ハメました 4
一、人間として。
ただの生き物として。
死んでしまっているハズの、本能と呼ばれるものが。
全力で、危険信号を、頭にかき鳴らす。
それでも、目を離せない、目の前の人物は、なんなのだろう。
ガルフが、ゆっくりと突き出していく手に合わせ。
車体が、いとも簡単に、前に押し出されていく。
だが、前輪が埋まったまま、後ろから押された車体は。
前方に、土の壁を作るだけだ。
ガルフは、すぐに車体フロントにまわり。
まるで風船でも、持ち上げるように。
片手で、車体前方を、車体一個分ズラして地面の上に置き。
後部も同じように引き上げた。
車の重さを、全く感じさせない光景は、琴誇から、現実感を奪っていく。
急に訪れる、異世界だからこそ、ありえるモノは。
こうして、なんの劇的な展開もないまま、目の前を通り過ぎていく。
琴誇の常識から離れすぎている現実を。
自分の物差しで測ることすら、バカバカしく思えるほど。
だから、今。
自分の身に起きていることも、目の前の光景も、夢に思えてしまうのだろう。
夢を作り出したガルフは、何事もなかったかのように、琴誇に歩み寄り。
琴誇の目の前に立ったモノは、まっすぐ見下ろし、何かを言っていた。
全く、分かりもしない言語だというのに。
ガルフの視線が、ガルフの存在が。
ガルフの行動・しぐさ一つ一つが、琴誇の心にナイフを突き立てる。
理由も分からない恐怖を。
大きなハンマーで、体を打ち抜かれるような、衝動が走るたび。
社会的に死亡しないよう。
いろいろなモノが、下半身から出てしまいそうになるのを。
琴誇は、必死に、こらえるのが精一杯だった。
何を話しても、伝わらないと思ったのだろう。
ガルフは、言葉を途中で切り、車へ向かう。
パタリと開かれた扉が、合図だった。
すぐに、琴誇の体を支配していた恐怖感は、スッと消え。
深いため息を吐き出させる。
「なんだよ、コレ。シャレになってない…」
コメディーに、なりえない。
冗談に、なりえない恐怖の余韻が。
頭が回転するまでに、時間を必要とさせる。
ようやく、立ち上がれるようになった体を確かめるように、土ぼこりを払い。
地面を見れば、キレイに車体一個分、真横に移動した車と。
今までハマっていた、くぼみが。
夢のようにすら思えた数分を、本当に、あったことだと、琴誇に伝えた。
「異世界だからで、すまされないでしょ、コレ…」
車内を見れば。
何事もなかったかのように、後部座席で目を閉じる、ガルフの姿が目に入り。
今のが何だったのか、答えが出ないまま。
目の前を通り過ぎた、自然災害のような出来事は、琴誇の手を胸に向かわせた。
「よかった…。アリサと、一緒に扱わなくて」
絶対に、ガルフを怒らせてはいけない。
琴誇は、深く胸に刻み込み、ドライバー席に戻る。
「なに、してたんですかぁ?」
ナビィの皮肉を詰め合わせた笑顔が、締め付けられた心に、良く染みる。
「立ちくらみが、ひどくてさ」
「琴誇、大丈夫? 私が運転しようか?
その輪っかを握って、何かを踏むだけでしょ?」
前列シートから、二つの声で「ふざけるな」と。
同時に言われたアリサの、ご機嫌が悪くなったのは、言うまでもない。
日も昇り、ガルフの彼女のように、肩に、もたれ掛かり。
寝ているアリサを尻目に、車は進み続ける。
不動のガルフさん、と、言えばそうなのだろう。
多少、身じろぎするだけで。
目を閉じ、腕を組み、うつむいたまま。
今、起きているのか、寝ているのか、判断が非常に難しい。
グリーンランドに入るとき、一度も地面にハマらなかったのが、奇跡だったと。
実感させられる、この道中。
グリーンランド北側の道は、土地の性質上、地面が緩みやすいのか。
そもそも、人通りが少ないのかは、不明だが。
車は、何度も地面にハマり。
そのたび、ガルフは、黙って扉を開け。
大きな車体を、いとも簡単に持ち上げては。
何事もなかったかのように、後ろに座り込む。
黙って、目をつぶるアリサ。
神に祈りだすナビィ。
座席で丸くなる琴誇。
皆が、ガルフをイジらず、騒ぎ立てない理由は、簡単だった。
車がハマるたび、理由もない恐怖心と、戦わなければならない。
ガルフに、複雑な事情があるのは、間違いないのだろう、が。
みんな車内で、理由も分からず。
子鹿のように、ガルフさんを恐れている。
誰一人、本気を出したガルフに、絡みたくはない。
道中を一緒に過ごす人物とは言え。
あまりにも存在が強烈すぎた。
車内までは、影響はでないと、考えていた琴誇は、甘かった。
どこでも人が集まれば、暗黙のルールが、デキ上がるものだ。
この車内で出来上がってしまった、暗黙のルール。
本気のガルフを、視界に入れてはならないが。
それを、ガルフに、悟られないよう、務めなければならない、だ。
ふだんのガルフは、大丈夫なのに。
本気モードに移行したガルフさんは、周りを、恐怖のドン底に突き落とす。
正直、車を持ち上げる力は、大助かりなのだが。
このスキルの副作用が、実に厄介だ。
強烈な恐怖心の理由は、誰一人、わからない。
怖がる理由も理解できない。
だが、急に膨れ上がるのだ。
そして、本気モードのガルフさんを視界に入れると、目も当てられなくなる。
無意識に、悲鳴を上げそうになるアリサは、口を抑え込み。
あとは、必死に堪えることに全力を傾けなければ。
ガルフさんを失望させてしまう。
行き当たりばったりで拾ったにしては、これ以上ない人材なのだが。
肌が焼かれているような恐怖感を味わうとは、誰も想像できなかった。
さらに、本気モードのガルフを、視界に入れると。
頭ではなく、本能が納得するように叫ぶのだ。
今すぐに逃げろと。
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異世界完全遭難のネリナル 白の章 完結済み
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