クラスメイト
2023/02/25 表現を一部見直しました。
僕が奈落迷宮からの出発準備をしていた頃、クラスメイト達の生活は様々だった。
海老原先生の『生徒に戦闘を強要したくない』という意見によって、迷宮探索を行う頻度は自由となっている。その結果、迷宮に行く者、王都散策をする者、王城で寝てる者……思い思いの生活をしていた。
そんな中、聖女パーティに関しては……資材調達の日以外は全て奈落迷宮に潜っている。その為、王女様へ報告をした日以降は1度も王都に戻っていない。
そして、今日はその資材調達日なのだ。聖女パーティは、明日からの探索に向けて宿屋で早朝ミーティングを行っていた。
ちなみに、このパーティは聖女パーティと呼ばれているが、実際のリーダーは双葉である。
「明日は30階のボス討伐だね!和也くん、ボスは何だっけ?」
奈落迷宮では10階毎にボスがいて、ボスを倒さないと先に進む事ができないらしい。クラスメイト達それぞれの達成階層としては、1番進んでいるのが聖女パーティで29階、2位が賢者パーティで18階、3位が勇者パーティで15階だった。
他のクラスメイト達は、10階ボスにも到達していない。
「ボスはレッサードラゴンだって。竜種の中では最下級で、ドラゴンと言うよりは大きなトカゲ扱いらしいね。空も飛べなければブレスも吐けないけど、初めてのCランク上位だし油断はしない方が良いと思うよ」
Cランクと言うのは冒険者で言うと熟練者で、Cランクのパーティともなれば地元では名の知れた存在としてそれなりの影響力を持つ事が多い。ただ、Cランクの冒険者がCランクの魔物をソロで倒すのかと言うと、それは違っていた。
まずCランクの中でもピンキリはある。Cランク上位のレッサードラゴンを1対1で倒せる可能性がある冒険者となると、Cランクの中でも1割もいない。何故なら、どのランクでもそうだが人数比率はピラミッド構造になっており、下位の者ほど多く上位の者ほど少ないのだ。
また、その1割もあくまで互角であり、勝つか負けるかは分からない。そんな命を掛けた博打をやり続ける者はいなかった。
つまりCランクの魔物とは、Cランク冒険者が集団で戦うか、Bランク以上の冒険者が戦う相手なのだ。双葉達は、そんな魔物と戦おうとしていた。
「うん!油断はしないよ!でも、ゆっくりもしてられないから…もしレッサードラゴンを倒して余裕がある状態なら、そのまま35階ぐらいまで潜りたいよね。だから、1週間くらいは潜れる準備をして行きたいかな!」
「1週間分だね。了解!資材の準備と運搬は俺に任せておいて!」
聖女パーティだけが先行できている理由は、大きく分けると3つあった。1つは透探索という明確な目的による意識の違い。そして、2つ目の理由がこの資材運搬である。
和也は荷物整理がとても上手で、欲しいものをいつも持っている……っという事になっていたが、当然ながら真実は違った。実際はアイテムボックスから補充している。
しかし、時空属性は秘密にしていたので、収納の達人という事にしていたのだ。
資材不足による帰還回数を抑える事が出来ている為、聖女パーティは他パーティより探索を続ける事が可能となっていた。
「じゃあ、明日は1階1時間ペースで15階まで進んで休憩かな。2日目も同じペースで30階まで行ってボス戦の前に休憩取りましょう!」
「隊列はいつも通りで良いよね?」
1時間で1階層を進むという無茶苦茶なスピード感はスルーして、仁科咲は探索中の隊列を確認した。
「うん!いつも通りで行こうと思う!先頭が斥候仁科さん。2番手が戦闘要員で私。3番手が麗奈のガードで田中君。で、4番手が麗奈。最後が和也君だね!」
「了解。やっぱりその隊列が一番安定するよね。私達も慣れてるし」
「私…いつもみんなに守られてばかりでゴメンね…」
「なに言ってるの!麗奈の回復が生命線なんだから、私達の為にも麗奈には無事でいて貰わなきゃ困るんだから良いの!田中君よろしくね!」
「あぁ、任せておけ。白鳥さんには指一本触れさせん!」
「田中君、いつも私を守ってくれてありがとうね!」
「しっ…白鳥さん…。白鳥さんにそう言って貰えて本望です…」
「それにしても…1度行ったとはいえ、30階まで2日で強行できるのなんて私達くらいだろうね…」
「仁科の言う通りだな。立花の無双っぷりが凄まじい」
「なっ!何言ってるの!仁科さんが索敵してくれてたり、田中君が守っててくれるから倒すのに集中できるのよ!」
これが聖女パーティが先行している3つ目の理由だった。
特性が暗殺者である仁科が索敵を行い、その情報から双葉が先攻を取って蹂躙する。大半はこれで一方的に終わっていた。
もし仕留められなかったとしても、白鳥さんの回復により鉄壁と化した田中君で止まり、双葉の餌食となる。そして戦闘が終われば白鳥さんが皆を回復してくれる。
聖女パーティはバランスが良く、とても継戦能力に優れていた。
「それじゃ、明日に備えて各々準備しましょう!」
「うん。そうだね。私は投げナイフを補充してこようかな」
「俺はまず保存食屋かな。その後は雑貨屋に行って……」
「和也くん。私も手伝います!」
「じゃあ、みんな行ってらっしゃーい!」
こうして聖女パーティは迷宮探索の準備を行い、しばらく味わえなくなるベッドの温もりに包まれるのであった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
翌日、聖女パーティが奈落迷宮に入る頃、王城でも動きがあった。
「勇者様、賢者様、アズサ様、お手数ですが1つお願いがございます」
朝食の場にイザベラ王女がやってきて、隼人、佐々木、海老原先生にお願いを始めた。
「イザベラ王女、何でしょうか?」
「本当は聖女様にもお願いしたいのですが…。実は我が国の国王陛下より皆様を連れて来る様に指示がありました」
「えっ!こ…国王様ですか!?」
国王と聞いて海老原先生は驚いている。急に緊張してきた様子だ。
「はい。お手数をお掛けして申し訳ないのですが、国王陛下への謁見をお願いできないでしょうか?」
「それは、断ればどうなるんだ?」
「そうですね……。下手をすれば私の首が飛びます。もちろん物理的な話です」
「そ…そんな……」
イザベラ王女の話は、急に物騒な内容へと変わった。そして海老原先生はドン引きしている……。
「国王とは、絶対的な存在です。その権限の強さは、皆様の文化では馴染みに無いものかもしれません」
「でも、自分の娘に対してそんな……」
「国王の命令が実行されない。その問題に比べれば王女の命など何の価値もありません」
現代日本の価値観では全く理解できない理屈によりこの国は動いている……。その事を海老原先生達は再認識した。
「例えば、イザベラ王女が死んだ後、我々はどうなる?」
「申し訳ありませんが、わかりません。陛下の気分次第です。私個人としては皆様をお守りしたいと考えていても、国王の権力の前には無力です」
「そうか…では選択肢は無いな……」
「申し訳ありません……」
聞いていた生徒達の大半は『だったら始めからお願いじゃなくて、そう言えば良いのに…。』と考えていた。つまり、まだまだ生徒達は子供なのだ…。
イザベラ王女が強制しない中で、隼人達が自ら選択した。そういう実績を作られている事に気付いていない。
「謁見の間に行けば良いのか?」
「国王との謁見には作法がありますので、まずはそちらを身に着けて頂ければと思います」
「そうか…内容は?」
「まず、国王陛下の許可なく目線を合わせるのは不敬です。顔を上げる許可がでるまでは、片膝をついて俯いていてください」
「そんなに厳しいんですか…。す…凄く緊張します…」
「次に、国王陛下から直答を許されるまでは、一切喋らないでください。そして、陛下からの質問にだけ迅速に回答し、その他は喋らない様にお願い致します」
「正直…面倒だな…」
「また、国王陛下に対して聞き返してはなりません。王の言葉を疑ったという事になります」
「なんですかそれは…何故僕たちがそんな事をしなくてはならないんですか?」
「皆様からすると違和感を覚えるのは分かりますが、これはこちらでの常識なのです。どうかご理解頂けないでしょうか」
「仕方がないな……」
そして、隼人達は国王との謁見に臨むこととなった。
…………。
………。
……。
「ふむ…。この者達が異世界の勇者達か?」
「左様でございます。陛下。左から賢者様、勇者様、彼らの指導者であるアズサ様です」
隼人達は、国王の前で片膝をついていた。
「ん?聖女はおらぬのか?」
「申し訳ございません。現在奈落迷宮を探索中であった為、すぐに拝謁させる事が叶いませんでした」
「ふむ、まぁ良い。勇者達よ面を上げよ」
隼人達は顔を上げる。
「なかなか精悍な顔付きであるな。勇者よ、直答を許す。お前の目から見てこの世界はどうじゃ?」
「はっ。魔物の脅威に晒された国民達が不憫でなりません。皆の平和のためにも、魔物を…魔王の眷属を全て葬り去るのが急務であると考えます」
「うむ。慧眼であるな。魔物こそ人類の敵である」
国王は満足そうに自分の顎鬚を触っている。
「されど、理解しておらぬ国が多くてな。そちの義侠心には期待しておる。見事正義を果たし、千年前の勇者にも劣らぬ真の勇者である事を示してみせよ。さすればそちの願い、何でも叶えてやろうぞ」
何でも叶えてやる……。国王の言葉に隼人の目が鋭く光った。そして、隼人は注意されていた禁句を言ってしまう。
「国王陛下……それは、本当ですね?」
「貴様!不敬であるぞ!」
国王に対して聞き返してしまった為、国王を侮辱されたと憤る貴族が剣を抜いて隼人に詰め寄る。
「よい!下がれっ!」
「………はっ。陛下の御心のままに…」
憤った貴族は不満ながらも剣を収め、自分の定位置へと引き下がった。
「勇者よ、我は嘘は言わぬ。願いがあるのならば、成果を献上してみせよ」
「……承知致しました。必ずや」
「くくく…。楽しみにしておるぞ」
満足そうな国王は司会役の宰相に目配せをした。すると宰相が声を張り上げる。
「勇者殿、賢者殿、アズサ嬢。退場である!」
そして、騎士達が移動して道を作り退場を促した。
「それでは、失礼致します」
隼人の声に合わせて佐々木と海老原先生も会釈をし、退室していった。
「イザベラよ。なかなか面白い者を召喚したのだな。大義であった」
「恐悦至極にございます」
「勇者の願いだが、何であるのかは調べておけ。勇者を操作する上で重要な要素になりうる」
「承知致しました」
何とも、似たもの親子であった…。
「そう言えばビオス王国の件はどうなっておる?」
「はい。仕込みは順調でございます。およそ2ヶ月ほどで溢れるかと…」
「ふむ。そちらも楽しみであるな。引き続き期待しておるぞ」
「はい。陛下のご期待に応えてみせます」
「ククッ…クククククククク……」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
国王との謁見が終わった後、イザベラ王女の部屋にはクリシュナが来ていた。
「イザベラ様、呼び付けていた商人ギルドのライムが到着致しました。如何致しましょうか」
「今更ですか…。そうですね、生徒達の話に嘘がないか、念のため確認させなさい」
「承知致しました」
称号や魔法適性を確認する為に呼んでいた鑑定スキル持ちの者が王都に到着していた。しかし、一番の目的であった透は既にいない為、どうするか確認したのだ。
ただ、実はクリシュナには他にもっと気になる事があった。
「1つお聞きしても宜しいでしょうか…。ビオス王国の件に多大な魔力を使用されているご様子ですが……アズサ嬢達を帰還させる為の魔力は貯められておられるのでしょうか?」
「あなたは何を言ってるのかしら?意味が分からないのですが…」
王女様が海老原先生達に約束していた帰還準備について、クリシュナには進んでいない様に見えたため確認したのだが…。
「私は勇者様達にアクル王国に居て欲しいと望んでいます。なのに何故、帰還させる為の魔力を貯めるのかしら?」
「え…いや……。しかしそれでは彼らとの約束を反故に……」
「全く無礼な事を言いますね。私は約束通り出来る限り全力で対応しております。歩み寄れる事が無く、出来ることが少ないだけです」
結果的に何もしていないのだが…王女はこれが全力だと言い切っていた。
「はっ…失礼致しました……」
「あなたは余計な事を考えず、彼らの鑑定確認を急ぎなさい」
「承知致しました……」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
クリシュナから集まるように言われ、生徒達は大食堂に集合していた。そこには、生徒達と歳の近い見知らぬ女性が立っていた。
「皆さんこんにちはー!ウチは商人ギルドから来たライム言います。よろしゅう!」
「え?この世界に関西人がいるの?」
「翻訳スキルが変換した結果だから、本当に関西弁話してる訳じゃないっしょ?」
「こっちの世界的に、こんな感じに訛ってるって事じゃん?」
生徒達はいきなりの展開に驚きガヤガヤしだした。
「はいはい。みんな話聞いてなー。みんな急にこっちの世界に呼ばれてしもうたから、色々と足りない物が出てきて困ってへんかな?」
「はい!色々困ってます!」
「せやろせやろ。そこでな。みんなから欲しいもん聞いて、ウチのギルドで集めてきましょか?って話や」
「おぉ!すっげぇ助かるじゃん!」
「1人ずつ聞いていくさかいに、必要なもん考えながら呼ばれるまで待っててや!」
「うおー!やったー!」
突然の嬉しい話に、みんな色めき立っていた。
「ありがたい話だけど、でも何で1人ずつなんだよ?」
「そんなもんプライバシーや。男にはわからん話し辛い必需品だってあるんや」
女性陣はウンウンと頷いている。
「あ、ちなみにお代はアクル王国持ちやから安心してや!」
(まぁ…タダより高いもんはあらへんけどな…)
「じゃあ、さっそく始めるでー!」
そして1人ずつの面談が始まった。
………。
……。
「ふぅー。ようやっと終わったわー。人数多過ぎやっちゅうねん」
みんなが部屋に戻った後の大食堂でライムは伸びをしていた。
「ほい。鑑定した結果と欲しいもんリストの写しや。それにしてもみんな正直もんやなぁ…嘘付いてるのが1人もおらんかったわ。どんだけヌルイ世界で生きてきたんや」
「確かに受け取った。しかし…あと聖女パーティがいるんだが」
「勘弁してーや。ウチも暇やないねん。すぐ次に向かわんとあかん。5人だけなんやろ?30人見て嘘ゼロなんやから、大丈夫なんやないの?」
「まぁ、居ないものは仕方がないな。承知した」
「ほな失礼させてもらうで。みんなが欲しがっとった商品は後で届けるさかいに、みんなに配ったってや。あぁ、女の子には個別にメイドから渡すんやで?衆目の元で渡したり男から渡したらあかんからな?」
「承知した。注意しておこう」
「ほな、今後ともご贔屓にー!」
ライムが城から去った後、クリシュナはイザベラ王女に報告を行った。嘘を吐いていた者がいなかった旨をクリシュナから聞いたイザベラ王女は、自然と笑みが零れ落ちていた。
それは……侮蔑の感情を含んだ笑顔であった。
この物語はフィクションであり、実在の人物・団体・事件とは一切関係ありません。
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