きっかけ
「ライト様。これで正式にSランククエスト達成となります」
俺はゲートを使ってギルド職員を静寂の森へと連れて行きました。確認作業は迅速に実施され、魔物は通常の状態に戻っているとの判定結果になったそうです。
ちなみに、イビルドラゴンがいなくなった事で残っていた瘴気も霧散しています。
と言う事で、バレッタがクエスト達成手続きをしてくれました。そして、これからSランク昇格に向けた申請手続きや調整作業に入るそうです。
忙しそうだな…。魔物素材の売却は後回しでも良いか…。
「今回は魔物の素材がかなり大量だ。すぐに買い取ってもらうのは難しいだろう。内容をリストアップしておくから捌ける状態になったら言ってくれ」
「助かります。気を使って頂きありがとうございます。ところで…」
バレッタの視線は平野さんに注がれていました。さて…説明しなきゃですね…。
「彼女の名前はクミと言うらしい。静寂の森の湖で保護した」
「ご報告にあった安全地帯ですね。では、無事に森から出られた訳ですし、ご自宅にお帰り頂いた方が宜しいのでは?」
まぁ、そうなりますよね…。でも帰る家が無いので…無理矢理ですが保護する理由を作りたいと思います!
「いや、それがな。彼女は記憶を失っていて帰る家が分からないそうなんだ。だからしばらくの間、生活を支援したいと考えている」
「………。もしかして…その女性を囲う事にされたのですか?」
ん?どういう意味?俺と平野さんは首を傾げました。かこう…加工…囲う……。囲う!?ハーレム的な!?
平野さんもバレッタが言っている意味を理解したみたいで慌てて説明します。
「ち…ちちち…違います!私とライトさんはそういう関係じゃありません!家に帰れる様になるまで助けて頂ける事になっただけです!」
「その通りだ。俺は金銭で女性を強制的にどうこうなんて…そんな事は考えてない」
バレッタがジト目で俺達を見つめてきました…。いや、ホントだって…。
「まぁ、お貴族様では当たり前の事ですから?別に問題がある訳ではないのですが…クミさんを囲うつもりではないと言う事は理解致しました。しかし…そうなると…。クミさんはそれで良いのですか?」
「え?どういう…意味ですか?」
バレッタが信じてくれたのは良かったのですが、バレッタから平野さんに謎の質問が飛びました。平野さんはバレッタから視線を外して俯いてしまいます。
「クミさんは、一方的に施しを受けるだけで良いと考えてる方でしょうか?囲われる形の方がまだ健全と言えるかもしれませんわ。ギブに対してテイクがありますから…」
「そ…それは…」
俺の斜め後ろにいる平野さんは、俺のマントを握りしめました。
「いや、バレッタ。俺の希望で助けさせて貰いたいんだ。何か見返りを求めている訳じゃない」
「ライト様は…優しいけど残酷ですわ…」
「どういう事だ?」
「クミさん。一方的に施しを受けて何もしない日々は、段々と引け目を感じて心苦しくはなりませんか?」
う…。人によるとは思うけど…。確かに俺だったら居た堪れなくなるかもしれない…。
「貰えるものは貰っておけと図太く考えられる方なら良いのですが…私にはそういう方では無い様に見受けられました」
「なるほどな…」
切羽詰まったら苦しみながら何でもする所があるみたいだけど…。あくまで苦しみながらなんだよな。本当は他人に迷惑を掛けるのが嫌な人なんだと思います。
「えっと…確かに…辛くなるかもしれない…です」
「クミさん、想像してみてください。そうなった時、どう行動すると思いますか?」
平野さんは目を瞑って考えています。その状態になった時の自分の思考や行動をシミュレーションしてるんでしょうね。
「私は…何も出来ないから…せめて私の身体を…」
「ぶはっ!な…何を言ってるんだ!?」
うーわー。バレッタが凄いジト目で俺を見ています…。
わざとじゃないって!想像つかなかったんだよ!誘導しようなんて考えてなかったって!
「なるほど。ライト様は望まれていない様子ですね。では私から提案があります。記憶が戻るまで…冒険者ギルドで働きませんか?私と一緒にライト様のサポートをするというのはどうでしょう?」
なるほど!やる事を作ってあげるのか…。しかも俺の為になる仕事で心を軽くしてあげようという訳ですね?流石はバレッタです!
「い…良いんですか?私は働いた経験とか1度も無いから…何もできないと思います…」
「誰しも『初めて』はありますわ。経験者しか駄目なのであれば誰も働けません」
そりゃそうだよな…。しかし、俺が納得しているとバレッタの目が少しだけ厳しくなりました。
「ただ、覚える事は沢山あると思います。そして、自分と向き合うのは辛いかもしれませんが改善すべき所も色々あると思いますわ」
表情が一瞬歪んだ平野さんは、俺の後ろに隠れてしまいました。そして、チラチラとバレッタを見てから口を開きます。
「あの…それってどういう所…ですか?」
「そういう所ですわ。話す時に目を合わせない。そして、目を合わせないのに相手の事を探ろうとしてますわね。何かに怯えてますの?常にライト様の後ろへ隠れられる位置を維持していますわ。その所為で背筋も曲がって自信が無さそうに見えます。あと、まず『駄目な理由』を探すのは癖でしょうか?改善する為に洗い出しているのなら良いのですが、『だからダメ』という止める理由を探している感じがします」
「う…うぁ…あ……」
バレッタ…この短時間でよく見てるな…。バレッタに指摘された平野さんは真っ青になって汗が止まらなくなっています…。
「バレッタ…。言い過ぎじゃないか?」
「ライト様。人が変わる為にはきっかけが必要なものです。環境が変わる瞬間はチャンスかもしれません」
「それは…そうかも知れないが…」
バレッタの言いたい事も分かります。でも、変わらなきゃいけないって訳じゃないし…本人は望んでないかもしれないし…。
そんな中、背中越しに平野さんが震えているのを感じました。
「あなたに…。貴方なんかに何が分かるのよ!」
「はい。分かりません。他人にできるのは分かろうと努力する事だけです。何処まで行っても完全に理解することなんて出来ません。勝手ながら私はクミさんがご自分を好いていない様に感じました。もし変わりたいとお望みなら協力させて頂きたいと思いました。ただ、それは私の思い込みによるお節介です。間違っていたらすいません。クミさんの真実を分かっているのは…どうするべきか判断できるのはクミさんだけです」
突き放してる様な歩み寄ってる様な…ちょっと不思議な感じがしますが言いたい事は分かります。
ただ、この世界だと魔法で心を読む事もできそうだけど…。それは今言う事じゃないな…。
「う…グス…うぅ…」
「あと感情を抑える術も覚えた方が良いですわ。急に声を荒げると子供が不安を覚えてしまいますわよ?」
こど…も?俺はバレッタの机に視線を移しました。ミミちゃんが足の着かない椅子に座っています。
ミミちゃんは泣き出した平野さんを心配そうに見つめていました。
「私は…こんなだからいつも嫌われてて…」
「クミさんが変化を望まれるのでしたら、微力ながら協力させていただきますわ」
「変わり…たい…。変わりたいです!」
平野さんが自分の気持ちを正直に話してくれました。バレッタは凄いな…。それに比べて俺は…平野さんを連れてきておいて情けない…。
すると、突然ミミちゃんが椅子から飛び降りました。そのまま平野さんの前まで歩いて行きます。そして、平野さんの両手を握るとニカっと笑いました。
「う…あ…。ミ…ミミ…も……」
え…。喋れなかったミミちゃんが…声を出そうとしています…。
「ミミも…勉強中なの…。お姉ちゃんも…一緒に頑張ろう?」
「本当に…そう思ってくれるの?」
「クミ…本当…だと思う。正直驚いてるんだが、ミミちゃんはショックな事があって喋れなくなってたんだ。どうしてもクミに伝えたかったから…言葉にできたんだと思う。ミミちゃんが喋れるきっかけになってくれてありがとう」
「そう…なの?うぅ…。わたし…頑張るよ…」
平野さんがミミちゃんを抱きしめています。ミミちゃんも平野さんをギュっとしました。
そんな2人を見て俺が「うんうん。良かった良かった!」と思っていると、バレッタが俺の方へと近付いてきました。そして、ニッコリ笑うと俺の耳元で囁きます。
「では、クミさん?は、記憶喪失という事にしておきますので。セリアさんへの謝罪は別途セッティングしてあげてくださいませ」
俺は心臓がキュッとなりました…。仮面の下では嫌な汗が出てきてます…。
「そ…そうだな…。分かった」
バレッタ…恐ろしい子…。
そして、俺に伝えたい事を伝えたバレッタは平野さんの方へと歩いて行きました。
「クミさん。ではギルドの寮へ案内しますわ」
「はい!お願いします!」
バレッタがミミちゃんを抱っこします。そして、3人で部屋を出て行こうとしたのですが…そのタイミングで扉が勢い良く開きました。
外開きで廊下側に開くからぶつかりはしませんが、3人はとてもビックリしています。
「ラ…ライト君は居ますか?」
「あぁ、ここに居るぞ。どうした?」
勢い良く扉を開けたのはギルドマスターのフリードでした。いつもはノックとかちゃんとしてるので、かなり焦ってるみたいです。
「魔道具を使っての緊急連絡がありました…。ライト君…ビオス国王からの登城命令です!」
「ふーん。たぶん今回のスタンピードの件か?」
「『ふーん』って…。国王陛下ですよ?」
「と言われてもな。俺は別に王族に興味は無い。まぁ、ビオス王国の王都はサリオンに案内してもらってるからすぐに行ってくる」
何でだかフリードが呆れた顔をしています。解せないですね…。
「何と言うか…。ライト君は何処まで行ってもライト君ですね…。では、バレッタさんも連れて行って下さい。ギルド経由の登城命令ですから専属も参加した方が良いでしょう」
「そういうものか?まぁ俺は構わんが」
「承知しました。クミさんを案内してくるので少しだけお待ち頂けますか?」
「分かった。俺は大丈夫だからクミの事を宜しく頼む」
「はい。では、行って参りますね」
そう言って、今度こそ3人は部屋を出て行きました。
んー。俺が王城に行ってる間、念のため平野さんに護衛をつけた方が良いかな。ここはイトにお願いしましょう。
(イト、今大丈夫?)
『あ、本体。平野さんの事…だよね?』
(うん。そうそう)
『ごめん!まだ見つからないんだ…。アクル王国の王城には居ないし…何処にいるんだろう…』
見つから…ない?え…やば…。イトに捜索依頼出してたの忘れてた…。
(あの…ごめん…。話すきっかけが見つからなかったんだけど…。平野さんは既に保護した…かな…)
『え?もう見つけてたの?ずっと探してたんだけど?酷くね?きっかけとか嘘だよね?本当は忘れ(ブツン…)』
俺は問答無用で念話を切りました…。ちょっと時間を置いてから改めて護衛のお願いをしよう…。
この物語はフィクションであり、実在の人物・団体・事件とは一切関係ありません。
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