疲れ果てて腹は減る北条家と、諸将が大集合する柴田家
大広間に飯が運び込まれる、自らも到着すると、幻庵は驚愕した。大広間の襖が全て取り払われて、城主の新太郎や源三だけでなく、女中や家臣達までもが、
ほぼ全員、大広間に待機していた。その様子を見て固まっている幻庵に新太郎は
「幻庵翁、良くぞ来てくださった!ささ、こちらで昼飯と行きましょう!柴田殿の作る飯は、誠に美味いですぞ!」
幻庵の席を指定して、昼飯にしようと促す。幻庵もとりあえず座って、食事を取る事にしたが
「柴田様の作る飯は、やはり美味い!」
「雉の肉に一手間かけるだけで、これ程の美味な物になるとは!」
「宇治丸が、これ程美味いのであれば、ぶつ切りや煮込みはもう食えぬ!」
合同訓練に参加してない新太郎の家臣と、源三の家臣は、喋りながら食べるという、通常ならば行儀が悪いと嗜められる食事作法だが、新太郎も源三も注意しない
一方で、合同訓練に参加した若者達は
「ああ、何と美味い上に、疲れが取れる食事じゃ」
「身体に、染み渡るようじゃ」
「汁物までもが、別格で美味い」
疲労回復に効果抜群な料理を、しみじみと味わっていた。この、あまりにも異質な食事風景を見た幻庵は食事が終わり、大広間に自身と新太郎と源三だけが残った状態になると
「新太郎殿、源三殿。あの行儀作法のなっていない食事は、毎日やっておるのですか?だとしたら」
幻庵が少しばかり、注意しようとすると、新太郎から
「幻庵翁。この大人数での食事は十日に一回だけじゃ。それも柴田殿が来てから、提案したのじゃ」
「これは、六三郎の提案だよ」と言われる。それを聞いた、幻庵は
「誰も止めようとは言わないのですか?」
遠回しに止める様に言うが、新太郎は
「一回やって見て、不評ならば止めるつもりだったのじゃが、斬新で楽しくてのう。何より嫁も子供達も楽しんでおるし、
皆が目の前で食べるから毒味も兼ねておる!まあ、儂も皆も一番喜んでおる理由は、美味い飯を温かい状態で食えておる事じゃな!幻庵翁も、此度の飯は誠に美味かったであろう?」
大人数での食事のメリットを幻庵に伝える。幻庵は
「確かに美味かったですし、奥方殿やお子達が楽しそうであった事や、斬新である事は間違いないですが」
新太郎の言葉に、納得を示す。それを見て新太郎が
「そうであろう?それに、柴田殿曰く、「美味い飯は皆で食べたら会話も弾み、更に美味い飯になる。それに、食事が楽しければ、
子供は飯を沢山食べる様になる!」との事じゃ。実際、光福丸と庄三郎は、以前よりも飯を食う様になったからのう、儂も兄上も、特に不満は無いから、
幻庵翁も、鉢形城に居る間だけでも、仕方ないと諦めてくだされ」
「子供達が以前より食べる様になったから、不満は無い!だから、城に居る間は諦めてくれ!」
幻庵に伝える。話を聞いた幻庵は
「分かりました。この年寄りも、この暮らしに慣れる様に頑張りましょう」
小言を言うのを諦めた。そんな幻庵に新太郎と源三は
「「幻庵翁、忝い!」」
そう言いながら、頭を下げた。こうして、源三の子供が産まれる為の不安要素が取り除かれ、来たる日の為に一丸となっていく
一方その頃、因幡国の柴田家では
天正二十年(1592年)五月一日
因幡国 柴田家屋敷
「慶之助!しっかりと越前守様の元で学んでおる様じゃな!父は嬉しいぞ!」
「父上。久しぶりの再会は、拙者も嬉しいですが、越前守様だけでなく、叔父上も居るのですから」
「まったくじゃ!慶次郎!慶之助にその様な事を言わすでない!それに、此度は慶之助に会う為だけに親父殿の屋敷に来たわけではないのじゃぞ!」
「分かっております。それでは、改めて越前守様。此度、播磨国切り取りという大戦に、拙者を与力として御指名いただいた事、誠にありがとうございます!」
前田家の問題児の慶次郎が、息子の慶之助との再会に頬を緩めている所を、利家に注意されてから、勝家に挨拶をしている所だった
そんな慶次郎と利家に、勝家は
「まったく、以前会った時と慶次郎は変わらぬな。だが、その様な人間が家中に一人くらい居ても良いと儂は思うぞ」
慶次郎のかぶき者っぷりを咎めなかった。そんな勝家に利家が
「親父殿。こ奴は、四十歳を超えているだけでなく、子供も居る親なのですから、その様な事を言っては」
慶次郎のかぶき者を褒めない様に頼むが、勝家は
「又左よ。慶次郎がこの場に居るのは、お主が課した蟄居を守ったからであろう?それを見ていたお主も、今ならば蟄居を解いても良いと判断したのではないのか?」
利家に、「もう許しても良いかも?と思っているんだろ?」と、聞く。聞かれた利家は
「それは、此度の戦の武功次第です」
「武功次第」だと答える。そんな利家に対して勝家は
「それならば、深くは聞かないが。又左よ、念の為に聞いておくが、お主まで播磨国切り取りに参加するつもりか?」
「お前も出陣するのか?」と質問し、利家も
「はい!もしかしたら、これが親父殿の誠の、最期の戦になるかもしれぬと思ったら、居ても立ってもいられませぬ!それに、此度、こちらに来たのは拙者だけではありませぬぞ!」
勝家の本当の意味での最期の戦になるかもしれないから来た。と答え、更に、参加者は自分だけではない事も伝える
勝家がそれを聞いて、間もなく
「大殿!佐々越中守様が参られました!」
「大殿!明智日向守様と尼子出雲守様が参られました!」
佐々成政、明智光秀、尼子勝久の3人が柴田家に到着した事が伝えられると、更に
「大殿!右府様が参られました!」
信長まで到着したと伝えられる。それを聞いた勝家は
「儂は、此度の戦では、やる事は無いかもしれぬな」
播磨国切り取りでは、置物で終わる可能性を示唆していた。




