虚無
「俺に名実共に魔王になれって言うのか?」
「魔族の王だから魔王なのか…。それは私には分かりませんが、我々の王になって頂きたい!我々には貴方が必要なのです!」
急に何を言い出すんだコイツは…。
いや、そう言えば…帝国のスラムでお金を配ってた下級魔族が言ってたな…魔王復活を目論む組織だって。
「我々魔族は千年前の敗北から虐げられてきました…。我々だって幸せになる権利はあると思いませんか?」
「それは…そうだけど…」
「安住の地が欲しい!望みはただそれだけなのです!」
もちろん幸せになる権利が無いなんて言わないけど…。ヘルマンが言うと何だかモヤモヤします…。
「安住の地を求めるのは分かるが…だったら何故アクル王国の味方を?」
魔王召喚に関して協力関係だったのは分かるけど…ドルツでの誘拐とか帝国でのスラム扇動や暗殺とかは関係無いよね?
「もちろん魔王召喚の為にイザベラ王女の力が必要だったというのが1番です。後は、アクル王国は話の通じる珍しい国ですからね。恩を売っておくのも悪く無いと考えていました」
「話…通じるか?」
「我々からすれば、他の国よりは」
そっか、他の国だと魔族は基本的に門前払いされるのか…。ヘルマン達からしたらまだマシなんだな…。
だからと言って、ヘルマンがやった事は許される事では無いけど…。
「具体的には俺に何をさせたいんだ?世界を滅ぼせとか人族を滅ぼせとか言うのか?」
「まさか!そんな必要はありません!誤解があります」
誤解…。確かにゲームとかの知識から魔族と言えば世界を壊そうとしてるイメージがあったけど…俺はこの世界の魔族の事をよく分かってないな…。
「我々が堂々と住める土地があれば良いのです!だから1国を滅ぼせば十分です!」
「………。」
「ビオス王国はお嫌でしょうか?何ならアクル王国を滅ぼしましょう!学友も助けられて一石二鳥ですよ!」
やっぱり…根本的に感覚が違うな…。
「ヘルマン。俺はお前がアクル王国と一緒にやってきた事を許せそうにないし、お前の為に人間を攻撃する気もない」
「そんな…。では人間の為に我々に苦しみ続けろと言うのですか!?」
「そんな事はない…。幸せを目指すのは良いと思う。ただ…お前は方法を間違えた」
「は…はは…。貴方も穏健派の奴等と同じ事を言うのですね…」
魔族の組織にも派閥があるっぽいですね。
「ヘルマン。お前の行動は魔族の総意じゃないのか?」
「違いますよ。我々は強硬派です。千年前を直接知っている老害達の殆どは穏健派で、人間への被害がどうとかくだらない事ばかり気にしています」
「そうか…アクル王国と共謀して色々やってたのはあくまで強硬派なのか…」
「そうですね。もしかしたら魔王様は穏健派の奴等とは仲良くなれるかもしれませんね」
ん?何だろう…。今の言い方…何か気になるな…。
ヘルマンは肩を落としてとても残念そうに喋り始めました。
「残念ながら交渉決裂ですか…。まぁ分かってた事ですけどね」
「どうする?大人しく捕まるか?」
「捕まえてどうするのです?冒険者ギルドに突き出しますか?人間のルールで裁かれるなんて…御免被ります」
「そうか…」
ヘルマンの年齢は確か300歳弱だったと思います。つまり、生まれてからずっと人間に苦しめられていたのかもしれません…。
人間が幅を利かせた世界で人間のルールに…。
「魔王様。1つお願いがあります」
「なんだ?」
「魔王様の本当の力を…。私がこの世界に連れてきた存在の力を実感させて頂けないでしょうか?」
どういう意図だ…。逃げる為の隙を作りたいとか?
「くっくっくっ…。この期に及んで何もありませんよ。ただ、自分が成した事を実感して死にたいだけです。介錯を…お願いできませんか?」
こいつ…簡単に覚悟が決まり過ぎだ…。でも嘘っぽくもない。元々そのつもりだったのかも…。
「ヘルマン。お前…自ら捨て駒になるつもりで強硬していたのか?魔王を無理矢理にでも呼んで自分は恨まれ、後を穏健派に託そうと?」
「そんな事ありませんよ。その方がマシな状況になってしまっただけです」
どうしよう…。捕まえても死刑になる気がする。そして、死刑にならなかったとしても、ヘルマンには死よりも辛い屈辱なんだと思う。
「もし私を生かしたら、私は必ず逃走して人間に災厄をもたらしますよ?貴方に対抗する為には学友を人質に取る必要がありそうですね!」
まったく…なんでそんなに死にたがるんだ…。
ヘルマンは『さぁ!私を殺してください!』と言わんばかりに、こっちに向けて両手を広げています。
「はぁ…。分かったよ」
「おぉ!ありがとうございます!」
俺は右手に光属性の魔力を集中させました。手の平は光り輝き周囲を照らします。
「凄まじい…。しかし…ただの光属性ですか?」
「いいや。この魔法は危険なんだ…あまり使いたくないのに…」
俺は、続いて左手に闇属性の魔力を集中させました。左の手の平からは闇が広がります。
「おぉ…。おぉおおおおおお!なんという魔力!まさに魔王!!」
ヘルマンがとても興奮しながら叫んでいます。ただ、この魔法のキモはここからだよ…。
「ヘルマン。この魔法を解き放てば、お前は跡形もなくこの世界から消滅するだろう…。覚悟は良いか?」
「勿論です!私は失敗しました。死んでも仕方がない。ただ…願わくば仲間達には平穏を!」
それは相手次第かな…。俺も共存できる人達であることを願ってるよ。
「行くぞ!光属性と闇属性の合成魔法…『虚無』」
俺が右手と左手を合わせると、光と闇が混ざり合い黒い玉の様な物が生まれました。
闇じゃない…闇より尚黒い漆黒な物…虚無…。その漆黒は光も闇も飲み込んでいきます。
「私の闇魔法が干渉できません…」
そりゃそうだ…無と闇は違う。闇とは…黒とは色だ。色は光の反射だ。今起きている事象とは根底が違う。虚無は光も闇も無いんだ…。
俺は魔力制御に集中しています。余計な物まで飲み込んでしまわない様に…。
「素晴らしい…素晴らしいです!この世界を変える為にはやはり貴方が必要だった!!はははは!はーっはっはっはっは………」
そして…ヘルマンは虚無の中へと消えてしまいました。俺達がこの世界に来ることになった原因の1人…。誘拐とかの悪事を実行してた男…。
被害を広げない為、俺は急いで虚無を解除します。
「何が正解だったんだろうな…。とりあえず平野さんを探そう」
穏健派に会えたらじっくり話し合ってみたいと思います。ヘルマン曰く仲良くなれそうらしいので…。でも、今はとりあえず後回しです。
俺は洞窟の奥へと足を進めました。
この物語はフィクションであり、実在の人物・団体・事件とは一切関係ありません。
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