クマゼミと青
夏本番。外は茹だるような暑さで、ワシワシと蝉が悲鳴をあげる。通学路から照り返す光が眩しくて、思わず目を細める。いつもの通りの道のりなのハズなのに、いつもよりものすごく長く感じる。
「おはよー!蒼!」
突然、背後から急に背中を掴まれた。
「うおおっ!?」
思わず前のめりになる。ふと横を見ると、見知った顔がそこにはあった。
「って、裕太かよ……。お前な、ビックリするからもっと普通に話しかけろよ」
「え、そんなにビックリした?ごめんごめん!」
コイツは幼馴染の山上裕太。家の近所に住んでいて、昔から家族同士での付き合いがある。
「てかお前、近いよ……こんな暑いのに、ベタベタしてくんな」
「なーに照れてんだよ。幼馴染なんだからこれくらいいいだろ?」
裕太は昔から人との距離感覚がバグってると思う。いくら幼馴染だからって、普通は男友達に抱きついたり腕を組んだりはしないだろ?でもコイツは、毎日平然とそれをやってくる。
「いいわけないだろ。離れろ、暑い!」
「あ、ヒドイあなた!わたし、傷ついたわ!」
裕太は最近昼ドラにハマってるらしく、何かあるとすぐに団地妻のフリをしてくる。
「俺はお前の旦那じゃねえ」
「えー?ノリ悪いな〜。蒼も昼ドラ見なよ!ドロドロしてて面白いよ」
「いや、俺にはドロドロの面白さがわからん……」
「あのドロドロがクセになるのに……あ!てかさ、今日の宿題やった?」
「ん?やったけど。」
「さっすが蒼!俺やってないから後で見せて♡」
「お前、またかよ……昼ドラ見てる暇あんなら宿題やれよな」
「えへへ、ごめんってば」
裕太は明るくて人懐っこい性格で、クラスでも人気がある。前述の通り人との距離感が異常に近いので、男女問わずモテるようだ。
一方俺は、根暗で面倒臭がりで、口数も少ない。裕太が話しかけて来なければ、一日誰とも話さなかったって日もザラにある。
「毎回思うんだけど……別にわざわざ俺に頼まなくても、クラスの他のやつらにでも見せてもらえばいいんじゃないか?」
「え……なんで?蒼、そんなにイヤだった?」
裕太が不安そうな表情を見せる。
「いや、そう言う訳じゃないけど……お前、せっかく友達も多いしモテるのに、俺みたいな陰キャとばっか話してたら誰も寄って来なくなるぞ?」
裕太は一瞬キョトンとした後、ケラケラと笑いだした。
「……あはは!そんなことか!」
「そんなことって、お前な……俺は優しさで言ってんだぞ?」
「わかってるよ!でも俺は、そんなことで嫌われるなら別にそれでもいいよ?」
「いや、でも……」
「もー、そんなこと気にしなくていいから!早く学校行こっ!宿題うつす時間無くなっちゃう!」
俺の腕を掴んで無邪気に走り出す裕太。暑いからベタベタするなって言ったのに、また忘れてるな……。
俺はさ、俺のせいでお前が嫌われるなんて、そんなの耐えられないよ。だって、俺は……。
「……人の気も知らないで……」
「ん?蒼、何か言った?」
「……いや、何も」
夏の朝、茹だるような暑さの中、蝉の声が頭に響く。まとわりつく熱気が息苦しい。この熱はいつ冷めるんだろうか。