弟は不安を抱き、息子は憎悪を抱く
天正二十年(1592年)十一月二十日
尾張国 織田三十郎屋敷
信長が信包への文を書いて、家臣へ渡してから約3週間。家臣がかなり頑張ってくれたので、文が信包に届けられていた
「殿!右府様からの文でございます!」
「兄上からじゃと?何か起きたのじゃろうな。どれ、見せてみよ」
信包は家臣から文を受け取り、目を通すと
「これは、皆に知らせねばなるまい。済まぬが、主だった者達を大広間に集めてくれ。それから、三介もじゃ」
家臣に主だった者達と信雄を大広間に連れて来る様に命じる。命じられた家臣は
「三介様も、ですか。分かりました」
驚きながらも、言われた通りに大広間に信雄達を集めた。そして、全員が集まった所に信包も到着すると
「三介!そして皆!いきなり呼び出して済まぬな!実は、安土城の右府様より出陣命令がくだされた。その内容を今から読み上げるから、聞いてくれ。では
「三十郎!息災か?まあ、お主は儂以上に酒を呑まない男じゃから、息災だと思うが、身体には気をつけよ!それでは本題に入るが、
実は織田家と同名関係者にある、関東の北条家に家臣の謀反が起きた。ただの家臣の謀反ならば、北条家内部で片付けてもらうが、此度の謀反はそうも行かぬ
何故ならば、謀反を起こした阿呆が、北条家が武田家に割譲した土地に攻め込む事が濃厚だからじゃ!
現在、この阿呆の軍勢を柴田家六三郎が約九千の軍勢で追いかけておるが、敵の軍勢は五千で進軍しておるが、
征圧した土地を増やしていけば、六三郎達の軍勢より多くなっていると見て良い。だからこそ、三十郎よ
お主は軍勢を連れて六三郎達に合流せよ!北条家の領地じゃ。同盟関係と言えど、一応挨拶をしておけ!
それから三介!お主も此度の戦に出陣せよ!先に言っておくが、敵の頸を取らなくても武功になるのじゃから、無理に頸を取ろうと考えるでないぞ?
それと、この件では徳川家も動いていると見て良い。だからと言ってはなんじゃが、戦場で合流した際は、三十郎が名代として挨拶しておいてくれ!」との事じゃ。そう言う事じゃから、皆。出陣準備をしてくれ」
信包が文を読み終えると、
「うおおお!」
「遂に鬼若子殿と同じ戦場じゃあ!」
「どの様な策を繰り出すのか、今から楽しみじゃあ!」
家臣達はとても盛り上がっていた。そんな家臣達に信包は
「盛り上がるのも良いが、出陣準備に取り掛かってくれ。ほれ、急げ」
「「「「ははっ!」」」」
家臣達を少し嗜める。家臣達も落ち着くと
「出陣じゃあ!」
「おおお!」
「次の戦場は関東じゃあ!」
出陣準備の為、大広間を次々と出て行く。家臣全員出て行った事を確認すると、信包は
「三介。お主もじゃ。出陣準備に取り掛かってくれ」
信雄にも出陣準備を促す。信雄は
「分かりました」
抑揚の無い声で返事をして、大広間を出て行く。信雄が出て行った事を確認した信包は、大広間に1人だけになった状態で、
信長から送られて来たもう1つの文を開いて目を通す。通し終えた信包は
「兄上。三介はもう三十代半ばですぞ?そこまで目を光らせないといけない童ではないのに、まだ手をかけるのですか?
此処で儂と過ごしていても、為人に殆ど変化を感じないのですから、もう改善は無理だと思いますぞ?」
信長の書いた文にため息が出ていた。信雄に対しての内容の様だったが、信包は
(「今から武功を挙げさせて、自信を付けさせてやってくれ。儂は兵糧を運ぶ船に乗って、お主達の側て見張っておく。
だから、三介をなんとかしてくれ」とは、いくらなんでも、兄上も人が甘いのう。それが兄上の魅力でもあるとはいえ、仕方ない。なんとか、やれるだけやろう)
信長のリクエストをどうにかしないといけないと、頭を悩ませていた。父と叔父から、そんな感じで思われている事を知らない信雄は部屋への廊下を歩きながら
(何故に儂が、家臣が率いる軍勢の援軍に行かぬとならぬのじゃ!しかも、あの柴田六三郎への援軍じゃと!ふざけるな!
父上も何故、たかが家臣からの要請を聞き入れておるのじゃ!家臣が主君に要請するなど、無礼ではないか!気に食わん!何が柴田の鬼若子じゃ!
たまたま戦に連続で勝っているだけではないか!それだけなのに、戦の天才かの様に持て囃されおって!
しかも、嫁が正室と側室合わせて五人も居るそうではないか!何故、儂に縁談が来ない!儂は織田右府の次男じゃぞ!
織田家が天下統一をした時、間違いなく中枢に居るべき人間なのだぞ!それなのに!それなのに!儂よりも劣る三七が嫁を娶り、源三郎が嫁を娶っておる
それもこれも、柴田六三郎が関わったからではないか!儂が不遇な扱いを受けているのは、あ奴が居るからじゃ!こうなったら此度の戦で、あ奴の軍勢に何もさせずに武功を独占してやる!
それで、儂が有能である事を示し、柴田家の領地の全てを奪ってやる!家臣の倅が調子に乗った事を後悔させてやる!
儂が!儂の方が!有能なのじゃ!大領を持つに相応しいのは儂なのじゃ!)
六三郎が手に入れた全てが気に食わない程の憎悪を、胸の中で燃やしていた
そんな状態でも出陣準備は進んで行く。




