信長も匙を投げた家康からの文と松田の到着
天正二十一年(1593年)七月二十六日
武蔵国 某所
場面は少し戻り、家康達が忍城を目指して移動している場面に変わる。源三が先導し、新太郎が殿軍を務める軍勢で、忍城まで残り八里程の距離に入った所から始まる
「忍城まで、残り八里程になりました。本日は此方で野営としましょう」
源三が野営を提案し、家康や於義伊や信包は了承する。信雄は何も言わずに、信包に言われた通りに行動する様になったので、この日は何もなく野営で休んだ
翌日
「三介!貴様、何をほざいておる!!」
移動開始前に、信包の怒声が軍勢へ響き渡る。そんな状況で家康は放ったらかしにするわけにもいかず、
「三十郎殿。何かありましたかな?」
一応、何事かと質問すると、信包は
「徳川様。実は、三介が先陣を切らせてくれと言って来たのです!松田が何処に居るのかも分からない状況では、それは危険だと言って嗜めているのですが、
こ奴は、一切その様な意見を聞かないのです!それで思わず大声が出てしまいました」
「信雄がワガママを言っているから、嗜める為に大声が出た」と説明する。その説明を聞いた家康は信雄に対して
「三介殿。先陣を希望しておるのは、上野国での失策を取り戻す為か?」
先陣を希望する理由を問いただす。家康の質問に信雄は
「それもあります。ですが、それ以上に自らが働かないと、拙者の立場が」
「自分の立場の為に先陣を切る」と家康に言った。それを聞いた家康は
「左様か。ならば、源三殿。松田の軍勢が見えたら、三介殿を先陣にしてくださらぬか?」
源三に三介を先陣にしてくれ。と、頼む。家康からの頼みに源三は
「分かりました。それでは、三介殿の軍勢は拙者の後ろに陣取ってくたされ。松田の軍勢を発見したら、先陣をお譲りしますので」
三介に先陣を譲る事を伝える。こうして、再び出陣し、忍城まで残り三里まで来たところで野営を取った
そこで家康は、今回の移動中の事を文に書き、信包を通じて、信長へ届けた。それが七月二十九日の朝に届き、
信長は六三郎が土木作業に向かい、蘭丸とのやり取りの後に、文を受け取り、目を通す。その内容は
(三郎殿へ。徳川二郎三郎です。三十郎殿経由で、文を送らせてもらいました。此度は、三郎殿の次男の三介殿の事です
上野国の事は知っていると思いますので、説明は省きますが、その三介殿が松田との戦で「先陣を切りたい」と言って来たので、
上野国での失策を取り戻す為かと、問いただすと、三介殿は、「それもあるが、それ以上に自身の立場が」と言って来ました。ここ迄言えば分かるでしょうが、
己の立場を回復させる為の先陣を希望するのでは、討死する可能性が高いですぞ!足軽達の武功を挙げる機会を奪う者には、何を言っても無駄だと判断したので
拙者からは、これ以上は何も言いませぬ。ですが、三郎殿にとっては、大事な息子の一人ですので、一応、伝えておきます)
家康が信雄を見限った内容だった。文に目を通し終えた信長は
「阿呆だと分かっておった。それでも、足軽達の武功を挙げる機会までは奪わないと信じておった。それなのに、それなのに」
気づいたら握り拳になっていて、震えていた。そして、震えが止まると、側に居た蘭丸に
「お蘭。儂は、此度の戦で三介の天運を試す。六三郎の策に三介が巻き込まれて死んだら、それまでの運であったと諦める。もしも生きておったならば、
一万石か二万石の捨扶持を与えて、大人しくさせる。じゃが、六三郎以外の大名達にはこの事を伝えぬ
要らぬ情報で、三介を助けようとして戦の邪魔になっても困るからのう」
三介が生き残るも死ぬも、運に任せる。と言い切った。信長の覚悟を聞いた蘭丸は
「大殿がその様に御決断なされたのであれば、拙者は従うのみです」
信長の覚悟についていくだけだと、答えた。この後、作業が終わった六三郎に信長は、自らの決断を伝えた
そして
天正二十一年(1593年)八月一日
武蔵国 某所
「皆!ついに、忍城が見える位置まで来たぞ!鉢形城からの軍勢に気づかれない様、姿を商人や百姓に扮した状態で移動していたが、もうそれも終わりじゃ!」
松田が、忍城が見える位置まで近づいていた。姿形を変えながら、じっくり移動していたせいで、鉢形城の面々や風魔衆からも発見されない為の、力の入れ具合で
とうとう忍城の見える位置に来ていた。そんな松田は主だった者達が到着するのを確認すると、
「さて、半分以上の者達が到着した様じゃな。それでは確認じゃが。今の所、我々の軍勢はどれ程集まっておる?」
軍勢の集まりを確認していた。松田の質問に家臣は
「現在、我々の軍勢は総勢七千五百のうち、五千が集まっております」
五千人は集まっていると答える。その答えに松田は
「五千か。せめて六千は欲しいな。忍城は堅城じゃから、まともな戦で手に入れる事は不可能じゃ!
だからこそ、何とか戦ではなく平和的に手に入れたい。その為にも、成田家を追い出したいのう」
平和に忍城を手に入れたいと、口では言っているが、実際は数の暴力で手に入れる算段を立てていた。そんな松田に、家臣は
「殿。あの小高い丘の後ろの高い丘ならば、忍城からは姿を隠せるかと。あそこに本陣を構えながら、残りの者達を待つのが良いかと」
六三郎達が土木作業で作った、偽物の丘に本陣を構える事を提案する。その提案に松田は
「それが良いな。今は、無駄な戦は避けたい。うむ、そうしよう。皆、あの高い丘に移動じゃ」
「「「ははっ!」」」
家臣達に移動を命令しながら、動きだした。全てが六三郎の狙い通りに動いている展開だが、実は
(柴田殿。少しばかり、詰めが甘いですな。ですが、我々風魔衆、柴田殿が幻庵様を通して松田の軍勢をかき回してくれとの事なので、お膳立てさせていただきましょう!)
風魔衆の頭領、風魔小太郎が松田の家臣に扮して、松田と軍勢を偽物の丘に移動させていたからだった
北条家の表と裏の両方からの助力がある事を六三郎は知らないが、少しずつ開戦が近づいて来ていた。




