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MEMORY

作者: 小深田 とわ

ホワイトデーと言う事で一作書いてみました。ホワイトデーって3/14なんですね。ずっと3/15だと思ってました.....知らなかった

「あっ、懐かしい!」


 部屋の中で私は独りで声を発した。誰かに話しかけたわけじゃない。誰かに聞いてほしいわけでもない。ただ自然と声が出てしまっていた。


 私は部屋の掃除をしていた。これと言って散らかっているわけではなかったが、どうしても部屋を掃除しなくちゃいけなかった。


 と、言うのも、私は先日振られた。確か四年ぐらいだったかな? 結構な間付き合ってたんだけど、何処で間違えちゃったんだろう?


 とにかく、私は部屋を掃除したかった。彼が嫌いなわけではない。ただ、気持ちの整理をつけたかった。

 思い出を薪のように暖炉に焼べたいとは思わないし、例えどんな結末になっても、思い出はその人の人生を形作る大切なパズルのピースだと思ってる。

 でも、これだけは片付けたかった。明確な理由はないけど、どうしても片付けたかった。

 心が乱れちゃってるのかもしれない。冷静な判断が出来てないかもしれない。後で後悔するかもしれない。でも、後戻りはもうできない。一度片付け始めた以上、続けるしかなかった。


 出てくるとは思ってたけど、やっぱり無視できないよね。


 私が見つけたのは一冊のアルバムだった。彼と付き合う前からの記録が事細かに残されている。私は見て見ぬふりが出来なかった。気が付いたらもう、アルバムの表紙を捲っていた。

 無数に張られた写真には、それぞれ色があり、匂いがあり、音があった。実際には感じられないけど、それを見た途端、まるでついさっきあった事みたいに、鮮明な記憶として蘇る。


「あー。あったなーこんな事。懐かしー」


 懐かしい。その言葉しか出なかった。私ってこんなに語彙力なかったっけ、と訝しんでしまうほど、同じ言葉を繰り返していた。


 なんでだろう? 上手く言葉が出てこない。確かに懐かしいんだけど、それ以外の感想が上手く言葉で言い表せられなかった。楽しいとか嬉しいとか悲しいとか苦しいとか怖いとか……。もっと言葉はあるはずなのに。


 どうしてかそんな言葉は出てこずに、懐かしいの言葉以外が出てこなかった。

 私はパラパラと数枚アルバムをめくる。一ページ一ページの内容はかなり乱雑に張られていたけど、全体としては奇麗に日付順に並べられていた。


 お互い、変なところで真面目だったからねー。まあ、アルバムだし、日付順に並んでてもおかしくはないけど……。


 ふとした思い付きで掃除をはじめて、偶々見つけたアルバムを、何気なく眺め始めた。それが今の私。ただの気まぐれのはずだった。すぐに終わるだろうと思っていた。何の進展もなく、ただ懐かしい、と眺めるだけのはずだった。

 でも、私の心はそんなに頑丈じゃないし、柔軟でもなかった。


「あー、やっぱダメか―」


 アルバムが急に見えなくなった。急に視力が低下して、アルバムに何の写真が貼ってあるのか分からなくなった。

 涙が止まらなかった。とめどなく溢れ出る大粒の涙がアルバムにポタポタと音を立てて落ちた。


 泣きたいわけじゃないんだけどなー。かといって泣きたくない訳でもないんだけど……。こういう時って泣いてもいいのかな?


 ハァ、と私の溜息が部屋の片隅に消えていく。ポタポタと零れる涙を拭う気にもなれなかった。ただ無心でアルバムを捲り、日付が進んでいく。


 そんなに泣くんだったら見なきゃいいのにね。なんで見続けてるんだろう?


 私にもわからなかった。見続ける理由も無いし、見ない理由も見当たらない。ただ、一度見始めた以上、ページを捲るてが止まらなかった。


「海に行ったり山に行ったり、結構いろんなところ廻ったなー。後、海遊館にもいったし、ディズニーランドも行ったなー」


 これだけ思い出せるって事は、楽しかったんだろうな、私。でも、楽しい思い出より、悲しい思い出の方が記憶に残りやすいっているし、どうなんだろう?


 溢れ出る感情が混濁し、当時の感情が今の感情と錯綜する。当時の価値観や彼との関係を思えば楽しかったんだろうけど、どうしてもそんな考えに帰結しなかった。当時の自分がどんな顔をして彼と会っていたのかが、私にはわからなくなっていた。


 写真では凄い笑顔だけど、どうだったのかな? 本当に楽しかったのかな? 善意のペルソナに隠れた私の本当の気持ちって、本当に笑ってたのかな?


 普段であれば絶対に考えない様な、妄想と内罰的思考に支配された哲学的仮説。今なら思想も曖昧な新興宗教に騙されちゃうのは私でもわかる。

 フゥ、と大きなため息が漏れていた。あらかた泣きはらしたのかな。目は真っ赤に晴れちゃったけど、涙はもう流れてなかった。

 大分、気持ちは楽になったと思う。ちょっと喉が渇いたけど、深いゆっくりな呼吸が出来ていた。


 何か飲もっか。


 私は徐に立ち上がると、台所までフラフラと移動する。どことなく足取りが覚束ない。泣き疲れちゃったのかもしれなかった。頭がボーッとして、上手く考えられない。

 冷蔵庫からピッチャーを取り出すと、コップにお茶を流し込む。八割ぐらい満たされたお茶を一気に喉へ流し込むとフゥと息が漏れる。

 キンキンに冷やされた冷茶は、私の中で燻り暴れる頭と心を冷やしてくれる。

そのお陰だかな。どうして何かを飲み込んだら最初は息を吐くことから始まるんだろう? そんな事を考えられるほどに落ち着くことが出来た。

 そして、次に湧き上がった感情は疑問だった。今彼は何をしているんだろう? その疑問だった。

 ここは私が借りてるアパート。ついこの間まで、ここで彼と一緒に住んでたけど今はもういない。あの時別れを次られると、彼は荷物を纏め、あっという間に姿を消してしまった。


 彼は今何をしてるんだろう? もう夜だし、気になるあの子の腕の中で夢の続きを見てるのかな?


 もしかしたら、という感情が私の心の中で渦巻く。さっき冷茶に冷やしてもらった心がもう熱くなる。

でも、不思議な感情だった。不思議と怒りの感情は沸いてこなかった。

 もしそれが本当だったら、私と付き合ってた期間と重なるかもしれない。もしかしたらそんな新しい出会いには恵まれていないかもしれない。

 私にはそれを知る術はもうなかった。でも、これでいいと思えた。

 そんな時、ふとテレビの音が気になった。無音で片づけるのもつらかったし、気休めにつけたんだっけ?

 テレビでは、昔に売れた懐かしい音楽の特集をしていた。私が子供だった頃の歌や、生まれる前の音楽もあった。


 懐かしいな。そういえば、一緒にいる頃はよく見てたっけ?


 彼は音楽番組が好きだった。私も別に嫌いじゃなかった。だから、特に見たいものがない時は一緒に肩を並べて見ていた。

 でも、今は独り。二人で見てた時とはまた違った心情を運んでくれる。

 そんな中、私はテレビから流れる音楽にそれとなく耳を傾けていた。その時、初めて聞く音楽だったけど、何故か気になりテレビの方を見ていた。


 凄い古い映像ね。一九八〇年代かー。私もかれも生まれる前の音楽か。


 柔らかなバラードに身を預け、私は目を閉じてその音楽を聴いていた。歌詞が流れる。ラブソングだった。丁度今の私と同じ状況だった。


 あぁ……。


 涙が止まらなかった。もう涙は流れないと思っていた。もう彼の事でなく事は無いと思っていた。アルバムを見た時の涙でもう十分だった。でも、涙は止まらなかった。

 とめどなく溢れ出る涙を私は止められなかった。止めたくなかった。このまま泣き続けていたかった。

 だから、私は泣いた。泣き続けた。テレビから流れるその音楽は、私の心に絡みつく。

 そして、その音楽に合わせ、彼との思い出が決壊したダムの様に溢れ出し、私の心へ押し寄せる。

 まだ付き合ってすぐの頃、照れるだけだった私を彼は真摯に愛してくれた。当時の写真に写る二人の笑顔は真実の笑顔だった。善意と世辞のペルソナで構成された、偽りの笑顔ではなかった。今の私の心を知らない、満面の笑みを浮かべる写真は、私を嗤う。

 その音楽が終わった後も、私は泣き止まなかった。更に泣いた。声を抑える事も忘れて、私は泣いた。

 一頻り泣きはらした後、私はようやく泣き止んだ。心がすっきりしていた。蟠りは奇麗にほぐれ、スッキリとした晴れ模様だった。

 私はアルバムに手を伸ばすと、それをパタンと閉じる。ページの間に挟まれた空気が、風圧となって吹き込み、髪が靡いた。

 私はそのアルバムをパンパンになった大きな袋に詰め込むとその口を固く縛る。


「うん、これでいいの」


 たとえアルバムが無くても、彼とのメモリーは私の心の中で生きてる。

 両手を組んで私は天井に向かってググっと伸ばす。体中の凝り固まった筋肉がほぐれていった。やがて天井に伸ばした両手を下ろした時、私はフゥ、と息が漏れた。


 それに、彼を恨む必要もない。彼には彼の人生がある。傷つくのは私一人で大丈夫だから。

”1980年代の音楽”で何かわかった方も少なからずいるでしょう。わからなかった人もいると思いますが、まあ、しかたないかな?


今日の22時過ぎもいつものようにYOU & I シリーズを更新いたしますので、そちらもあわせてどうぞ。

また、評価、コメントも随時募集中です。

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