第30話 悩める男が、一人
リーンに【血塗れた戦乙女】と二つ名が付けられた頃。
リーンが昨日まで当たり前のようにいた屋敷には一人空気の沈んだ男がいた。
「はぁ……リーンが帰ってこない」
そう、フォイルである。
ここで忘れてはいけないのが、リーンが屋敷を出たのは《《昨日》》であるということ。
「大丈夫です、坊ちゃま。必ず帰ってきます」
そのフォイルを慰めるのは執事のセバスチャン。
しかし、彼は内心、
『出ていったの昨日ですぞ……1日でこれとは先が思いやられますな、坊ちゃま』
などと考えていた。
「その顔は分かるよ、めんどくせぇコイツとか思ってるんでしょ?」
「|いいえ、そんな事思っておりませんぞ《もうその問いかけが面倒くさい》」
昔はもっと……心中でも礼儀正しかったセバスチャン。
《《誰かさん》》のおかげで口に出しこそはしないが、雰囲気で匂わせる程度には成長したのである。
「はぁ……リーン帰ってこないかなぁ……」
この日何度目かもわからぬため息を零すフォイル。
周りに圧倒的負のオーラを漂わせるフォイルに一歩後ずさるセバスチャン。
そんな重苦しい空気の中、一人の男性が屋敷へとやって来た。
「すいませんっ!!フォイル様はいらっしゃいますでしょうか!!」
どうやら急ぎの様子。
「はい、いますよ……」
「───っ?!」
幽鬼のようなフォイルに気圧される男性。
しかし、すぐに気を取り直し自分の仕事を全うすべく話す。
「フォ、フォイル様の屋敷のメイドのリーンがダンジョンで《《魔族に襲われ》》、ただいまギルドで治療を受けております」
「それを伝えるべく伺った所存で……」
男性が言い終わるより早く、フォイルは動いていた。
「君ッ!!名前は?」
「は、はい!私はギルド職員のリュウキと申します!」
「リュウキ、ありがとう。伝えに来てくれて」
「セバスチャン、行ってくるわ。飛ばしで」
そう言うと魔力を体に漲らせ……。
フォイルの姿は遥か彼方へ、そして見えなくなった。
「フォイル様は《《あの噂》》さえなければ人望のある方なんやけどねぇ」
口調を崩し、セバスチャンと親し気に話す、リュウキ。
彼はウィアルス家の影。
フォイル・ウィアルスの熱狂的な狂信者のみで組織させられた特殊部隊。
当然、フォイルはそのことを知らない。
「あれは坊ちゃまが《《自分で流した》》もの故、心配ありませんぞ」
「そうなんや、知らんかったわ」
「それはそうと、リーンちゃんの事、ギルドより早く来てしもて良かったんやろか」
そして、忘れてはならないのが────彼らはリーンの狂信者でもあるということ。
「リーンちゃんがボロボロで居てもたっても居られへんかったわ」
「リュウキ殿は本当にあの二人に心酔しておりますなぁ」
「それはセバス殿も同じやろ?」
二人の間に和やかな空気が流れる。
「てかさっきの聞いた?!俺の名前読んでありがとうやって!!」
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全力の全力で数キロを走破し、ギルドに着いたフォイルは《《たった今》》連絡に向かおうとしていたギルド職員に驚かれ……そしてリーンとの再会を果たす。




