グリーンランド 7
朝日が、車内に差し込む。
シャツにネクタイのまま、座席を倒し、寝ている琴誇の目が開かれた。
静かな朝を、静かなエンジンの振動が、空気を震わせる。
「なんで、ココで寝てるんです?」
体を、ゆっくりと起こす琴誇は、座席に体を圧迫され、足を伸ばせない空間で、寝てしまったダメージを、あくびと一緒に吐き出した。
「体が痛い…。寝た気がしないよ」
「ベッドで寝れば、良かったじゃないですか」
「Yシャツに半袖の下着じゃあ、あの寒さに耐えられない」
「この車は、寝るには向いてないですよ」
「そうだね。このシート、体に優しくない」
現代の乗用車の座席は基本的に、布か皮のシートだ。
長期間の運転でも快適に乗れるよう。
昔に比べれば、だ。
グレードの低い軽自動車でさえ、体に優しい座席になっている。
だが、現代を走る昭和の申し子。
ノーマル仕様のタクシークラウンは、昔のままだ。
ロングセラーになり、同じものが並び続ければ。
いつしか骨董品になるのも、当然の話だろう。
まだ走っている、昔ながらの形のまま、走っているタクシー。
時代ごと、タクシーとして、走っていた車は違ったのだが。
それを言える人は、どれだけいるだろう。
車の歴史とともに、移り変わってきた車種を。
指折り数える日は、恐らく一生、来ないのだろう。
それが、経営している会社であっても。
個人タクシーを考えないのであれば、車種は、限られているというのに。
令和3年、走っている主要の車は。
トヨタ クラウンのコンフォート、スーパーデラックス。
ジャパンタクシー、台数は少ないが、プリウス。
障害者のために、車椅子を降りずに乗れる、特殊仕様の日産のNVだ。
琴誇が乗る、クラウン・コンフォートは、シートが硬く。
表面がゴムのため、通気性が悪く、汗をかくとムレてしまう。
そして、固いのは、座席の枕も同様で。
消しゴムに、頭を当てているような感覚だ。
昔は、みんなコレだった、と。
言われたところで、隣を快適な乗用車が走っている中、納得できるものではない。
今でも、車内環境が良い。
グレードが一つ上の、クラウン・スーパーデラックスより。
このコンフォートが、一番、台数が多い車だろう。
長くても、数分間程度を乗る客は、あまり感じないが。
毎日、長時間、乗り続けるドライバーは。
このシートの違いを、もろに受けてしまう。
昔ながらのシートが、昔ながらの性能以上になるハズもなく。
腰がいたくなり、脚がうっ血する。
からだの筋肉が強ばり、痛みが出る。
乗る人の体格や、座り方によって症状は違えど。
何かしらの不具合が、あるのは確かだ。
それでも、走らなければいけないは。
タクシードライバーの「さが」だろう。
車に体を合わせろという、格言すらあるのだから。
さらに言えば、エコノミークラス症候群の弊害と、毎日、戦うことになるのだ。
寝たいほど疲れているのに、運動不足といわれ。
スポーツジムに行けるなら、苦労はしない。
運動しないのだから、おなかも減らない。
食事量が、だんだんと減り始め、汗もかかない。
あまり歩かない、トイレに行くタイミングがつかめないから、我慢する。
こうして、悪循環に突入した彼らを救う方法はなんだろう。
そして、いつでも休めると、座席を倒して休む行為は。
心臓に強い負荷をかけるのだ。
座席が良い一般車でも。
東日本大震災の時、家を追い出され。
車で寝泊まりをしていた、一般ドライバーが。
心臓病で亡くなったのは、有名な話だ。
「頭が痛いよ、ナビィ」
「だから、言ったじゃないですか。
車で寝るなら、ベッドで寝た方が良いって」
「あの部屋の寒さを、なめちゃいけないよ。
ココは、北国だって実感したよ」
ひし形に長細い、北の大陸の北端は、雪で覆われている。
アリサが、そう説明したことを、ベットに入ってから思い出したのは、余談だ。
ここは、日本で言う所の、北海道と同じ条件だろう。
大陸が北に大きく伸びているぶん。
最北端は、北極に近いのだから、雪に覆われているのも、うなずける話だ。
北海道のほうが、マシなのかもしれない。
なぜ、そんなことを、今になって気づいたのか。
「車の中って、季節感、なくすよね…」
「はやく、外で体を、伸ばしてきてください」
ドアを開ければ、暖かい車内を冷やそうと、冷たい空気が流れ込む。
琴誇は、げんなりしながら、ナビィを見た。
「寒いから、早く出てってくださいよ」
「この…」
「早く!」
「……」
言葉に押されるように、外の地面を踏みしめ。
体を伸ばせば、グラリと足元がふらつき。
全身に、筋肉痛のような痛みが走る。
人のバランス感覚を、車の座席は狂わせる。
しばらく運転したら休め、と、いう言葉の後ろ側に。
「立てなくなるから、気を付けろ」とは、ついてこないのが悩みものだ。
琴誇が、ストレッチと言われて、すぐに思い付いたのは、ラジオ体操だった。
口で、リズムをとりながら。
ラジオ体操第一を、音楽なしで、できてしまう自分に、琴誇は苦笑し。
寝たハズなのに、疲れが全くとれていない体が、目の前を暗くさせた。
寝ればスッキリする。
そんな当たり前すら、なくなってしまったのかと。
立ちくらみの闇の中、白い息と疲れを吐き出した。
頭の中が真っ白に染まり、暗く消えた視界が戻り。
すぐに鼻につく馬小屋の臭いが、琴誇の心をえぐった。
「早く。早く、まともな生活を…」
「面白い!」「続きを読みたい!」など。
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