信長が居る理由を聞いた氏政は
天正二十一年(1593年)二月十三日
相模国 小田原城
場面は少し戻り、鉢形城に家康達が到着した数日後、信包達が出陣した数時間後から始まる
「大殿!織田家の食糧を運んで来た者達の代表者が、大殿へ挨拶をしたいと申しておりますが、如何なさいますか?」
家臣の言葉を聞いた氏政は
「ほう。織田家が出陣の後に到着するとは、何か狙いでもあるのかのう?まあ良い。連れて参れ」
織田家が何か狙っているのではないのか?と疑うが、とりあえず、大広間に来てもらう事にした
そして、その代表者が大広間に到着すると、氏政は
「おや?代表者のそなたの顔、何処かで見た様な」
代表者の顔を見て、何処かで見た事ある様な顔だと思い出そうとする。しかし、思い出せないので、
「済まぬ!督を呼んでくれ」
督姫から教えてもらう為に、呼び出す。呼び出された督姫は
「義父上、一体、どう、な、さ」
襖を開けた途端、代表者に平伏した。督姫の様子を見た氏政は
「お、おい!督、一体どうしたのじゃ?儂は、此方の織田家の食糧を運んで来た代表者の名を知りたいから、お主を呼んだのじゃぞ?説明せい」
督姫に説明を求める。説明を求められた督姫は、
「義父上!此方のお方は、数日前に小田原城に来ていた織田尾張守様の兄で、織田三介様の父でもある、織田右府様です!
私は幼い頃に、父上の伝手で、何度か会った事があるから、顔を覚えております!間違いありません!」
「は、はあああ?右、右府殿じゃと!ま、誠に右府殿なのですか?」
督姫の言葉に、氏政は恐る恐る質問すると、
「ふっ。流石じゃな督姫殿!親父である二郎三郎と同じく、しっかりと人の顔を覚えておるな!
そして、北条相模守殿、お初にお目にかかる!織田右府三郎じゃ!弟の三十郎は大丈夫じゃろうが、愚息の三介は、無礼を働かなかったか?」
ドッキリが成功して、とても嬉しそうな笑顔で信長が挨拶した。信長本人である事が分かった瞬間、
大広間に居た北条家の人間全員が、平伏した。氏政に至っては
「右府殿!是非とも上座へ!」
信長へ上座を譲って、下座へ移動しようとしていた。しかし信長は
「相模守殿。織田家と北条家は同盟関係じゃ。ならば、上座や下座などなく、向かい合っての話し合いと行こう。此度、儂が来た理由も伝えておきたいからのう」
「は、ははっ」
「上座や下座は無しで話し合おう」と言われて、氏政も了承する。そして、信長と氏政は左右に分かれてから、話し合いを開始する
「それでは右府殿。此度、右府殿は、弟である尾張守殿に大将を任せているのに、何故出陣なされているのですか?教えてくだされ」
氏政から、「何故、今回出陣しているのに、大将じゃないんだ?」と質問された信長は
「相模守殿。その質問に答える前に、儂の弟と愚息を見た感想を答えてくれぬか?正直に言ってくだされ」
「信包と信雄を見た感想を答えてくれ」と頼む。信長の強すぎる圧に氏政は
「それ程に求めるのであれば、正直に答えましょう。先ず、尾張守殿は右府殿の弟でなくとも、出世して織田家の重臣になれる程、良き武将ですな
ですが、三介殿は、我慢の出来ないと言いますか、腹芸が出来ないと言いますか、その」
信包の事はすらすらと話せたが、信雄の事となると、口ごもる。そんな氏政の様子を見て、信長は
「相模守殿。遠慮は要らぬ。言いにくいのであれば、儂が代わりに言ってやろう!「武将として凡庸以下!」であろう?」
自身から見て信雄の評価を氏政に伝える。それを聞いた氏政は
「その通りです。この小田原城に来た織田家の武将は、尾張藩殿、柴田播磨守殿、そして三介殿の三人ですが、尾張守殿、播磨守殿と比べますと、かなり」
信包と六三郎と比べると、信雄の武将としての能力はかなり低い。と断言する
氏政の言葉を聞いた信長は
「やはりか」
納得した様な言葉を口にする。その言葉に氏政は
「右府殿。もしや、右府殿自身も、三介殿をその様に見ているのですか?」
信長に質問する。質問された信長は
「その通りじゃ!何度も何度も、何度も人並みな武将になってもらおうと出陣させ、
軍略の才有る者に指導させ、精神を磨く為に、寺の僧侶の元で学ばせたりもした!それでも、癇癪を起こして、
やらずとも良い戦を起こし、やらずとも良い突撃を命令して、家臣を討死させたりもした!更には、内政でも家臣に命令するだけで、家臣や領民の声など聞かぬ
息子の一人でなければ、即刻斬首に処したい!だが、織田家の天下が定まった時、三介が不穏分子になられても困る!
だからこそ、此度の出陣で武功を一つでも挙げたのであれば、他の者からも侮られないと思ったのじゃが、初対面の相模守殿から見ても、その様な評価か」
自身がこれまで信雄にやって来た事と、信雄になって欲しい未来像を氏政に語る。そこから更に
「それにのう、相模守殿。三介の奴がやる事なす事が悉く周囲に迷惑をかけている事を、一部の者達から
「三介殿のなさる事」と言われておるのじゃか、これはどれだけ悔しくとも、三介が戦か内政で黙らせるしかないのじゃが
相模守殿、柴田六三郎を目の前で見たのであれば、どの様に感じたのか、正直に言ってくれぬか?」
信雄が一部の家臣に馬鹿にされている事を話す。そこから、六三郎の評価を氏政に聞くと、氏政は
「柴田殿ですか。基本的には穏やかな為人に見えましたな、それなのに甲斐国の復興では、およそ一万人を使いこなす見事な才があり、
それが戦にも用いられているのは、倅を通じて耳にしております。もしや右府殿?それを三介殿に求めているのですか?」
六三郎の評価を信長に伝えると、「三介に六三郎の様になる事を求めているのか?」と質問し、信長は
「いや、もはや三十代の三介では無理じゃ。六三郎のあの才は、幼い頃から父親の領地の領民達と共に猪や鹿を狩るなどで、鍛えられて来たのじゃからな
儂もそこは諦めておる。だが、やはりこれから織田家が天下統一を成し遂げた時、中枢に居ても問題無い人間である事を示してもらいたいのじゃ
親バカともバカ親とも蔑まれても良い。改めてじゃが、相模守殿。此度、儂が出陣した理由は、三介が気になったからじゃ!
後ろから三介を見張る為に、食糧を運ぶ者達の中に隠れておる!済まぬが、この事は他言無用でお願いしますぞ!」
「は、ははっ!」
信長は今回の出陣理由を話して、氏政に内緒にしてもらう様に頼むと、食糧を運ぶ軍勢の中に戻った。




