六三郎が出発した後の安土城では
天正十四年(1586年)十二月二十一日
近江国 安土城
六三郎達が越前国へ出発した翌日、安土城の大広間には、信長と信忠と帰蝶と長秀のいつもの面々がいて、そこに一条家の2人が挨拶をしている所から、場面が始まる
「内府様、左中将様。此度は私達の無理を聞いていただき、誠にありがとうございます」
「ありがとうございます」
信子と万千代は、六三郎から事前に2人の身柄を織田家に任せた方がより、安全である事を伝え、信長達も、その事を了承したので、当面は、信長達の庇護下に2人が居る事になった
そんな状況なので、信子も万千代も感謝の挨拶をしていたわけだが、そんな2人に対して、先ずは信忠が
「さて、信子殿と万千代殿。二人を京の一条家の本家に連れて行くのは、来年の睦月の中頃で良いかのう?」
一条家の本家へ2人を連れて行く予定を確認する。すると、信子が
「はい。ですが、私としては万千代だけを本家が引き取って養育してくれたら、それで構いません」
自分よりも甥を。と希望して来た。その言葉に、信長が反応する
「信子殿。もしやと思うが、万千代殿を本家に引き渡したら、父君と兄君の菩提を弔う為に出家するつもりなのですかな?」
信長の問いかけに、信子は
「はい。そのつもりです。こう言ってはなんですが、本家に歳頃の娘が居ない場合、私を養女として、政略結婚の道具とするでしょう。実際に亡き父上から
此度の戦に勝利したら、更なる関係強化の為に、私を河野家の嫡男に嫁入りさせるつもりだと、言われておりました。ですが、後ろ盾の父上と兄上が討死したので、
私は万千代を連れて、河野家を出たのです。その結果、柴田様に拾ってもらいましたが、私は政略結婚の駒にされるくらいならば、出家した方が良いと思いまして」
政略結婚の駒になりたくないから、出家して、父と兄の菩提を弔う。と明言した。それを聞いた信忠は、一条家の本家との繋がりが無くなる事を危惧して、
「信子殿。その気持ちは分からんでもないが、万千代殿が子を持つ前に亡くなってしまう可能性もあるのだから、出家するのは、万千代殿の子が育ってからでも良いと思うぞ?」
信子の気持ちが変わる様に、宥める。それでも信子は、
「左中将様。今まで、私の事を「姫様」と敬っていた者達は、所詮、私ではなく、私の後ろの一条家という看板が欲しいだけなのです。その証として、私が河野家を出た時、混乱していた事もあったとはいえ、
誰も追ってこなかったのですから。その様な、姫という立場の無い私を用無しと見做している者達の居る場所には、居たくありません」
頑ななまでに、出家する気持ちは変わらなかった。信子の様子にお手上げになった信忠は、信長に助け船を出すが、信長も女子には強く言えない様で、何も言えなかった
そんな2人に変わって、信子に声をかけたのは帰蝶だったが、
「信子殿。それ程までに姫として敬っていたのに、立場次第で態度を変える者達のせいで、人を信じられないのであれば、最初から信子殿を姫扱いしない者達と、しばらく生活してみてはどうですか?」
帰蝶は、信子に斜め上な提案を出して来た。そんな帰蝶に信子は
「そんな家があるとは思えません」
と、一蹴する。しかし帰蝶は、
「ほっほっほ。信子殿。世間知らずにも程がありますよ」
信子を煽る。その言葉に信子は
「では、その家を教えてください。そこに行って、私を姫扱いせずに、最初から最期まで、
普通の女子として接してくれるというのであれば、行ってみます!その様な家は、何処にあるのですか?」
その家を教えろと訴える。その訴えに帰蝶は
「二人を助けてくれた柴田家ですよ」
柴田家だと答える。それに信子は
「柴田様の家ですか?確かに、移動している時は、変に気を使われる事も無かったですが」
思いあたる節を話す。それを聞いた帰蝶は
「ほっほっほ。信子殿。柴田家の中では、織田家の家臣の息子も娘も、家の立場など関係なく学び、働いているのですよ。
姫扱いなど一切なくです。その様な家ならば、信子殿が話していた「立場」など、関係ないのでは?」
信子を諭す様に話す。帰蝶の言葉に信子は、
「分かりました。帰蝶様の言葉を信じて、万千代を本家に預けたら、柴田家に行ってみます」
半分くらい納得した様だ。それを見た信忠は
「とりあえず、信子殿も万千代殿も、安土城でゆっくりしたら良い。別に今すぐに決めなければならない話でさないのだからな」
安心したと同時に、また信子が出家すると言わない様に、無理矢理、話を終わらせようとした
そんな中で、信長から
「信子殿、六三郎達が普通の考えでの持ち主ではない事は、多少なりとも分かっていると思うが、柴田家に行ったならば、更に常識外れな者達だらけである事を実感すると思うぞ?」
柴田家が全体的に普通の家じゃないと伝えられる。それを聞いた信子から
「どの様な家なのかは、その日が来るまで楽しみに取っておきたいと思います」
そう言われたので、とりあえず、その日の話は、これで終わった
安土城でそんな話し合いが行なわれている事を知らない六三郎達は、出発して越前国に行くのではなく、長浜城に寄り道していたが、その理由とは?