風林火山の旗と覚悟
元亀三年(1572年)十二月二十日
遠江国 某所
山県は信玄に交渉の報告の為、寝所を訪れていた
「お館様。山県にございます」
「うむ。徳川はどう、いや。その顔を見れば分かる。戦に決した様じゃな」
「申し訳ありませぬ」
「お主の責任ではない。しかし、徳川と戦するは良いが、徳川の兵数はどれ程の数か。山県よ、お主の見立てではどれ程じゃ?」
「拙者の見立てでは、徳川と援軍に来た織田を合わせても一万二千から三千程かと」
「ふむ。我々の半分以下か。そして馬場達の見立てとほぼ同じ。普通に戦えば我が方の勝ちは間違いないであろう。しかし、織田のうつけを倒して上洛する為には兵は一人でも多く残したい」
ここからしばらく信玄は策を考え始めた。そして日も落ちかけた頃、
「うむ。策は決まった!武藤!」
信玄は見張りに立たせていた武藤を呼びつけて
「馬場を始めとした大将達を呼んでまいれ」
「ははっ」
命令を下して大将達を集めさせた。そして全員集まったのを確認すると
「皆、揃ったようじゃな。先ずは徳川の件じゃか、奴らは降らずに我々と戦う事に決まった」
「何と」
「命知らずな」
「自ら死を選ぶとは愚かな」
大将達がざわめいていたが、信玄が手を上げると静かになった
「皆の気持ちも分からんでもないが、一先ず、戦に集中せよ」
「「「ははっっっ」」」
「うむ。では、徳川と援軍の織田を倒す、いや殲滅させる策じゃが、武藤!地図を持ってまいれ」
信玄に言われた武藤は直ぐに地図を持って来て、信玄の前に広げた。そして信玄は大将達に説明を始めた
「良いか!我々が今居る場所は此処じゃ!此処から奴らの居城の浜松城までは半刻もあれば着く。が、此度は城攻めは行わぬ!奴らを叩きのめすには野戦じゃ!だからあえて、城の前を素通りする!そうなれば奴らはどの様な行動を取ると思う?四郎!お主が徳川の立場ならどうする?」
突然指名された勝頼は少し考えた後、
「拙者ならば距離を開けて後ろから攻撃します。例え卑怯者と罵られても勝利しなければならないのですから」
「そうじゃ。それが是が非でも勝たねばならぬ者が追い込まれる心の隙じゃ。しかも、倒さねばならぬ軍勢の数が自身の率いる軍勢と大差ない!と思えば思う程、目の前の敵に飛びつくものじゃ」
「お館様。もしや」
「うむ。我々の軍勢は三万。それを半分に分けて一軍と二軍とし、一軍だけで浜松城の前を素通りする。それに釣られた徳川と織田を挟む様に二軍を出陣させる」
「お館様!その策は二軍の出陣が遅れた場合、一軍が危険なのでは?」
「確かにそうじゃな。しかし、それは何も無い道を進んだ場合の話。一軍が徳川達を釣り出し誘い込む場所はここじゃ!」
そう言って信玄が指差した地名は
「三方ヶ原。でございますか」
「うむ。物見に調べさせたが、此処はまともな道が一つしかなく、周囲を山の様に囲まれておる。一軍は此処まで徳川達を連れて来たら魚鱗の陣を組み、徳川達と戦う。一軍と戦っている時に、二軍からの攻撃を受けた徳川達はまともに戦えぬ!という策じゃ!出陣は明後日とし、今日と明日は体を休めよ!」
「「「ははっっっ」」」
「では、孫六以外は戻って良い」
そう言われて信廉以外は出ていった。残された信廉は
「お館様。拙者は」
「孫六。この場には儂とお主しかし居らぬ。兄と弟として話そうではないか」
「ははっ。では兄上。何故、拙者を残したのですか?」
「うむ。此度の戦、状況次第では儂の生涯最期の戦となるやもしれぬ。もしかしたら戦の最中に気を失い、そのまま逝くかもしれぬ」
「兄上!その様な事は」
「孫六。お主の気持ちは分かるが、そうなってしまった時の為の策をお主に授ける為に残したのじゃ」
「あ、兄上」
「泣くでない。これより先は武田の当主としての万が一の場合の策じゃ!良く聞け!」
「ははっ」
「戦の最中に儂に何か起きた時、お主が儂の名代として采を振え。まず徳川が敗走していたなら四郎達に追撃させよ!恐らく浜松城に逃げるであろう。そこで五日程、攻撃をせずに城を囲ませて、五日目の夜の内に徳川に見つからぬ様、撤退せよ。良いな」
「ははっ!」
「さて、徳川の若造共に恐怖を馳走してやるか」




