⑥(京香視点)
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「じゃあ、京香ちゃん出ようか」
篤志さんが慰安室の扉を開けて、私を外に促す。私はずっと亮司の傍にいたかったのに、外が暗くなる前に帰りなさいと無情にも看護師に言われて、渋々家に帰ることになった。亮司のいない、私たちの家に。
篤志さんは私を心配して送ってくれることになった。私は一人で帰れるとやんわりと断りを口にしたけれど、
「今の京香ちゃんを放っては置けないよ」
と優しく言われ、流石に二度目は断ることが出来なかった。その時篤志さんが左横に立とうとしたのを拒み、私の右に立ってもらうよう頼んだのはきっと無意識だ。亮司以外に、私の左横にいて欲しくない。
会話のない病院からの帰り道。今もなお亮司が死んだことを受け入れられない私を、篤志さんは支えてくれた。
「私、今でも亮司が事故に遭って死んだなんて信じたくない!」
「京香ちゃん、落ちついて。君がそのままだと、亮司君は悲しむんじゃないかな」
「落ちつくなんて出来ない! 亮司がいない世界なんて生きている意味あるの?」
さっきまで抑え込んでいた昂ぶったどうしようもない気持ちがついに爆発し、ヒステリックに喚き散らす私。篤志さんはなんとか宥めようとしてくれ、そんな篤志さんの優しさに甘えて、さらに支離滅裂な言葉で彼に当たる。
喚くだけ喚いて疲れた後、冷静になろうと辺りに意識を向けるとどこかで亮司の気配がした。そのことを篤志さんに言って、亮司の気配がした場所に行こうと引っ張ろうとするが、
「そんな訳ないよ。京香ちゃん、きっと疲れてるんじゃないかな。早く家に戻ろう」
全く相手にされず、憐れなものを見るような目で見られるだけだった。だけど私には分かる。確かにこの近くに亮司はいる。確信めいたものがなくても、長年傍にいた亮司の気配はすぐに分かる。だから、篤志さんに謝って亮司の気配がする方向に駆け出した。
亮司の方に近づくにつれ、気配がより一層強く感じる。そして、とうとう亮司の遺体が置かれてある部屋の前に辿り着いた。
迷うことなく扉を開ければ、そこには奥が透けて見える亮司の姿があった。その姿に驚くことはない。なんとなく、亮司の気配がするということは、幽霊の姿なんだろうと直感的に思っていたからだ。
「……亮司?」
そして、確かめるように彼の名を呼ぶ。彼は驚いた顔をしながら、戸惑いを隠さず僕が視えるのかと問うてきた。それに頷けば、なんでとまた問う。
「質問が多すぎるよ、亮司。当たり前じゃない。亮司のこと大好きだから、きっと私には視えるんだよ」
亮司が好きだと言った笑顔を作って笑う。泣き腫らした顔でも、今できる精一杯の笑顔で。
「……京香」
笑顔を見せれば、辛気臭そうな顔をしていた亮司の顔もいくぶんか明るくなった。
このまま時が止まればいいのに。このまま幽霊姿の亮司だったとしても、ずっと居ることが出来ればいいのに。
いるかも分からない神様に願う。だけど幸せは長くは続かない。先ほどよりも何故か薄くなる亮司の姿。
「戻って、きたんじゃないの?」
震える声で私がそう聞くと、
「ううん。違う。これは神様がくれた猶予なんだよ。僕は京香に伝え忘れた言葉があるから」
やんわり違うと亮司は首を横に振って笑った。
次の更新は明日の18時を予定しています。
明日の話で完結しますので、もうしばらくお付き合いください。