
オークは肉が食用として売れるので回収したい所なのだが…量が多くて探索中は邪魔になってしまう為、仁科さんが回収するのは魔石だけにとどめていた。
仁科さんが魔石の回収を終わらせると、ちょうど背後から声が掛る。
「オークがいたのか。また瞬殺だったみたいだな」
「田中君。おつかれ。いつも通り立花さん無双だったよ」
最後尾だった3人が追いついていた。
「佐藤君。これ魔石。宜しくね」
「仁科さんありがとう。預かっとくね」
「じゃあ私はまた先行するから。解体の続き宜しく…」
「了解だよ……。先行気を付けてね…」
そして、仁科さんはまた1人で迷宮の奥へと先行して行った。
「和也くん、田中君…。申し訳ないんだけど…高く売れるからよろしくね!それじゃ私も行ってきます!」
「ははっ…任せて…。双葉さんも気を付けてね…」
双葉は和也に改めて回収を依頼すると、仁科さんの後を追いかける。そして3人が残された…。
「はぁ…田中君…やろうか……」
「そうだな……」
実は……オークには換金効率の良い回収部位があった。しかし、その回収については女性陣に拒否された為、男性陣の役割となっている。
「白鳥さん…。少し離れていて下さい」
「う…うん…。そこの壁沿いにいるね…」
田中君に言われて、白鳥さんはオークが見えない所に移動する。
「うぅ…何度やってもコレを切り落とすのには抵抗があるな…下半身がゾワゾワする……」
「だな…。奇数だから残る1体はジャンケンな……」
精力強壮剤として人気の素材なんだそうです……。
…………。
………。
……。
それからソルジャーアントやダイアウルフとの戦闘はあったが、無事に30階へと到着した。
前回もボス部屋前までは行っているので、地理については分かっている。ボス部屋まで15分という所に休憩に適した空間がある為、今日はそこで休む予定となっていた。
「ふぅ…到着だな…。白鳥さん、歩き疲れたと思いますが大丈夫ですか?」
「うん大丈夫だよ!田中君ありがとうね!」
「立花さん。後続組は無事に到着しましたー!」
双葉と仁科さんが待つ休憩地点に、最後尾の3人が到着した。
「みんなお疲れ様!怪我もトラブルも無く順調だったね!」
「俺達はほぼ歩いてるだけだしね…。心配なのは立花さんの装備くらいかな?大丈夫そう?」
「うーん……。うん!大丈夫!」
双葉は装備の状態を確認するが何も問題は無さそうだ。そしてみんなに声をかける。
「それじゃあいつもの壁を作るから、入り口から離れてねー」
「はーい!双葉ちゃん大丈夫だよー!」
「じゃあ行くよー!大いなる大地よ母なる大地よ…我が身を守る壁とならん」
双葉が詠唱すると、部屋へと続く入り口の地面が盛り上がり始めた。そして、天井に当たる50センチほどの所で停止する。
何をしたのかと言うと、魔物から襲われ辛くする為に壁を作ったのだ。
50センチ開けているのは、酸素供給口にしているのもあるが、人が来た場合の通話用だった。隙間があると昆虫系の魔物が入ってきてしまうが、他人に迷惑を掛けない事を優先していた。
「じゃあ見張りの順番だけど、これもいつも通りで良いかな?」
「うん構わないよ」
「あぁ…いつも申し訳ないな…」
「じゃあ、最初は麗奈と田中君、次に私で、3人目が和也くん、最後は仁科さんだね。いつも通り2時間ずつの交代で!」
合計8時間の休憩時間を確保し、全員が6時間は寝れる様にしていた。ちなみに、白鳥さんと田中君がセットなのと、仁科さんが最後なのには理由がある。
セットの理由は、田中君の睡眠時間の為だった。
田中君が『白鳥さんが起きている間は警護をしたい』と希望したのだ。そうなると、自分の番と白鳥さんの番で2回起きる事になってしまう。
ただ、白鳥さんに迷惑をかけるのは嫌らしく、負担になる様なら諦めて寝るという話だった。まぁ結果的には『時間の区切り的にも丁度良いし、もうセットにしちゃえ!』という双葉判断により、2人はセットになっていた。
「じゃあ寝る前に明日の確認ね!」
「まず私だね。みんなを起こしたらボス部屋の前まで確認してくるから、30分くらい待ってて」
「仁科さん宜しくね。でも無理はしちゃ駄目だよ!」
「うん。立花さんありがとう」
これが、仁科さんの見張り順が最後となっている理由だった。翌朝みんなを起こしたら、そのまま先に出発できるので都合が良かったのだ。
あと、先行すると疲れるので、連続した睡眠時間を確保して休んで欲しいというのもあった。
「それで問題がなければ、みんなでボス部屋に移動だね。最初は…話してた通り私がソロでやらせてもらうね!」
「双葉ちゃん、無理しないでね…」
「うん、わかってるよ。心配かけてごめんね」
「俺達も心配してるけど…立花さんの気持ちも分かるから応援するよ。でも、無理そうな時は諦めるっていうのは約束してね」
「うん!和也くん、ありがとう!」
こうして明日の話をしていると、みんながずっと触れなかった事について田中君が切り出した。
「王都に戻らないまま1ヶ月くらい経つけど、今回の探索が終わったらそろそろ1回戻ってみるか?」
「うーん…他のみんながどうしてるのか気になる所ではあるんだけどね…」
聖女パーティはずっと迷宮に潜っているので、殆どのクラスメイトにしばらく会っていない。町へ帰還している途中で、時々会う事があるくらいだった。
そういう背景もあって、実は双葉としても1度戻って情報共有した方が良いのか迷っていたのだ。
「別に戻らなくて良いんじゃない?私はかなりアクル王国を信用できなくなってる」
戻る必要は無いと切って捨てたのは仁科さんだった。アクル王国に対して思う所があるみたいだ。
「高杉君がいなくなった時のコボルト騒動が気になっていて、冒険者ギルドとか食堂で聞いてみたんだけど、あそこは昔からコボルトの集落があったらしいよ」
「え?そうなの?騎士団の人達はその事を知らないでルートを決めたのかな?」
「1階で1番注意しなきゃいけない有名な所だって言ってた。騎士団が知らない訳がない」
「騎士団は偶然を装っていたが、意図的に混乱を引き起こしていた可能性があるという事か…」
「意図的に見学ルートに入れたのなら…親友の件と何か関係しているかもしれないな……」
隼人が犯人だとは思っていないので魔王殺害の為だったとは紐つかなかったが、みんな違和感を感じていた。
「うん。そうなると私達の行動はアクル王国的には邪魔かもしれない」
「そっかぁ…私達も危険なんだね…。仁科さんは冷静で凄いなぁ」
「そうでもないよ。あと、クラスメイト達は高杉君の探索には役立たなそうでしょ?だったら、下手にアクル王国との関係を変えないで放置してた方が良いと思う」
確かに、アクル王国の反感を買うと待遇が変わってしまい、クラスメイト達から恨まれる可能性がある。
「確かに仁科さんの言う通りだね!ただ、先生とだけは情報共有しておきたいかなー」
「そうだね!私も双葉ちゃんと同じで先生とは連携しあった方が良いと思う。手紙とかかな?町に戻ったら何があるか調べてみる?」
「うん、それで行こう!じゃあ、基本的に王都には戻らない方針で!」
「了解した」
「それじゃ寝よう!麗奈と田中君、最初宜しくね!」
「うん!任せて!みんなおやすみー!」
「おやすみ!」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「立花さん起きて。時間だよー」
休憩に入ってから8時間が経ち、仁科さんは全員を起こして回っていた。休憩中は、特に大きな問題は起きていなかった。
「ふわあぁ…。仁科さんおはよう。みんなもおはようー!」
双葉が最後だったみたいで、他のみんなは既に起きていた。
「おはよう。それじゃボス部屋まで確認してくるね」
「あ、じゃあ壁壊すね!」
双葉は入口を塞いでいた土壁を魔法で崩した。
「ありがとう。じゃあ行ってくるけど、待ってる間も念のため気を付けてね」
「了解!行ってらっしゃーい!」
みんなに見送られた仁科さんは、ボス部屋までの道のりを確認しに向かった。まぁ仁科さんが何か失敗する可能性は低いと思う。
「それじゃあ準備をして、ご飯食べておこう!」
双葉達は、装備を付けたり簡単な食事を取ったりして、仁科さんの帰りを待った。ちなみに仁科さんは見張り当番の間にご飯を食べ終わっている。
そうこうしている内に、仁科さんが帰ってきた。
「ただいま」
「おかえり!どうだった?」
「ブラックサーペントがいたから倒しておいた。解体はまだしてないから、これから向かう途中で解体しよう。後はボス部屋までは安全だよ」
「ありがとう!じゃあ行こうか!」
そして、途中でブラックサーペントの解体もしたので30分程かかったが、みんなの目の前には大きな扉があった。
「じゃあ準備は良いかな?開けるよ!」
ギギィ……ガゴンッ
扉が開くと、そこは1辺50メートル程はある大きな部屋になっていた。奥の方で何かが蠢いているのを感じる…。
ギャオォォオオオオオオ!!
「わぁ…凄い声だね……。双葉ちゃん…本当に1人でやるの…?」
「も…もちろんだよ。でも…まだよく見えないけど……想像より大きそう…かなぁ」
ドスドスドスドスッ!!
グルァアアアアアアォオオ!!
レッサードラゴンが近づいて来て、その全貌を現した。
「ねぇ…和也くん…。どこが大きなトカゲなの?」
「ごめん…。油断してたのは俺の調査だったみたいだね……」
レッサードラゴンは飛べないらしいのだが、大きな翼を持っていた。そして、その全長は尻尾まで含めると10メートルほどもあったのだ……。
全長10メートルのトカゲは、もはや恐竜だった……。
この物語はフィクションであり、実在の人物・団体・事件とは一切関係ありません。
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