三方ヶ原の戦い②〜鬼の着陣と忍の一族〜
物見は馬を走らせた。自分が到着する前にもう一つの武田の軍勢が到着していたら、家康達は万に一つの勝ちも無くなる。それどころか退路まで無くなって家康まで討ち取られてしまう。
そんな最悪の事態を避ける為に、1秒でも早く家康の元に行かなくては。その思いだけが頭の中を支配していた。だからこそ、周囲の異変に気づかなかった。
三方ヶ原まで半里を切った場所まで来たその時、物見の眼前を何かが通りぬける。驚いた物見は体を反らせてしまい、馬を止めてしまった。そして、それと同時に周囲から忍び装束を着た者達が現れた。
その者達の頭領らしき者から
「お主が三方ヶ原に行けば、家康は逃げるだろう!そんな事はさせぬ!武田の天下の為に徳川は此処で全滅してもらうぞ!」
「武田の間者か!邪魔をするな!」
「お主の戯言を聞く気は無い!黙って此処で死ね」
武田の忍が武器を構える
(相手は十人。しかも全員手練れの様じゃ。此奴らを全員倒して早く殿の元へ行かねば)
物見は覚悟を決め、刀を抜く
「ほう。この状況で我々と戦う事を選ぶか。良かろう。ならば、その覚悟に免じて一思いに楽にしてやろう!かかれ!!」
「「「おおお!!!」」」
武田の忍の内の三人が物見に飛びかかる。
それと同時だった
「ぐは!」
「うっ!」
「があ!」
飛びかかった忍が撃墜され絶命した。物見が周囲を見ると、そこに
「服部様!」
徳川家の裏の仕事を担う忍達「服部党」をまとめる頭領の服部半蔵正成が配下の忍と共に立っていた
「待たせてすまぬな。武田の援軍を少しでも減らそうとしたのだが、数が多過ぎてな。ならば殿達に撤退してもらおうと思って報告に来たのだが、こんな事になっていたとは。おっと少々、喋りすぎたか。さあ、貴殿は殿の元へ走られよ。この者達は我々に任せよ」
「ははっ!」
物見は服部に促され、再び馬に乗り走り出した。その場に残されたのは服部党と武田の忍だけ
「さあ、武田の忍共!忍同士で戦おうではないか!もっとも、此方はそちらの三倍の数だがな?」
「おのれ〜!」
武田の忍の頭領が刀を抜こうとしたその時だった
「頭!!」
「何用じゃ?今は徳川の忍と」
「戦わなくても良いのです!馬場様達が間もなく三方ヶ原に着陣致します。時を稼ぐ事に成功しましたのです」
「そうか!ならば、これより先は無用な戦い!服部とやら、貴様を殺せぬのは残念じゃが此処は撤退させてもらう!お主達は主君を助けにでも行けば良かろう!さらばじゃ!」
そう言うと武田の忍の頭領は残った配下を連れて足早に去って行った
残された服部党は
「殿!追いますか?」
「いや。追わなくて良い。それよりも今は、万が一を考えて殿達の退路を確保せよ!周辺領民の協力を得るのじゃ!この五人は儂と共に殿の元へ。それ以外は領民を懐柔せよ!急げ!」
「「「「ははっ!!!!」」」」
服部党が解散した頃、三方ヶ原に物見が到着していた
「殿!!!」
「おお!お主は、如何した?まさか城で何か起きたのか?」
「ち、違います。た、武田が一万以上の軍勢を率いて三方ヶ原に向かっているのです!」
「何!?一万以上じゃと?今戦っている武田も同じくらいの兵数?そうか、そういう事じゃったか!」
「殿?」
「武田は軍勢を半分に分けて、我々を釣り出して戦い、疲れ果てた所をもう半分で仕留める策だったのじゃ!」
「な、なんと」
「違和感の正体はこれであったか!おのれ信玄坊主!」
家康が怒りで我を忘れそうになった時だった
「殿!」
「おお!半蔵か。武田の事か?」
「話が早くて助かります。武田の援軍は此処より半里を切った場所を進軍中にございます。急ぎ撤退を!」
「し、しかし。武田を押しているのじゃぞ?援軍が来るまでに信玄坊主の首を取れば」
家康が継戦か撤退かで悩んでいるときだった
「お館様!!馬場美濃守率いる一万五千、只今着陣致しました」
前線で疲労困憊で戦っている徳川の兵達にとって絶望的な声が三方ヶ原に響いた。
その声を聞いた信玄は
「くっくっく。これで残り一手。最期は徳川の首を取って終了じゃ」
勝利を確信した笑いをしていた。




