森、願い、希望、または 21世紀
森の奥の池には精霊が住んでいて、その精霊に運よく合えれば、どんな願いでも一つだけ叶えてもらえるらしい...
そんなうわさ話を聞いた時、悠馬は地面に頭を押さえつけられ、舌の上にのせられたナメクジを飲み込むことを強要されていた。ナメクジが悠馬の舌の上をうろうろ徘徊していて、ナメクジが喉の方へいくたび悠馬は吐き気をもよおした。
季節は六月。もうここ何日も晴れてない空は今日も不機嫌そうに灰色の雲を並べるばかりであった。どんよりとした空気のせいで、彼らはいつもよりイライラしているのだ。彼らは悠馬の同級生で、人数は5、6人の事が大抵。
リーダー格の少年は三好といった。
『ナメクジってどんな味?』悠馬は頭を押さえつけられているため答えることができない。
『.......』『無視しないでよー』『.......』『ねぇ.......』『答えろっつてんだろ!』
悠馬は顔面を蹴られた、それも、どろどろの土がついた靴で。悠馬は前歯を蹴られて、悶えるくらいに痛かったが、あまり動くと、ナメクジを飲み込んでしまいそうなので、自分の手のひらに、爪を食い込ませて、何とか我慢した。『っつ!テメーのせいで靴がよだれだらけになったじゃねーかよ、死ねよ』
......最初からいじめがあったわけじゃない。悠馬に両親がおらず、おばあちゃんと二人で暮らしていることを知らないクラスメイトはいなかった。一年生の頃から、授業参観に来るのが、ほかのクラスメイトの親たちとは違って、年を取っていることが子供たちにもわかった。進級したての頃は、クラスメイトや担任の先生から、むしろ、優しく接してもらえた。カレーも多く盛ってくれた。しかし、一部のクラスメイトたちの中で
「あいつは贔屓されている」というような空気があった、そんな中、悠馬は、掃除の時間をトイレに籠って過ごした事があった。ただ悠馬はお腹が痛くてトイレに籠っていたのだが、
「お腹が痛いからトイレに行ってきていい?」という報告を言わずに急に6年1組のクラスを飛び出したので、クラスメイトたちが
「あいつは掃除をさぼった」と、思うのも仕方なかった。先生が教室に入ってくると、クラスメイトたち
が「あいつ掃除さぼりました」と言った、先生は驚いたが
「事情がある、許してやってくれ」と生徒たちをなだめるように静かに言った。しかし生徒たちは事情という、明確なさぼった理由を教えてくれない弁解に
「やっぱり贔屓されている」と不満をためるばかりであった。先生が抗議を受けたのは、悠馬にさぼった理由を聞く前だった。先生はその時悠馬がどこにいるのかさえ知らなかった。トイレの個室に悠馬を見つけて。話を聞くが、何と喋っているか聞き取れないくらい小さな、さえずりような声だった。三回目でようやく聞き取れた時に
「お腹が痛くて休んだ」という趣旨がわかった。悠馬はもとより落ち着いている静かな性格だった。さらに言えば人と話すのが苦手だったので、トイレに行くと、言うことも、勇気が出なかった。いじめを受けているのはこれが一番大きな理由だろう。もし明るい性格ならクラスメイトたちに対して、明るく振舞っていたのなら、ナメクジを口の中に入れることもなかった。先生は、悠馬に
「お腹が痛くなることは悪いことじゃない。でもみんなに迷惑かけたことはわかるだろ?今度はちゃんとみんなに理由を説明してからトイレに行くように、わかった?』『 』先生には、悠馬の言ったことが聞き取れなかった。しかし悠馬が頭を下げていたので伝えたいことは伝わったようだ。それから先生はクラスメイトたちに、悠馬が
「お腹が痛くてトイレに行った」と説明をした。しかしクラスメイトたちは「なんであいつが謝らないんだよ」と、不満を募らせるばかりであった。上履きを隠したりするような、最初は小さな嫌がらせだったが、次第にエスカレートして今に至る。悠馬は、先生に、いじめられていることを正直に伝えようと思ったこともあったが、学校で辛い思いをして苦しんでいるということを、おばあちゃんに知られると思うと
ああ
『悠馬君、学校でいじめられているんです』そんな言葉をおばあちゃんが聞いた時、おばあちゃんはどんな顔をするだろうか。まず、第一に。すごく驚くだろう。そして、悠馬に目を合わせて、
『本当なの?』と悲しい顔を悠馬に向ける。悠馬はそんな表情そんな心境考えただけで、泣きたくなる。ああ 眉が下がり、目を細めて、頬の筋肉はあがる。そして唇がかすかにふるふると震える。そんな表情。
『おばあちゃんをそんな目には合わせたくない』悠馬、はおばあちゃんのことを思うと強くなれるのだった。もしいじめを受けていると知ったら
『この子は、両親が死んで一人寂しい思いをしているのにまだいじめなんて苦しみを受けなければいけないなんて、どうしてこの子ばかり...』そんなことを考えるかもしれない。悠馬、はおばあちゃんのことを思うと強くなれるのだった。この事件に関しては、悠馬にも落ち度はあるが、いくらなんでも、ナメクジを口に入れたりするのはやりすぎである。
ピピッ。彼がスマートフォンで撮影を終える時が、行為の終了の合図だった。悠馬の頭を踏み台にして立ち上がると、
『感謝の言葉くらいねーのかよ』と言った。悠馬が『...ありがとうございました...』と返すと『もーーお前いいから、学校来なくて』
『てかなんでお前って生きてるの?必要ある?誰かに存在することを求められてる?死んでも誰も悲しまないだろ?友達もいない、夢もない、そして親もいない、教室の隅っこで一日中生産性のなく陰湿に埃を食うだけの生活で埃の味の区別がつくようになったんだもんな、時々何かしたと思ったら、トイレに引きこもって他人の足を引っ張ることしか能がない、ただ酸素を吸って二酸化炭素を吐くだけで何も考えてない何も感じない低能だもんな!でもまあ仕方ないか!だってお前、親がいないんだもんな、そりゃそうか!だったらもう特別支援学級とかに行けばいいんじゃないの?あ、そっかぁ特別支援学級からも拒否されたのか。仕方ないよな、こんな奇形児は...』と力説して彼らは去っていった。
『............................』悠馬はおそるおそる自分首を触った『.......』首から赤い血が流れていた、頭を押さえつけられるたびに、喉元にあった、尖った小石が、皮膚を破ったせいだった『..............ぅ...』悠馬は誰にも、誰にも頼ることができず、ひとりでシクシクすすり泣くばかりだった。当たり前だが、泣きたくて泣いている人なんていない。
『...うぅ....ずび........はぁぁぁ...』『雨に濡れた裏路地で、泣いているのは悠馬はだけだった。紫陽花の生垣の青い花弁から無色な雫が滴り落ちた。『梅雨だから...じめじめしてるから...こんな気分になるんだ...』いつまでも、泣いてばかりはいられない。家には笑顔で帰れなければいけないのだから...
『ただいま』とちいさく声を上げた悠馬の顔に、笑顔はなかった。それでも、おばあちゃんに顔を見せなければならない。
『ただいま』『おかえり』悠馬はおばあちゃんの顔を見るたび、おばあちゃんに噓をついて騙しているような気分になった。『.......』『どうしたの?』『!いや...何でもないよ...大丈夫だから...』『先生から連絡の紙とか来てない?』『大丈夫...』『元気ないよ、本当に大丈夫?学校で嫌なことでもあったの?』『!?だ、大丈夫だって...』『そう。』『ちょっと出かけてくるね』『友達と遊ぶの?』『..............うん、行ってくるね...』『いってらっしゃい』悠馬はもう、いたたまれなくて、家を飛び出した。
この自転車は、悠馬に残されたただ一つ、おかあさんの形見である。後輪のブレーキは効かないし、タイ
ヤが擦り減って、変なにおいがする時もある。そんなおんぼろにまたがって悠馬が向かう先は特に決まっ
ていなかった。とにかく外へ飛び出して郊外を走っていると、声をかけてくるものがあった。
『おーい』
この少年は、さっきまで悠馬をいじめていたグループの構成員の一人であった。名前を安田といった。
『...』悠馬が急ブレーキをかけると、やっぱり変なにおいがした。『悠馬、こんなところで何してるん
だ?』『安田君...』『サイクリングでもしてたのか?』『うん、いい天気だったから...』『はっ、この
曇り空が?お前冗談とか言えるんだな』『...』悠馬は返事に困った。『でもその、ずいぶんぼろい自転車
だな』『いや、これは...』『あ...』安田は悠馬の境遇を思い浮かべたうえで、自らの発言を悔いた。
『ごめん』『別に...今は気にしてないから...』『いや、自転車もそうなんだけど、さっき...』
さっきとはもちろんいじめのことだが、安田は自分がいじめをおこなっているという事実を、口に出して認める勇気がなかった。『別に...安田君が蹴ったりとか、直接危害を加えたわけじゃないし...安田君は悪くないよ...』『でも...俺、ただ見ておくことしかできなくて...ただ見て見ぬふりしかできなくて...』『もういいよ...』『ごめん、あいつらが最低なことしてるのに、俺、それを止める勇気がなくて、それどころか、口を挟んだら、今度は自分がいじめらるかもしれないと思って...』
『それが等身大の人間として普通のことだから...』『それに、今だって...!』『もういいって』悠馬は安田の話に口を割り込んだ。『気にしなくても僕は大丈夫だから...』『大丈夫って...』『......ほっといてよ』
悠馬は内心『そんなに優しくするなら助けてくれればいいじゃないか、まあそんな勇気がないんだろうけど...』と思った。『俺にできることってないかな』『気持ちだけで十分だよ...気を遣って貰って少し気持ちが楽になったから』『助けになれたのか?』『うん』実際悠馬は、久しぶりおばあちゃん以外の人と話して、新鮮な気分になった。そして、『じゃあ明日学校が終わったら遊ばないか?』と安田が言ってくれた。悠馬は生まれてこの方その暗い性格のために、友達がいたためしがなかったので、すごくうれしくなって、『う、うん』と即答した。安田は返事を聞き遂げると、『じゃあ俺用事があるから、また明日、学校で会おう!』と、遠くの方へ消えていった。
......『嫌なことがあれば次にいいことが必ずあるものなんだ』悠馬は空を見上げた、いつの間にか灰色の雲がどこかへ飛んで行って、雲の隙間から太陽の明るい光が悠馬の顔に差していた。未来は変えていけ
る。そんな気分が悠馬の中に充満していた。
『家に帰ろう』悠馬は勢いよく自転車に乗ってペダルをこぎだした、スピード出しても、周りの景色が鮮明に見えた。悠馬はもっとスピードど出した、通りの方に出て、人の往来が多くなったので、悠馬はブレーキをかけようとした、しかし『!?なんで!』ブレーキが効かない!悠馬は猛スピードで住宅街を走った、足で止めようとするも、足がタイヤに引き込まれそうで、止めることができない。『っは!あぶねーな!』何度も人や建物にぶつかりそうになった。
その度に悠馬はギリギリで回避したが、ついに角から出てきた人をよけられず、ついに.......
衝突してしまった。前方三メートル飛んで、地面にたたきつけられたその人は、紛れもない、悠馬のおばあちゃんだった...もうブレーキは効かない...