阿呆公方以外は全てを悟る絶望的場面
天正十四年(1586年)九月三十日
備後国 某所
六三郎の公方釣り出し作戦が最終盤を迎えていた頃、秀吉の本陣に文が届けられる
「殿!毛利様からの文でございます」
秀吉が清正から輝元からの文を受け取ると、
「ほう。この時期に文となると、これは期待してよいかもしれぬな。どれ、「羽柴殿へ。公方を屋敷から連れ出し、現在のところ、羽柴殿達から三里程の距離に
本陣を構えております。改めてですが、公方の引き渡しを明日の朝にでも行ない、そのまま安土城へ向かうという流れで進みたいと思いますが、それでよろしいでしょいか?返事をお聞かせくだされ」と、あるが、
どうやら、公方達には策が露見しておらぬ様じゃな。虎之助!今から文を書く!市兵衛を通じて、毛利殿へ文を渡してまいれ!」
「ははっ!」
同日
備後国 某所
「殿!羽柴様からの文です!」
輝元は、秀吉からの文を受け取ると、即座に読み出す
「思ったより早く返事が来たか。どれ、「毛利殿へ。公方達を疑われる事無く連れ出してくれた事、誠に感謝します。さて、毛利殿の提案した公方の引き渡しですが、毛利殿の提案どおり、明日の朝に実行しましょう!
あまり日を開けて、公方に疑われたら、軽く戦をしないとならない事になってしまいます。無駄な戦を避ける為にも、明日の実行でよろしくお願いします」との事じゃが、次郎叔父上!」
読み終えた輝元は、元春を呼び出し
「殿。公方の事ですな?」
「ええ。羽柴殿からの文が来まして、我々の提案で行こう。との内容でした」
「それならば殿、公方を引き渡す際、前後不覚になる程、酒を呑ませてしまいましょう。六三郎殿が、公方が逃げられない様に輿に乗せる事と、
暴れない様に刀を奪う事を提案しましたが、最後の手として、酒をしこたま呑ませて、羽柴殿へ引き渡しましょう。公方の共の者達にも呑ませてしまえば、気づかれる事も無いでしょうし」
「それならば、余計な手間も無さそうですな。分かりました。それで行きましょう。
しかし、叔父上。柴田殿と戦ったり、少しばかり行動を共にしているうちに、正攻法以外の策を使う事に抵抗が無くなった様ですな」
「はっはっは。殿、人は少しずつでも変わるものです。拙者の様な年寄りでも、まだまだ変化を受け入れる器があるのであれば、それは良き事です
それでは、酒を準備してまいりますので、失礼」
そう言いながら、元春は酒を準備し、輝元と共に義昭の元へ向かうと
「公方様。織田の軍勢の本陣が分かりました。三日後に総攻撃を行ない、勝利を掴みますので、その前祝いとして、酒宴を開こうと思いますので、是非とも音頭を取っていただきたく」
義昭にゴマをすり。輝元の言葉に気を良くした義昭は
「おお!遂に織田への攻撃が始まるか!そして、勝利の前祝いとは!毛利安芸守よ、そなたの忠節、誠に嬉しく思う!それでは、主だった者達を集めて、酒宴を開こうではないか!
皆!本陣に集まるが良い!酒は全て、毛利家が出してくれるぞ!遠慮なく呑もうではないか!」
幕臣達を集めて、酒宴を開き、毛利家からの酒を呑みまくり、その結果、
「「「んが〜!んが〜!」」」
「「「ぐおお〜!ぐおお〜!」」」
義昭以下、五十名が完全に酔い潰れる。その醜態を見た輝元と元春は
「次郎叔父上。戦経験が少ないとはいえ、これ程まで危機感の無い行動を取るとは」
「殿。いや、太郎よ。六三郎殿が阿呆と言い切る理由が分かったであろう。我が子可愛さに幸鶴丸がこの様にならない様、しっかり育てないとならぬぞ」
「肝に命じます」
「うむ。それでは、急いで縄で縛ろう」
「ははっ。皆、公方達を縄で縛れ!」
輝元の命令で、寝ている全員を縄で縛り、義昭は輿に、幕臣達は荷車に、それぞれ乗せて、夜中のうちに移動して秀吉達の本陣へ近づく。そして、
天正十四年(1586年)十月一日
備後国 某所
「公方様!公方様!起きてくたされ!公方様!」
「ん〜?何じゃ朝から騒々しい。何か起きたのか?何も無いのであれば、まだ寝かせよ」
「寝ぼけておられる場合ではありませぬ!しっかりと目を開いて、周囲を見てくだされ!「
1人の幕臣の声が義昭を起こす。起こされた義昭は
「何じゃ!何も無、い、」
不機嫌そうに身体を起こすが、その不機嫌な気持ちも一瞬で無くなる。何故なら、
「こ、こ、此処はどこじゃ!?それに、何故儂達は縛られておる?毛利安芸守!何処におる!説明せんか!」
広い野原に自分と幕臣達しか居ない状態だったからである。そんな義昭達が最初に見た人間は
「おお、何ともうるさい声が聞こえて来たと思ったら、何とも情けない姿ですなあ、公方殿」
「貴様!織田の家臣ではないか!毛利安芸守は何処に居る?」
秀吉達だった。義昭が秀吉に喚いている所に
「お目覚めですかな公方殿?前日は随分と酒宴を楽しまれておりましたなあ。戦場だというのに信じられませぬぞ」
輝元が嫌味たっぷりに義昭を煽りながら登場する。そんな輝元に義昭は
「貴様!安芸守!よくも儂を騙したな!」
自分が嵌められた事に気づくが、輝元は
「騙したとはおかしな話ですな?羽柴殿が出陣して来たのに、公方殿は寝ておられたので、采を振るう者が居なかったので、我々は降伏した「だけ」ですぞ?」
遠回しに、しかしはっきりと「寝ていたお前達が悪い」と義昭達に伝える。
それを聞いた義昭は
「おのれ〜!安芸守!貴様をこの場で殺してくれる!」
そう言って立ちあがろうとすると、
「動くな!!」
秀吉が大声で義昭を制する。その声に義昭が止まると、秀吉は
「公方殿。貴殿だけじゃぞ?周りが見えておらぬのは。よく周りを見てみよ」
義昭に周りを見る様に促す。義昭が周りを見ると、
「な、な、何故じゃ!大量の種子島が儂達に向けられておる!」
義昭達の周囲を火縄銃で囲んでいた。しかも、いつでも撃てる様に構えた状態で
それに対して幕臣達は
「公方様!もう諦めてくだされ!この様な情けない、どうしようも無い状況では、幕府再興など、夢のまた夢である事を、いい加減、理解してくだされ!」
「そうですぞ!最早、幕府の軍勢どころか、幕府その物も無いのです!現状を分かってくだされ!」
「公方様!」
義昭に「いい加減、現実を見ろ!」と呼びかける。それでも義昭は
「わ、儂は」
まだ抵抗しようとしたので、秀吉は火縄銃を一発撃たせる。
ターン!
銃声から数秒後、
「ひ、ひいい!」
義昭は情けない声と共に、漏らしながら倒れ込む。そのわけは
「だから言ったではありませぬか公方殿。動くな。と」
秀吉の家臣の1人の火縄銃の弾が、義昭の頬をかすり、血が垂れ落ちていたからで、義昭の情けない姿を見た秀吉は
「公方殿。拙者の主家の織田家に貴殿を連れて行きます。沙汰が確定するまで、大人しくしていただこう」
義昭にやんわりと、「大人しくしていろ」と命令すると、義昭は力無く頷く。それを確認した秀吉は
「それでは安土城へ出立じゃあ!」
「「「「おおお!」」」
毛利家も含めた全員をまとめて、安土城へ向けて出発した




