前田家当主の下す沙汰と年月の早さ
慶次郎が捕まった時間が、およそ夜1時頃で、そこから6時間後の午前7時頃、柴田家の大広間では
「親父殿!誠に申し訳ありませぬ!」
利家が慶次郎の頭を押さえつけながら、勝家に平伏して謝罪していた。
「又左よ。六三郎為も過剰に追い回したのじゃから、それ程気にせずとも」
勝家が少しばかりフォローしようとしたが
「いえ!六三郎殿達が警戒してなければ、こ奴は間違いなく風来坊になっていたでしょう!そうなってしまっては、ふゆも慶之助も気を病んでしまうかもしれませぬ!
亡き兄上に、慶次郎達の事を頼まれたのです!そうならない為にも、気をつけていたのに!誠に申し訳ありませぬ!」
利家は、それでも謝罪し続ける。そんな利家に勝家は
「とりあえず、頭を上げよ」
頭を上げさせる。慶次郎も一緒に顔を上げると、口の横が切れていたが、これは利家に殴られた為である
それを見た勝家は
「まあ、何じゃ。慶次郎よ、諸国を見たいと思う、お主の気持ち、分からんでもないが、それは今すぐでなくとも良かろう?」
六三郎と同じ様な言葉をかけると慶次郎は
「柴田様や叔父殿が仰っている事は正しいですが、拙者は、慶之助なら大丈夫だろうと」
慶之助を盾に言い訳をするが、それが利家の逆鱗に触れ
「この、たわけが!!!」
利家は叫ぶと同時に、慶次郎を殴る。今度は顔ではなく、鳩尾を殴られた慶次郎は、前のめりに倒れる
「倒れた慶次郎に対して、利家は
「慶次郎!貴様、やっぱり分かっておらぬではないか!最早、甘やかさぬ!これから貴様は、慶之助が元服するまでは、
領地で蟄居を命じる!許可無く領地がら出る事、絶対に許さぬ!お主がこれを破るのであれば、慶之助もふゆも斬首とする!」
とても厳しい沙汰を下す。沙汰の内容に慶次郎は
「叔父殿!それはあまりにも!」
抗議するが、利家は聞く耳を持たず、それどころか
「不服か?不服なのであれば、選ばせてやる!先に上げた沙汰を選ぶか、それとも前田家からお主ひとり「だけ」放逐して、慶之助とふゆに二度と会えない人生を送るか!どちらが良い?選べ!」
前田家から追放して、家族に会わせないと宣言した。これには流石に慶次郎も
「分かり、申した。蟄居の沙汰、受け入れます」
蟄居の沙汰を受け入れた。慶次郎の言葉を聞いた利家は
「ならば、今すぐに領地へ戻るぞ!これ以上、親父殿と六三郎為に迷惑をかけられぬ!立て!」
慶次郎を無理矢理立たせて、大手門まで歩かせる。そして、馬引の者が居る馬に乗せると、
「親父殿!六三郎!迷惑をかけて申し訳ない!このお詫びは、何処かで!ふゆ!後ほど迎えに来る!しばらくは慶之助の側に居てやれ!それでは皆、出立じゃ!」
「「「ははっ!」」」
勝家と六三郎に挨拶と謝罪をして、急いで帰って行った。その様子を見ていた慶之助は
「柴田様。六三郎様。父上と叔父上が騒がしくして、申し訳ありませぬ」
平伏して謝罪した。ふゆも続いて
「私からも、申し訳ありませぬ」
同じ様に平伏して謝罪した。2人の謝罪に勝家は
「二人が悪いわけではないのだから、頭を上げよ」
2人に頭を上げさせる。頭を上げた2人に
「とりあえず、ふゆ殿。又左か、又左の家臣が迎えに来るまでは、慶之助の側に居たら良い」
と、フォローする。それを聞いたふゆは
「ありがとうございます」
再び平伏した。空気的に落ち着いた事を確認した勝家は、利兵衛に
「利兵衛。とりあえず、ふゆ殿を休ませてやれ。それから、慶之助には、今日から少しずつ理財を含めた色々な事を教えてやってくれ」
「ははっ!それでは、ふゆ殿、慶之助殿。こちらへ」
利兵衛が慶之助とふゆを連れて、大広間を出ていくと、勝家と市と六三郎だけになる。その中で勝家は
「六三郎。お主も見ていたから分かるじゃろうが、もしも、京六郎や京六郎の子が、慶次郎の様な行動を取った場合、お主は又左の様な沙汰を下したりしないといかぬぞ?
それは家臣の者達に対してもじゃ。そこを理解した上で、己を律して役目に励め」
六三郎に前田家のやり取りを教訓としろ。と伝える。伝えられた六三郎は
「ははっ。気をつけていきたいと思います。それでは、明日にでも甲斐国へ出立する準備に取り掛かりますので、失礼します」
返事をして、大広間を出る。六三郎の後ろ姿を見た勝家は
「市。六三郎は分かっておると思うが」
市に対して、不安そうな言葉を口にするが、市は
「権六様。六三郎なら大丈夫ですよ。六三郎が慶次郎殿の様な人間なら、権六様は胃薬が手放せない暮らしになります。それに、六三郎は無茶な行動を取る場合、
周りを巻き込みますから。自分一人で無茶な行動を取るなど、まず無いでしょう」
六三郎なら、自分勝手で無責任な行動は取らないから大丈夫!と、勝家に伝える。市の言葉に勝家も
「そうか。市がそこまで言ってくれるのであれば、要らぬ心配じゃな」
軽く笑い、六三郎の話を終わらせる。すると、次は市から
「権六様。六三郎達が戻ってくる前に話していた初の件、よろしいですよね?」
「うむ。甲斐国に居る弥三郎の元へ行かせる話じゃな。離れて過ごす期間が長いのは良くないから、仕方あるまい」
「ありがとうございます。甲斐国の復興が終われば、土佐国へ行くのですし、夫婦として、楽しい時を今のうちに過ごしてもらいましょう」
「そうじゃな。初が弥三郎の元へ行って、年内に茶々も喜平次の元へ。嫁ぐ年齢になった事があっという間に感じるのう」
初が信親の元へ行く話をふられて、年月が過ぎる早さを、しみじみと感じていた。