原材料の産地が増えたら仕事量が増える
天正二十三(1595年)二月十五日
陸奥国 磐城
六三郎の実家がお見合い会場になって前田家の姉妹が無事に嫁ぎ先が決まっていた頃、陸奥国では
「鹿が3匹源次郎達の元に行ったぞ!!」
「お任せくだされ!皆、油断するなでないぞ!」
「「「「おおお!」」」」
皆さんおはようございます。現在、伊達政宗の家臣になりました相馬殿の領地にて、鹿狩りをしております柴田六三郎です
いやあ、まさか相馬殿の領地の磐城がこんなに野生動物か豊富だと思っていませんでしたよ。伊達家の領地である会津もそれなりに野生動物は多く居ましたが
今年に入ってから俺達か毛皮回収の為の狩りで、乱獲気味に退治していたから数が心配でした
ですが、ここ磐城はウサギも鹿も猪も熊も大量に居ますのでとても安心して退治しております
そして、嬉しい誤算として伊達家の家臣の皆さんの中でも藤五郎殿を中心とした前線で戦う人達が、赤備えの皆と同じ暮らしをしているうち、身体何逞しくなっております
これで、今年の冬の毛皮回収は伊達家の皆さんだけで大丈夫ですね!俺達は安心して実家に帰る事が出来るはず!と思っております
で、そんな新たに伊達家の家臣となりました相馬家の皆さんも含めて毛皮回収をしていたのですが、
「またか」と言う展開になりました。それは
「お主達!何故その様に足が震えておる!ここ磐城は我々相馬家の領地なのじゃぞ!お主達の方が先に疲れるでない!」
相馬家の前線で戦う人達が筋肉痛を起こして動けない状態になっている事です。そして、そんな人達に大声で叱咤激励しているのが
「木幡殿。赤備え達と同じ様に動いた場合、殆どの武士はあの様になってしまうので無理をさせては」
「柴田様、その節は誠に申し訳ありませぬ。改めてになりますが、お気遣いは大変ありがたいのですが、あの時、赤備えの皆様と対峙した時に感じた威圧感を我々の兵達も身に付ける事が出来たのであれば、
伊達様が掲げております「陸奥国統一」が一日も早くなると思うのです。その為の第一歩として、皆が赤備えの皆様の様に動ける様にしたいのです!
ですが、あの体たらく。何とも情けない。これ!しっかりと歩かんか!」
銀次郎に首を絞められた木幡さんが、この時代特有のスパルタ武将だった事です。どうやら木幡さんが相馬家の前線指揮官な様で
相馬家の足軽達を赤備えの皆みたいに鍛えたいと目標が出てて来た様です。まあ、それは相馬家の皆さんが頑張る事なので、俺は口出ししませんが
俺がそんな事を考えていたら
「柴田様!鹿とウサギをそれぞれ十五匹ずつ狩りましたぞ!早速、毛皮にする準備に取り掛かりましょう」
藤五郎殿からウサギと鹿を15匹ずつ仕留めたと報告されました。かなりの数を仕留めたな。これなら、伊達政宗の正室の愛姫さんの実家の田村家の領地でも
それなりの数の毛皮を回収出来ると見て良いかもしれません。そんな報告をしてホクホク顔の伊達家の皆さんも赤備えの皆の後ろを、
相馬家家臣の皆さんがボロボロな状態で歩いております。これ、明日以降動けないんじゃないか?と思う程、フラフラしてます
これは、相馬家屋敷にしばらく寝泊まりする事が確定してるし、久しぶりに疲労回復飯を作りますか!
こうして、早く仕事を終わりたいからと言う理由で、別の仕事に六三郎は手を出す事になった
その日の夕方、六三郎は
「相馬殿!本日の夕食は、拙者が作りたいのですが、よろしいでしょうか?」
相馬家当主の義胤に「夕飯は俺が作るけど良い?」と念の為の確認を行なう。すると当然
「し、柴田様が作るのですか!」と、逆に質問される。そこで六三郎は
「ええ!拙者の場合、料理好きが高じて、色々な料理に挑戦してみたら、意外と好評でして。疲労回復に繋がる飯を作り、相馬家の前線です戦う方々の疲労回復を早めたいと想いまして
信じられないのでしたら、料理人の方々以外に見張りの者を付けてくだされ」
「見張りを付けて良いよ」と伝える。それを聞いた義胤は
「何も無いと思いますが、それでは一応」
見張りを付ける事を伝える。こうして、六三郎の久しぶりの料理作りが始まったが、基本的なメニューは一緒なので、
鳥の唐揚げとウドンと猪の生姜焼き定食を、相馬家の料理人達は勿論、見張り役の目の前で作ると、味見をさせた
味見をした面々は
「鳥でこれ程の味が出るとは!」
「猪の肉がこれ程、食欲をそそるとは知らなかった」
「なんと身体が温まる」
味に驚いていた。こうして大丈夫だと判断してもらったので、急いでお膳を持って行き、足軽達に食べさせると
「何と美味い」
「身体に染み渡る」
「疲れが吹き飛ぶ様じゃ!」
と、しみじみと噛み締めながら食事を堪能していた。こうして、六三郎の狙いどおり相馬家の足軽達は元気になったが、
また明日になれば筋肉痛で動けなくなる事を知らないので、六三郎は
(明日の朝は起きるのも辛いと思うけど、頑張ってくださいね)
社畜労働をさせているのは自分である事を棚に上げつ、心の中で足軽達にエールを送っていた。




