秀吉と元春は勝家と六三郎が親子だと実感する
天正二十三年(1595年)七月二十日
播磨国 柴田家屋敷
場面は少し戻り、播磨国の柴田家屋敷に秀吉一行が到着する場面から始まる。秀吉達は大広間に通されると
「親父殿!お市様!吉川殿一行を連れて参りました!改めてですが、無理を聞いていただき、忝うございます!」
「越前守殿、奥方殿。毛利家の無理を聞いていただいた事、主君である安芸守に代わり、御礼申し上げます」
秀吉が最初に挨拶し、次に元春が挨拶すると幸鶴丸といまも頭を下げる。4人の挨拶を受けた勝家は
「面を上げなされ。儂は隠居した年寄りじゃから、それ程気を使わなくとも良い。のう、市」
「そうですねえ。権六様の言うとおり、私達は当人達の為人を話すだけですから。しかし三十郎兄上が、二十歳も歳下の姫を嫁にもらう可能性があるとなると、嬉しい反面、驚きもありますねえ」
市に話を振ると、市も元春達に「気楽で良い」と言う感じで話す。挨拶を終えると勝家が元春に
「吉川殿でしたな。愚息は、六三郎は毛利家に対して戦で無茶苦茶な事をしませんでしたかな?」
「六三郎は毛利家を痛めつけなかったですか?」と質問する。勝家の質問に元春は
「越前守殿。六三郎殿の軍略の才は見事過ぎて、そんじょそこらの若造など太刀打ち出来ませぬ。拙者も弟達も、戦の経験はそれなりにあったのですが、その全員が見事に出し抜かれて、最終的に敗れました
ですが、安芸守様は戦に敗れた事は時の運として納得出来ます。それ以上に公方を領地から追い出して、織田家へ引き渡せた事に安堵しております
これで中国地方から戦の火種が無くなった事、領地も多少なりとも残してもらった事に織田家と羽柴殿と六三郎殿に感謝しております」
「六三郎のやった事は見事でした」と大まかに伝える。元春の言葉に続いて秀吉が
「親父殿。その六三郎殿ですが、流石親父殿の息子と思う言葉を公方にぶつけておりましたぞ。最初は肝が冷えましたが、
公方の言動を鑑みるに六三郎殿の言葉は間違っていないと思えました。改めてですが、親父殿。六三郎殿が公方にぶつけた言葉は、何だと思われますか?」
勝家に軽いクイズを出す。そのクイズに勝家は
「まさかとは思うが、藤吉郎よ。六三郎の奴は公方に対して「大うつけ」とでも言ったのか?」
何とか答えを絞り出した。勝家の答えを聞いた秀吉は
「親父殿。大うつけならば、まだ幾らかましだったかもしれませぬ。それでは六三郎殿が公方に言った言葉ですが、
「日の本を混乱させておきながら、責任を取らずに、己の事しか考えていない阿呆」です。最初は驚きましたが、公方の言動が紛う事なく阿呆だったので、六三郎殿の言葉は笑うしかありませんでしたぞ!」
大笑いしながら勝家に答えを発表した。答えを聞いた勝家は
「吉川殿。六三郎は吉川殿の前でも公方の事を阿呆と言い切ったのですかな?」
念の為、元春に確認する。元春は
「越前守殿。拙者も、六三郎殿の言葉として「阿呆の公方」と聞いております。ですが、六三郎殿が口にするのも仕方ない程、公方の言動は阿呆でしたから」
「六三郎が阿呆と言うのも納得する阿呆公方でした」
と勝家に伝える。それを聞いた勝家は
「あ奴は、言葉ひとつで織田家が不利な状況になる可能性も考えられぬのか」
そう言いながら、天を仰いだ。そんな勝家に秀吉も元春も
「親父殿。六三郎殿や家臣の赤備え達が暴れ回った結果が、北陸地方と中国地方の全土が織田家に臣従し、関東地方も半分ほど織田家に臣従しているのですから」
「そ、そうですぞ。越前守殿。此方に来るまでに羽柴殿に教えてもらいましたが、その六三郎殿が陸奥国に居るのに、反抗勢力が立ち上がっていない事が、織田家にとって不利な状況になっていない事の証だと拙者は思いますぞ?」
勝家の気持ちを何とか変えようと頑張っていた。その勝家に対して市が
「権六様。今更、六三郎に常識的な言動を求める事の方が酷です。それに、六三郎ならばその様な反抗勢力が居たとしても、
その反抗勢力を憎んでいる者達を味方につけて、反抗勢力を完膚なきまで叩きのめしているとしか、思えないのですが、まさか権六様は六三郎が戦で完膚なきまで叩きのめされると思っているのですか?」
「六三郎なら、そんな奴らは周りを巻き込んで叩きのめすでしょ?自分の息子を信じられないのか?」と、勝家に厳しい言葉をぶつける。市の言葉に勝家は
「いや、そんな事は無いと思っておる。じゃが、万が一の事もあるのじゃから」
市の言葉を否定したいが、歴戦の武将としての経験から万が一の可能性を伝える。そのやり取りを見ていた元春と秀吉は
「越前守殿。実は六三郎殿も公方捕獲の際、今しがた越前守殿が口にした「万が一」を口にしておりましたぞ。「戦ではないが、万が一にも公方を逃がさない為に」と、中々の策を出しておりましたから、ですな羽柴殿?」
「吉川殿の言う通りですぞ親父殿!六三郎殿は、その万が一が出来るかぎり起きない様に、色々と手を尽くしておりましたから」
勝家の心配を無くそうと言葉をかける。それを見た市は
「ほっほっほ。権六様。藤吉郎と吉川殿がここまで六三郎の事を言ってくれているのですから、六三郎の話は、一旦終わりにして、本来の話に戻りましょう」
話を本筋に戻す様、促す。市の言葉に勝家は
「そ、それもそうじゃな。藤吉郎、吉川殿。済まぬ」
2人に頭を下げた。ここから話を本筋に戻す事になったが、勝家の立ち振る舞いを見た秀吉と元春は
(色々と考える所、相手に関わらず頭を下げられる所は、やはり親子じゃのう。改めて親父殿はちゃんと父親をしていたのじゃな)
(見た目の時点で瓜二つとも言えるのに、考えまで瓜二つとは。名将の子が名将になる、いや親を超える名将になる稀有な例かもしれぬな)
どちらも内心、勝家と六三郎が親子である事を実感していた。
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