六三郎の無意識に建てたフラグはこれだった
天正二十一年(1593年)七月二十五日
上野国 某所
場面は変わり、家康達が松田の本拠地へ向かっている所から
家康達は信雄の見当違いの布陣のせいで、上野国から武蔵国の道中に居たが、
武蔵国を庭としている北条家の源三と新太郎のおかげで松田の本拠地まで、二里も無い距離まで進んでいた
そんな中で、野営の準備をしていると2人の背後に風魔衆の1人が幻庵からの文を持って来た。その文を受けた源三は、文に目を通すと
「なんとまあ、やはり視野が広いというか、視座が高いというか。話を聞いただけで、そこまで考えが広がるとは」
思わず唸ってしまった。その源三の様子を見た新太郎は
「兄上。見せてもらいますぞ!」
源三から文を奪う。そして文に目を通すと
「こ、これは誠ですか?我々ですら、この事を考えてなかったですぞ。兄上、これは徳川様と尾張守殿に伝えないといけないのでは?」
源三へ、「家康と信包に伝えた方が良いのでは?」と相談する。新太郎の言葉に源三は
「勿論、伝える。だが、ひとつ気になる事がある。高代殿の事じゃ。幻庵翁からの文を読むに、柴田殿は当然として、助五郎もほぼ全軍を率いておる!
つまり、現在の館林城は城を守る人間がほぼ居ない状態じゃ!そんな城に高代殿を置いておくのは不安でしかないのじゃ!
幻庵翁の事じゃから、高代殿の周囲に風魔衆を配置して、あの阿呆の様な不埒者が出ない様に配慮しておるとは思う。じゃが、念の為にその事を書いた文を書く」
館林城と高代の事を心配していた。そして、文を書き出すと、あっという間に描き終えて
「これを幻庵翁へ渡してくれ」
側で待機していた風魔衆へ渡して、受け取った風魔衆は音も無く姿を消した。風魔衆が姿を確認した源三は
「新太郎、徳川様と尾張守殿へこの文を伝えに行くぞ」
「ははっ!」
新太郎を連れて、家康達の元へ向かって文の事を伝えに行く。そして家康、於義伊、信包、ついでの信雄も揃った状態になった事を確認した源三は
「各々方!先程、鉢形城の留守居役を務める幻庵翁から、文が届いたのじゃが、その内容が此度の戦に関する事なので、聞いていただきたい。それでは読み上げますぞ
では。「源三殿、新太郎殿。鉢形城から幻庵じゃが、館林城の助五郎殿から、「もしかしたら松田が本拠地を捨てて、忍城へ向かった可能性を示唆する文が届いた
何でも、最初に柴田六三郎殿が「館林城と同等の堅城は何処か?」と質問して来たので、忍城の事を伝えたら、松田が忍城に行く可能性を示唆して来たそうじゃ
そこで、助五郎殿は柴田殿達を率いて忍城へ向かったとの事じゃ。勿論、源三殿達が攻める松田の本拠地で松田を討ち取ってくれたのであれば、只の杞憂で終わるじゃろう
じゃが、万が一にも松田が忍城へ向かった可能性もあると見て、この文を書いた次第じゃ。先ずは徳川様達と共に、この文の事を相談してくだされ」との事です
各々方。この文の内容が誠かどうかは、明日、松田の屋敷を攻撃してから確認しませぬか?」
源三の提案に家康、於義伊、信包は
「そうじゃな。先ずは攻撃してからじゃな」
「拙者も父上と同じく、一当てしてからが良いかと」
「拙者も同じく」
了承したか、信雄は
「それならば、今から一当て、いや、松田の領地を燃やして」
夜中にも関わらず、総攻撃をやろうと提案したが、信包は
「三介!これで松田が忍城へ向かっておったら、無駄骨になるのじゃぞ!兵達も疲れておるのじゃ!今日は休むと徳川様も北条家のお二人も納得したのじゃから、今日は休め!良いな!?」
「休むと決まったのだから、余計な事をするな!」と叱責した。叱責された信雄は
「分かりました」
仕方ない感じを出しながら了承した。
こうして、反応が無ければ、忍城へ向かう事に決定したので、この日はそのまま休息を取る事にした
翌日
「かかれええ!」
「「「「おおお!」」」」
「織田家も負けるな!かかれえ!」
「「「「うおおお!」」」」
「徳川家も暴れて来い!」
「おおお!」
「於義伊様の初陣じゃあ!」
「派手に行こうぞ!」
「「「おおお!」」」
休息充分の三家は、松田の領地に攻め込み、砦や屋敷を壊していった。しかし、全く反応は無かったので、源三も新太郎も家康も信包も、そして於義伊も
「「「「「忍城に行ったな」」」」」
と、決断した。そして源三か
「徳川様!尾張守殿!拙者が忍城へ先導しますので、ついて来てくだされ!」
と、呼びかけ、新太郎は
「殿軍は拙者が請け負います。ささ、急ぎましょう!」
殿軍に回る。こうして、鉢形城の軍勢も忍城へ向かう事になったが、その道中で家康は於義伊に
「於義伊よ、六三郎殿の見事な策は、今のところお主の兄の三郎しか見ておらぬが、
今や日の本随一とも言われる武将となった六三郎の鬼手、しかと見ておけ、今後の武将としての人生に良い経験になるぞ!それこそ、六三郎殿の一挙手一投足を見ておけ!」
六三郎をしっかりと見ておけ。と、伝える。その言葉に於義伊は
「はい!六三郎様の動きをしっかり見て、更に武将としての高みを目指します!」
家康が喜ぶ言葉を伝える。しかし、戦場でもあるので家康は
「うむ。気をつけて見よ」
と、当たり障りの無い言葉を使うが、内心
(全く、元服前じゃから子供扱いしそうになるが、しっかりと大人になっておるな。これならば、此度の戦が終わって、元服と領地の事を伝えて、六三郎殿に嫁取りを頼んでみるか)
嬉しい親心が隠せなくなっていた。そんな徳川家の後ろを走っていた織田家の中で足軽達は
「とうとう柴田の鬼若子殿と同じ戦場に立てるのか!」
「どれ程、見事な策を繰り出すのか楽しみじゃな!」
「松田とやらも気の毒に」
「今や、日の本随一の武将とも言われておるからのう!」
まだ戦ってないのにも関わらず、六三郎へのハードルと松田への気の毒感が溢れていた。その中で信雄は、
(何が日の本随一の武将じゃ!武功を独占しようとしておる、只の愚か者ではないか!もっと早く儂達に松田の事を伝えておけば、儂が叱責される事も無かったのに!
どうにかして、柴田六三郎に恥をかかせてやれぬか!?あ奴のせいで、儂は!儂は!)
見当違いの布陣で叱責された事への恨みを、六三郎にぶつけようと考えていた。




