愚か者は来ない援軍を待った結果
天正十七年(1589年)六月一日
越後国 五十公野城
「遅い!おい!誠に出羽国の最上家が味方になると言っておったのか?」
大声を出しているのは、これから六三郎達の元へ出陣予定の新発田重家。その矛先は、家臣に扮した風魔の者である。言われた風魔は
(他国の軍勢を勝手に領地に入らせては、死罪を言い渡されても仕方ないのにも関わらず、主君の目の届かない領地だからと言って、この様な愚行を犯し、
更には、絶対に来ない援軍を待つとは、この男、己の欲望を優先する阿呆なだけでなく、主家を裏切る事を何とも思わぬ愚か者ではないか)
内心、重家をバカにしていたが、仕事はしっかりとこなす様で
「ははっ!拙者の手の者を、最上家の陪臣に潜ませていたところ、最上家は新たな領地獲得の為、越後国の一部を奪う計画を北条家へ提案し、協力要請を行ない
北条家も了承したとの事。その中で、他に協力してくれる軍勢が居たら、越後守様を追放し、越後国を奪ってしまおう。と、最上家に提案したとの事です
そこで、最上家と北条家の両家が、殿の元へ到着したら、更に細かい部分を話し合いたい。と、仰っていたとの事です」
頭が冷静だったら、「いや、そんなわけ無いだろ!お前は何を言っているんだ?」と言う内容でも、この時の重家は、冷静さの欠片も無かったので、
「なんと壮大な計画か!そうじゃ!織田の女子の色香に拐かされた男が越後国を統治するなど納得出来ぬ!もはや、その様な男を主君とは認めぬ!
分かった!最上家と北条家の到着を待とうではないか!どうせ、揚北の情報など届いておらぬ!儂が軍勢を動かす準備をしておる事など、知る由もあるまい!」
お花畑全開の妄想が、頭の中に広がっていた。その結果、
「よし!最上家と北条家が援軍となってくれかのであれば、織田も武田も上杉も鎧袖一触じゃ!無理して儂達だけで動かずに、合流を待とうではないか!」
領地で待機する事を選ぶ。その決断に風魔は
(やはり、この男は阿呆で愚か者じゃな。まあ、頭に血が昇っていなくても、この男ならば同じ決断をしたじゃろうな)
改めて内心で重家をバカにしつつ、
「ははっ!皆に、そう伝えてまいります」
「うむ!よろしく頼む」
忠実な家臣を演じていた。そして、家臣達には
「殿より、「援軍が来るまでは待機しておいてくれ」との事です」
「何じゃそりゃ?誠に援軍なんぞ来るのか?」
「殿曰く、「援軍の協力を取り付けた。との事で、到着したら、驚かせてやるから、何も聞かずに待機しておけ」との事で、拙者もそれ以上は」
「殿を側で支えている風間殿にも言わないのであれば、待機するしかないか。分かった」
「忝い。それでは、他の方へも説明して来ます」
虚偽の説明を繰り返し、それを信じたほぼ全員の家臣が、自らの領地へ戻ってしまい、五十公野城の中の人間は
女中と料理人以外は、門番担当の足軽達と重家と風魔だけになった。足軽達は、大将格の面々が続々帰っていく事を不審に思い、重家に報告しようおするが、
「拙者から、殿へ伝えておきます」
と、風魔に握り潰された。そんな丸裸で無防備状態の五十公野城で重家が無駄に時間を過ごす事、17日目
天正十七年(1589年)六月十八日
越後国 五十公野城
「殿!北条家から最初の兵として、二百人が派遣されて来ました!」
「おお!良くぞ参られた!主君の北条様の到着はいつ頃になりそうですかな?」
「新発田様、殿は二万以上の大軍で動いている為、現在、武蔵国を進んでおります。到着にはまだまだ時間がかかるとの事です」
「おお!二万以上もの大軍とは!それならば、遅くなる事も仕方ない。うむ、状況も分かった。各々方もゆっくり休まれよ」
「「「お言葉に甘えます」」」
重家の居城の五十公野城に、北条家から最初の戦力の200名の兵達が派遣された。重家はとても喜んだが、実はこの200名、全員が風魔の者達である
そんな事を知らない重家は、
「ふっふっふ。これから北条家から二万、最上家はおよそ五千くらいと推測するが、そこに儂の三千を加えたら。くっくっく。総勢二万八千の大軍じゃ!
織田も武田も上杉も、容易に蹴散らせるわ!それだけの大軍じゃ、負ける事など無い!よし!戦の前祝いとして、酒宴を開こう!北条家の方々も呑んでくだされ!」
事もあろうに、酒宴を開く決断をした。そして、重家は浴びる程に酒を呑む。用心深い風魔の者達は酒を飲むフリをして、水を飲む。そのやり取りをしていると
重家は完全に酔い潰れた。その様子に風魔の者達は
「頭、この阿呆、どうしますか?」
「我々が領民のふりをして、この阿呆を上杉家に突き出せば、上杉家中に潜入出来るのでは?」
「それならば、この阿呆の頸だけでも良かろう」
と、話し合っていたが、そこに
「頭!上杉の軍勢が、此処に向かっています!数はおよそ一万です!この阿呆を叩き起こしますか?」
見張り役の風魔から、景勝達の軍勢が五十公野城へ向かっているとの報告が届けられる。その報告に頭は
「馬鹿な!此処と上杉の館は四十里は離れておるのだぞ!情報が露見するのが早すぎる!」
景勝達が気づく事の早さに驚いていたが、頭の決断は
「仕方ない。証拠や証人を残さぬ為に、この城に火をかけて、この阿呆が自害した様に偽装して撤退じゃ!」
「「「「ははっ!」」」」
火をかけて重家が自害した様に見せるとした。その後、風魔達は五十公野城に火をかけて、燃え広がる前に脱出した
燃え盛る炎の中で目覚めた重家は一酸化中毒になり、そのまま息耐えた。
五十公野城が見える距離まで来ていた景勝達の中で兼続が
「殿!新発田左源太の城から、火の手か!」
城が燃えている事に気づく。景勝は
「一人でも生き残りが居るかもしれぬ!急ぐぞ!」
「「「ははっ!」」」
移動速度を上げたが、間に合わず、五十公野城は崩れ落ち、女中と料理人が城から逃げただけで、門番担当の足軽達も、風魔の手により殺されていた
この状況に景勝は
「新発田左源太を、義兄上の元へ行かせずに済んだが、色々と不自然に感じる。これは、大きな戦の前触れかもしれぬな」
これまでの状況を、あまりに不自然だと疑っていた。




