合格者達を連れて行く者は
天正十六年(1588年)八月一日
山城国 京都奉行所
「それでは皆!甲斐国へ行く前に、近江国の安土城へ行く?そこで、織田家当主に会ってから甲斐国へ行く予定じゃ!しっかりとついて来い!」
「「「ははっ!」」」
新田家と楠木家を採用した最終面談の翌日、信長は合計120名の合格者達を連れて、安土城へ向かうと宣言した。本来ならば、京都奉行所から家臣の誰かしらに名簿を渡して、そのまま甲斐国へ出立したら良いのにも
関わらず、信長の悪ノリが発動したのである。ちなみにだが、この時点で、合格者全員、目の前の男が天下人の織田信長である事を知らない状態である
そんな状態で、安土城に向かい、到着すると
天正十六年(1588年)八月二十日
近江国 安土城
「ほお。お主達が、甲斐国で働くと決めた者達か自己紹介しておこう。儂が織田家当主の織田左中将じゃ!」
大広間で平伏していた合格者達の前に信忠が現れて、声をかけるが、誰がリーダーなのか決まっていないので、返事もまばらになる。そこで信忠は、裏で信長から受け取った名簿を見て
「まとめ役が居ないのも、困り物じゃな。なので、儂がまとめ役を指名するが、そうじゃな、松永彦兵衛!お主をこのもの達のまとめ役に指名する!」
久勝をまとめ役に指名した。指名された久勝は
「あ、あ、あの左中将様!まとめ役の御指名、大変嬉しい限りですが、誠に拙者でよろしいのでしょうか?こう言ってはなんですが、
甲斐国へ行く者達の中には、新田殿、楠木殿という南北朝の時代から、その名を轟かせていた、武家の子孫の方々も居るのです!しかも、新田家は源氏の直系に近い武家、その様な方々の居る中で、拙者がまとめ役を務めても良いのでしょうか?」
「家格的にまとめ役は別の人が良いのでは?」と信忠に質問するが、信忠は
「松永彦兵衛よ、戦無き世を作ろうとしておる織田家と徳川家が中心の今において、家格で立場を決めるなど、馬鹿げておる!
そもそもの話、彦兵衛のまとめ役に対して、反論があるのであれば即座にしておるはずじゃ!新田小次郎よ、お主も特に反論が無いから何も言わない!そうではないか?」
義勝に質問する。義勝は
「はい。左中将様の仰るとおりです。今の時代、家格だけでは何も出来ませぬ。それに、家格の事を言うのであれば、同じ源氏の血筋である甲斐武田家の元に行くのを嫌がります
ですが、その様な気持ちは一切ありませぬ。なので、松永彦兵衛殿がまとめ役である事に、反論はありませぬ!」
久勝がまとめ役で構わないと伝える。それを聞いた信忠は
「そうか。楠木左衛門尉、お主も反論は無い!ということで良いな?」
正勝に話をふり、正勝も
「ははっ!拙者も、松永彦兵衛殿がまとめ役で反論ありませぬ」
久勝がまとめ役で構わないと伝える。他の者達からも反論が無い事を確認した信忠は
「そういう事じゃから、松永彦兵衛よ。皆の事、しっかりとまとめよ。良いな?」
「ははっ!」
久勝にまとめ役として頑張る様、激励し、久勝もしっかり答える。そのやり取りの後に信忠は
「さて、まとめ役も決まった。それでは、皆を甲斐国まで連れて行く者じゃが」
合格者達を甲斐国まで引率する役目の者を発表しようとすると、
スパーン!と襖が開き、
「勘九郎よ!皆を連れて行く役目、儂と勝三郎が引き受けよう!」
信長と、信長の乳兄弟で織田家の重臣である、池田勝三郎恒興が大広間に入って来た。2人の登場に信忠は
「父上!何を仰るのですか!」
と、思わず本音が漏れる。それを聞いた久勝が
「あ、あの、左中将様!あの方は、京都奉行所で我々に対して甲斐国へ行く事の事情等を聞いていたのです。
それで、織田家の家臣の方とばかり思っていたのですが、左中将様、今、「父上」と仰っていたと思うのですが、もしや、あの方は」
恐る恐る信忠に質問すると、信忠は
「父上!また、驚かせようと何も言わなかったのですな!」
信長を軽く怒るが、信長は
「はっはっは!京都奉行所で、何度も驚かされたのじゃ!これくらいの意趣返しは許せ!まあ、これで目的は達成されたのじゃ!改めて、自己紹介するとしよう!」
そう言いながら、信忠の近くの下座に移動して、
「皆!儂は上座に居る、織田左中将の父で、織田家先代当主の、織田内府じゃ!驚かせて済まぬ!」
自己紹介をする。自分達に面談をしていた男が、まさかの天下人であった事を知った合格者達は
「「「「無礼な言動の数々、申し訳ありませぬ!」」」」
と、一斉に平伏した。その様子に信長は
「気にするでない!儂がどの様な人間が来るのか、自身の目で見たかった。それだけの事じゃ!基本的な事は、既に家督を相続しておる倅に任せておる!
儂の事は、自由に動き回る隠居した年寄り。くらいに思えばよい!」
などと、軽口を言っていたが、合格者全員、
「「「「そんな風に思えるわけないだろ!」」」」
と、内心ツッコミを入れていたが、当然、口には出さない。そんな微妙な空気の中で信忠は、
「少しばかり、話は逸れたが、お主達を甲斐国へ連れて行くのは」
信長ではなく、池田恒興であると発表しようとしたが。
「勘九郎よ!儂と勝三郎が連れて行く!それで良いではないか!」
信長は絶対に自分も行く!と譲らない。こうなっては、親子喧嘩に発展してしてしまう。と危惧した丹羽長秀から、
「殿。大殿が連れて行くと申しておりますが、早く戻る事を条件に、許可を出しても良いのではないでしょうか?」
と、折衷案を出す。それを聞いた信忠は
「それしか無いか。仕方ない。父上、今から出立したら、甲斐国へ到着するのは早くとも神無月の終わり頃か霜月の頭頃になるでしょうから、来年の如月には
間違いなく戻っていただかないと、今後、遠くの国へ行く事を禁じます!それを了承しなければ」
来年の2月中には戻って来ないと、遠出を禁止すると、信長へ通達する。それを聞いた信長は
「その条件で構わぬ。だが、勘九郎よ、その条件にひとつだけ、儂から条件をつけさせてくれ」
更に条件を付け足そうとしていた。信忠は、
「とりあえず、聞いてから考えます。言ってくだされ」
信長に発表を促す。信長の出した条件とは
「うむ。もしも、遠出した国の周囲で戦が起きたり、その国に居る者達が出陣した場合は、戻る事が遅くなっても許す。これを付けて欲しい。どうじゃ?」
「行った先で戦に巻き込まれたら、遅くなっても仕方ないから、許せ!」だった。条件を聞いた信忠は
「まあ、その様な事は起きない可能性の方が高いから、その条件を付けましょう!勝三郎、父上と皆の事で大変だと思うが、よろしく頼むぞ」
「ははっ!」
「うむ。それでは、皆。そういう事に決まったから、気をつけて、甲斐国へ行き、しっかりと働いて来てくれ!」
「「「ははっ!」」」
こうして、信長の悪ノリサプライズも成功し、甲斐国へ合格者達を引率する事になった。