緊張と疲労と天下人の悪ノリ
大広間で信長と謁見した毛利家一行のうち、安芸乃は藤四郎と又次郎を使って、六三郎を部屋に案内させる。そして、部屋に入るなり、安芸乃は
「さて柴田様!吉田郡山城以来の対面になりますが、柴田様が左中将様の御舎弟様の嫁取りを達成した話、是非とも、お聞かせください!」
六三郎に対して、ケンカ腰とも取れる態度で頼んでいた。その態度に又次郎が
「安芸乃殿。その様な好戦的な態度では、六三郎殿も話せませぬぞ?それこそ、毛利家の姫は礼儀がなってないと言われてしまいますぞ?」
安芸乃を嗜める。それを見た六三郎は、
「手間を取らせて申し訳ありませぬ。ええと、申し訳ないですが、お名前は?」
又次郎に名前を聞くと、そこから
「自己紹介がまだでしたな。拙者、吉川次郎の三男の吉川又次郎広家と申します」
「自己紹介、忝うございます。柴田六三郎長勝と申します」
「安芸乃殿がしばらく六三郎殿を離さないと思うので、今のうちに。六三郎殿、父上を再び武将に戻してくださった事、父上と兄上に代わり、感謝します」
「と、申しますと?」
「実は、織田家と毛利家との戦において、父上は山陰の守りを請け負って居ましたが、最初に戦っていた羽柴殿が、佐久間殿の救援で山陽に移動すると、
少しばかり、腑抜けてしまったのです。それこそ、嫡男である兄上に家督を譲ろうとする程でした。ですが、六三郎殿が山陰を進み、伯耆国で戦になり、
その戦で敗れた父上は目が覚めて、あの手この手で六三郎殿の軍勢に勝利しようと策を練っていたのです
ですが、父上の考えた策に六三郎殿はかからず、それどころか、父上や叔父上達が吉田郡山城にて六三郎殿の軍勢を迎え撃つ準備をしていた所を、
百里を十日で走り抜くという前代未聞の策で、出し抜かれた事で、自身もまだまだと更に武芸に精進しております。このまま耄碌してしまうのでは?という
心配が無くなった事、吉川家を代表して御礼申しあげます」
六三郎にお礼を言う流れになった。お礼を言われた六三郎は、
「又次郎殿。拙者の様な若造が、名将と呼ばれております、お父上を出し抜く為には無茶をしないといけなかったので、それ程、畏まられるのは申し訳ないので」
何とか終わらせようとする。そこに安芸乃が割り込み
「又次郎殿!そこまでにしましょう。私の目的が進みませんよ」
又次郎を嗜めると、
「申し訳ない。それでは、六三郎殿。安芸乃殿に知っている事を色々と教えてくだされ」
又次郎は六三郎に話を振る。振られた六三郎は
「ええと、では。先ず、大殿の三男であり、伊勢国の神戸家に養子に行った伊勢守様の嫁取り話から」
三七と菫の馴れ初めを話して行く。それを聞いた安芸乃は
「伊勢守様の嫁取り話も、素晴らしいお話ではありませんか!今まで左中将様と、もう一人の兄君の影に隠れていたのに、
伊勢国の太守の座を巡り、内政で決着をつける為の秘策である、「伊勢茶屋神戸家」の商いの為に、
織田家から派遣された菫姫との運命的な出会い!しかも、お互いに一目惚れなんて!これは、筆が走ります!しばらくお待ちください!」
そう言いながら、一心不乱に筆を走らせて、書き続ける事6時間。遂に
「完成しました!左中将様と松姫様のお話の次、伊勢守様と菫姫のお話!左中将様と松姫様のお話に題目をつけるなら、「手繰り寄せた想い人」が良いとして、
伊勢守様と菫姫のお話に題目をつけるなら、「想い叶える洛中茶屋」が良いでしょう!二作目が完成しました!柴田様、次の御舎弟様の嫁取り話をお願いします!」
安芸乃はテンション高く、六三郎に次の話をリクエストしていた。しかし、
「安芸乃様。今日はもう、これぐらいにしましょう」
「拙者も、その方が良いと思います」
藤四郎と又次郎に止められる。止められた安芸乃は
「何故ですか?話はこれから」
と、抗議するが、2人が六三郎を指差して、その理由を伝えると
「あら、柴田様はお疲れでしたか。それなら、続きは明日、お願いしましょうか。藤四郎殿、又次郎殿。すみませんが、柴田様をお部屋へ連れて行ってください」
「「承知しました」」
堺からの帰りで疲れていた六三郎は、いつの間にか寝落ちしていた。それを見た安芸乃は仕方ないと思い、続きを明日にする事に決めた
翌日
「内府様!帰蝶様!左中将様!松姫様!」
安土城の廊下を早歩きで移動しながら、4人を呼ぶ安芸乃の声が響きわたる。4人共、大広間に居たので、直ぐに収まったが
「安芸乃、何事じゃ?」
「朝から賑やかですねえ」
信長と帰蝶がツッコむと
「申し訳ありません!実は、前日に柴田様から伊勢守様と菫姫の馴れ初めを聞きまして、眠る時間を削って、書き上げましたので、是非とも見ていただきたく!」
作品を持って来た上で、見てくれと頼んで来た。そこで、松姫が
「義父上、勘九郎様。こういうのは、女子の方が正直な気持ちを出せますので、私と義母上から読みます。義母上、お願いします」
そう言いながら、自分と帰蝶で分け合うと、松姫は
「はああ。三七殿と菫の馴れ初めが、こんな素敵な書物になるなんて!」
号泣していた。帰蝶はというと、
「三七殿が、立派な殿方になっていく様子は勿論、菫が三七殿を支える姿も描かれていて、とても素敵なお話ですねえ」
読み終えて、満足そうにしていた。松姫と帰蝶が読み終えた後、信長と信忠も読んでみると、
「うむ!これは良き話じゃな!今まで勘九郎と三介の影に隠れていた三七が、男として成長する姿が描かれておる!」
「しかも、伊勢国内での交渉でも驕らず、卑屈にならず。この様な内容だったとは。如何に三七が少しずつ自信をつけて来たか分かる!安芸乃、良い書物じゃ!」
女子2人以上に、喜んでいた。その様子を見て安芸乃は
「ありがとうございます。次は伊勢守様の御舎弟様の嫁取り話を聞きたいのですが、柴田様はどちらに居ますでしょうか?」
六三郎の居場所を聞く。聞かれた信長は
「六三郎ならば、城の外で家臣の赤備え達と共に訓練をしておる!日が昇る前からやっておったから、そろそろ終わる頃じゃろう!飯を食ったら、安芸乃の元へ行かせるから、しばらく待っておれ」
「はい!ありがとうございます!」
安芸乃に六三郎の予定を伝えて、安芸乃もそれを聞いて大広間を出ようとすると、信長は
「安芸乃、その書物を更に素晴らしい物にするのであれば、三七の弟の源三郎の嫁取り話を書くのは当然ではあるが、六三郎の妹達の話を入れたら、更に素晴らしい物になると思うぞ!六三郎に聞いてみよ」
「誠ですか!ありがとうございます!」
安芸乃に次のネタを提供しつつ、六三郎の負担を増やしていた。