③
そうだ、僕は交通事故で死んだんだ。
*
三日前、暫く続いていた雨が止み久しぶりに太陽が顔を覗かせた休日の午後。僕は以前から京香とデートしようと、約束していた隣街のショッピングモールに行こうとしていた。隣街のショッピングモールは、大規模な都市開発によって今年の夏に完成した新しい大型施設だ。
「亮司と出かけるの楽しみだわ」
「ああ、僕もだよ。京香、楽しいからってこけないでよ?」
「もう、失礼ね! こけないわよ!」
「そう言ってこの前も段差につまずいてこけてたじゃん」
「あ、あれはたまたまよ、たまたま! 今日はヒールの低い靴で行くから大丈夫だもん」
「ふーん、そう?」
僕がからかい混じりに笑うと、顔を真っ赤にさせたままいじけて拗ねてしまった京香。ごめんごめんとそんな彼女を宥めながら、出かける支度を進める。と言っても、僕は既に着替え終えてすぐに出られる状態だから、京香待ちだ。
僕と京香は、幼い頃からの知り合いで高校に入学したと同時に付き合い始めた。告白したのは僕の方からで、京香も同じ気持ちだったと知ったときは素直に嬉しかった。そして大学へ入学した日を機に、お互いの両親の許可を得てから同棲を開始した。
だから、一緒の家からデートに行くのはいつものことで。僕の右横に京香がいるのも、高校の頃からいつしか当たり前になっていた。京香以外に僕の右横には立たせないことも。
「あっ」
家を一緒に出てから数分後、京香が声を小さく発した。何かあったのか、と声をかける。どうやら彼女は忘れ物をしたみたいで、大袈裟に慌てている。
「相変わらず京香はドジだなぁ。そこの公園で待っているから、取りに行っておいで」
「亮司ごめん! すぐ取って戻ってくる!」
「慌てて転ばないでよ?」
出かける前にも言った言葉を、遠くなる京香の背に投げ掛ける。京香は大丈夫! と元気な声で返事した。この会話が僕たちの最後の会話となるなんて、このときの僕は思ってもみなかった。
時々抜けていて忘れ物をする彼女に呆れつつ、忘れ物を取りに戻った京香を待つため、近くの公園で時間を潰す。そう言えばここは初めて京香とキスをした場所だな、と思い出す。あの時も、そうだった。彼女が学校に次の日提出するプリントを忘れて一緒に取りに戻って、そして太陽が落ちて月が昇り始める夕暮れ時に公園でキスをした。
天気の良い昼下がり、緩やかな時間だけが過ぎていく。
幸せな思い出を思い出しながら暫くスマホを弄って京香を待っていると、前方から人影が見えた。直感で京香だと認識すると、僕は迷うことなくその姿の方に駆けていく。さっきまで京香とずっと一緒にいたのに、たった数十分離れていただけで京香に会いたくなった。
「亮司! 危ない!」
早く京香を抱き締めたいなんて不埒な考えをしていたせいだろうか、京香の甲高い叫び声が僕の耳に聴こえた。しかも、何故か焦った顔で恐怖に染められた京香の顔が見える。
どうした? 何をそんなに京香は焦っているんだろう。
訳が分からないが取り敢えず京香の傍に行って話を聞こう、そう考えて緩めた速度を再び戻し京香の方に近付いた。京香は、止まって! と僕が来ることを拒み、凄い衝撃音とともに僕の意識は途切れた。
────それが、僕が覚えている最後の記憶。
次の更新は明日の18時を予定しています。