盗人の正体が予想の斜め上過ぎて
先程の物々しい声がどんどん大広間に近づいて来て、遂に到着すると
「「柴田様!葡萄畑に居た盗人達のうち、一人の小童を捕縛しました!」」
小太郎くんと左衛門尉くんが言うには、葡萄畑に窃盗団が居て、その中の1人の子供を捕まえたらしいが、
「さっさと儂を離せ!」
うん。口は悪くないけど、自分が窃盗犯の1人である事を分かってないのか、認めたくないのか、解放しろと喚いているけど
ここは武田家の領国だから、俺が沙汰を下す訳にはいかない。虎次郎くんが決める事だから、とりあえず
「小太郎、左衛門尉。よくぞ捕縛した。感謝する」
お礼を言っておこう。本来なら、もう実家に帰っても良いのに、まだ甲斐国で働いてくれるんだからね
それじゃあ、虎次郎くんに任せるとするか
「虎次郎様。武田家当主として、この者の沙汰を決めてくだされ」
俺がそう言うと、虎次郎くんが何かしらを言う前に、盗人小僧が
「何じゃ!そこの上座に座っている小童が。武田家の当主か!儂の実家の北条家と戦になっても、間違いなく北条家の勝ちじゃな!」
事もあろうに、北条家の人間だと言って来やがった。これは、あれだな。俺達で対処出来ない!いや、対処してはいけない案件だな
俺は勿論、武田家家臣の皆さんも、そして虎次郎くんも。それを分かっているから、沙汰が出てこない
盗人小僧はそれを、俺達が北条家の家名にビビったと勘違いしたのか。
「何じゃ!甲斐の虎と言われた信玄公の血筋の者とは思えぬ情けなさじゃな!その様に怖気付くならば、さっさと拙者を解放せよ!」
と、喚き散らしている。うん、面倒くさいけど、この窃盗小僧、いやクソガキ本人と親の名前でも聞いておくか
「そうかそうか!だが、自称北条家の若君が窃盗をしているのだから、簡単に信用出来ぬな!」
「何じゃと!儂を疑っておるのか!?」
「当然じゃ!何処の武士の子供が、盗人なんぞやるのじゃ?しかも、親の領地ではない他人の領地で、しかも、親の家臣でもない他家の領地で!
そんな人間が、北条家の人間とはのう。とても信じられぬな!まったく、親の顔と名前が知りたいわ!」
俺がそこまで言うと、クソガキは
「そこまで言うのであれば、教えてやろう!儂の父は、北条家当主の北条左京大夫で、母は徳川権右近衛少将の娘じゃ!
儂はその二人の間に産まれた次男の、北条新次郎じゃ!儂の素性が分かったのじゃから、早く解放せんか!」
両親と自分の自己紹介をしたんだけど、おいおいマジかよ!北条家当主の次男坊とか、予想の斜め上なんだが?
俺の予想だと、良くて北条家の一門の子供くらいだったんだけど、まさかの後継者候補かあ
俺がそんな事を考えていると、虎次郎くんが
「のう、北条新次郎とやら。お主は今年で何歳じゃ?」
クソガキの年齢を聞いている。クソガキは
「はあ?何でそんな事を答えないと」
答えを拒否しようとするけど、虎次郎くんは
「良いから答えよ。今年で何歳じゃ?」
少しばかり、ドスのきいた声を出す。その迫力に負けたクソガキは
「儂は今年で九歳じゃ!それが何かあるのか?」
年齢を答えながら、悪態をつく、そのクソガキに虎次郎くんは
「そうか、今年で九歳か。九歳で他国の物を盗んで平気な顔とは。お主の両親は予想以上に、お主を甘やかしたのじゃな」
そう言いながら、憐みの目でクソガキを見る。クソガキもバカにされたと感じた様で
「何じゃ!儂の父上と母上を愚弄しておるのか!?儂の父は、関東二百万石を治める北条家当主じゃぞ!」
と、今だに「自分の親父は凄いんだぞ!」とアピールしている。それを聞いた虎次郎くんは
「ふっ。何かあれば、「自分の父は北条家当主」しか言えぬか。まったくもって、おめでたいのう!父親や祖父、更にその上の世代が
命懸けで戦って得た領地や立場を、さも自らが頑張って得た様に振る舞うとは」
狙っているのか、無自覚なのか、クソガキを煽る。煽られたクソガキは
「貴様!何を言いたい!織田に膝を折り、領地も失い、甲斐武田家なんぞ、北条家の敵ではないぞ!」
この状況で、武田家自体をバカにする。そのせいで、家臣の皆さんが全員、殺気立つ。それを虎次郎くんは
「皆!北条との戦は必ず来る!その時は今ではない!来たるべき戦の為に、矛を収めよ」
見事な言葉で抑える。そして、
「おい、北条新次郎とやら。お主やお主の仲間が甲斐国へ侵入して、窃盗を働いた事が北条家と織田家の戦の狼煙になるのは間違いない!そこを分かっておるか?」
クソガキに「お前達の行動が、戦のきっかけになるぞ!」と伝えるも、クソガキは
「そ、そんな事、ある訳無かろう!たかだか食い物を盗んだだけで!」
と、宣うが、虎次郎くんは
「甲斐国は勿論、他国でも食い物は貴重じゃ!その貴重な食い物を盗んだお主達の言葉なぞ、聞く耳持たぬ!!ここでお主を斬首しても儂は一向に構わぬ!
だがな、織田家にお主の事を伝えて、沙汰を聞いてからでも遅くはないからのう。とりあえず、お主は牢屋に入れておくに留めておくとしよう!この者を牢屋へ連れて行け!」
「「ははっ!」」
クソガキの恐怖心を煽るだけ煽ってから、牢屋へ連れて行った。これは戦の準備をしながら、殿と大殿へワイン入りの樽と、この事を書いた文を送ってから、対処をお願いした方が早いだろうな。




