愚か者が主家乗っ取りの為に動き出す頃、六三郎も動く
天正十九年(1591年)二月二十日
下野国 某所
「宇都宮殿!此度は、拙者の話を聞く機会を設けていただき、誠に忝い!」
北条一門の面々に、要求を断られ続けた松田は、この日、下野国の宇都宮家の居城、宇都宮城に来て、宇都宮家当主、宇都宮弥三郎国綱に会っていた
その理由は
「宇都宮殿!此度、拙者が居城に来た理由ですが、実は、北条家が弱体化している事を伝える為にございます!拙者は、先先代から北条家に仕えておりましたが
今の北条家では、関東一円を治めるなど不可能です!なので、宇都宮殿が打倒北条の旗頭になっていただきたく存じます!」
主家の北条家を攻める為に、宇都宮家を動かす為だった。その話を聞いた国綱は
「いやいや、松田殿。いきなり何を言うかと思えば。確かに、宇都宮家は北条との関係性は良くない。だが、それでも戦をするには大義名分が必要である事は
分かっているであろう?それも無しに、いきなり打倒北条の旗頭になってくれと言われてものう。それにじゃ松田殿、万が一にも北条を倒せたとしても
北条の領地を、どの様に振り分けるのじゃ?はっきり言って、我が宇都宮家は下野国を治めるので精一杯じゃぞ!
それに、そもそも何故、この話を宇都宮家に持って来た?北条と戦っていくのであれば、安房里見家と常陸佐竹家のどちらかを動かせば、石高が多い事もあって、北条と争える大軍になると思うのじゃが?」
「石高的な事を考えたなら、里見家か佐竹家は宇都宮家よりも多いからそこに話を持っていけば良いだろ!」
と、松田に伝える。それを聞いた松田は
「宇都宮殿。一つずつ説明します。先ず、北条家はこれから織田家と同盟を結びます。その際に、上野国の南側半国を、北条家当主の倅の愚行のせいで、
甲斐武田家に割譲する事になりました。それを不服であると、大義名分として立ち上がるのです!勿論、拙者も参戦します!
次に北条家との戦に勝利した暁の領地配分ですが、実は、拙者の娘が北条家当主に側室として嫁ぎ、拙者の孫である男児を産んでおります
なので、その孫を新たな北条家当主に据えて、北条家の領地は相模国と上野国のみで構いませ!残る国は宇都宮殿を始めとした方々で分け合ってくだされ」
具体的に計画内容を話す。それを聞いた国綱は
「成程、ようは北条家を乗っ取りたい。そう言う事じゃな」
嫌味ったらしく、返答するが、松田は
「いやいや、その様な大それた事など考えておりませぬ。あくまでも弱腰の北条家を建て直したい!それだけなのです」
主家乗っ取りの為ではないと主張する。主張を聞いた国綱は
「分かった分かった。前向きに考えておく。それでよろしいかな?」
面倒くさいと感じたのか、「前向きに考えておく」とだけ返答する。それを聞いた松田は
「何卒、よろしくお願いします」
と、返事をして、宇都宮城を出て行った。
天正十九年(1591年)四月十五日
下総国 某所
「結城殿!此度は、拙者の話を聞く機会を設けていただき、忝い!」
宇都宮国綱の次に、松田が声をかけるのは、里見家と佐竹家の中間くらいに位置する、下総国の結城家当主の、結城七郎晴朝だった
史実では、徳川家康の次男の於義伊が秀吉の元へ養子という名目の人質になって、元服して「秀康」となった後、実子が産まれた秀吉が厄介払いの様な形で、
結城家へ養子に出した時の養父である。この世界線では、信長も信忠も生きていて、秀吉も織田家家臣のままで、於義伊に至っては元服すらまだなので、
結城家は晴朝が当主のままだが、宇都宮家から国綱の弟が養子に入り、「朝勝」の名で、嫡男として鍛えられている
そんな結城家に来た松田は、
「結城殿!拙者と共に、北条家を打倒しませぬか?」
目的を包み隠さずに話す。いきなりの内容に晴朝は
「松田殿。貴殿は、北条家の家臣であろう?何を世迷言を言っておるのじゃ?」
松田が冗談を言っているのだと思い、受け流す。しかし松田は、宇都宮国綱に話した内容を、晴朝にも話すと、晴朝は
「言っている意味は分からんでもないが、松田殿よ、儂は半分隠居しておる様なものじゃぞ?そんな年寄りに頼むよりは、嫡男の七郎に話した方が早いと思うのじゃが」
「自分じゃなくて、倅に話せ」と、遠回しに伝えるが、松田は
「いえ!半分隠居しているとはいえ、結城殿が実権を握っている以上、結城殿に決断していただきたく!」
「参加は自身が決めてくれ!」と、晴朝に強く願う!松田の様子に晴朝は
「とりあえず、主だった者達と話をしてから決める。返答はそれからとさせていただく」
「重臣達と話し合ってから決めるから、今日は帰れ!」と、遠回しに松田に伝える。松田は
「良い返答を期待しております」
と、伝えて領地に戻って行った。北条家との関係性が良くない家が、北条家との戦に臨むのか、松田の愚行のせいで、関東に良からぬ空気が漂い始めていた
一方、関東がそんな状況になっている事を知らない六三郎達はと言うと、
「六三郎殿!右府様から六三郎殿宛に文が届いておりますぞ!読んでくだされ」
「分かりました。では、「六三郎!お主達が作ったワインじゃが、見事に百樽全て、完売したぞ!しかも、前年の物より上質であるとの事で、一樽三貫で売れたぞ!
これも、お主達が甲斐国にある物でどうにかしようと試行錯誤した結果じゃ!褒めてつかわす!そして、樽を護送して来た玄蕃から話を聞いたが、
次は桃を使った酒作りに挑戦しておるそうじゃな?完成した暁には、また味見の為に五樽、安土城へ送る様に!
そして、ここからが本題じゃ!ワインの樽に余裕があれば、で良いが、ある場合は、北条家の居城の小田原城へワインの樽をいくつか贈呈してやってくれ
同盟締結をしたのじゃ、少しばかり、織田家も優しい所を見せてやらぬとな!徳川家には儂から既に贈呈しておる!だから、何も気にせず、北条家への使者として
ワインを贈呈せよ。その際、北条家の面々と顔馴染みくらいにはなっておけ!」と、ありますな。これは北条家へ行くしかないでしょうな」
「六三郎殿、過度な働きをさせてしまい、申し訳ありませぬ」
「虎次郎様。大殿は恐らく、甲斐国は池田様が居るから大丈夫と判断したのでしょう。とりあえず赤備え全員を連れて、ワインを贈呈して来ます」
「出来るかぎり、早く戻る事を願っております」
六三郎は平静を装って、虎次郎と話していたが、内心
(チクショー!これで3回目の出張先からの出張が確定したよ!こうなったら、ワイン樽を少し多めにくれて、ベロンベロンに酔ってもらって、その隙に帰ろう!俺にはまだ仕事があるんだぞ!)
仕事を中断しないといけない事と、出張先からの出張に、怒りと嫌気が出ていた。




