戻りましたら移動の開始と下準備
天正十四年(1586年)九月七日
安芸国 某所
「羽柴様。ただいま戻りました」
「うむ。思っていたよりも早くて驚いたぞ!」
皆さんおはようございます。約50日ぶりに、毛利家でのお手伝いを終えて、本陣に戻ってまいりました柴田六三郎です
毛利家の嫡男、幸鶴丸くんが少しずつ、でも確実に健康体になって身長も伸びた事と、小早川藤四郎くん達の若武者達が逞しくなって、
毛利家の料理番の皆さんも、簡単ではありますが俺の肉料理レシピを覚えたので、帰る事になりましたが、事前に言われていたとは言え、やっぱりお偉いさんが後ろに居るのは緊張しますよねえ、だって
「羽柴様。お気づきかと思いますが、こちらが」
「羽柴筑前殿。お初にお目にかかる。毛利安芸守にござる」
毛利家当主の輝元さんを引率しているんですから。そんな輝元さんに秀吉は
「こちらこそお初にお目にかかる。毛利安芸守殿。よくぞお越しくださりました。此方に来てお越しくださったと言う事は、拙者の家臣からの文が届いたのですな?」
挨拶も早々に、話をする。輝元は
「はい。文の中には、拙者や嫡男の斬首も切腹も出家も書いてなかったので、命は救われたのだと思っております」
安堵の表情を見せる。しかし秀吉は
「安芸守殿。恐らく、殿も大殿も、毛利家が条件に出した、「公方を捕まえて織田家に渡す」を達成して、初めて、命を奪わない沙汰をくだすと思いますので、
油断はしないでくだされ。殿も大殿も、基本的には優しいお方なのですが、言った事を達成出来ない者には厳しくなりますので」
浮かれない様に、釘を刺す。それに気づいた輝元は、
「ご指摘、感謝いたす」
気を取り直して、お礼を言う。そして、
「改めてですが、羽柴殿。その公方の捕縛についてですが、基本的には毛利家だけで捕縛するつもりです。
ですが、万が一の場合は、羽柴殿達にも協力を要請するかもしれませぬ。その時は何卒」
阿呆公方捕縛の為の話になると、秀吉に頭を下げた。秀吉は
「安芸守殿。その様な事をせずとも、我々も手伝います。本音としては、公方捕縛の際は、簀巻きにしても良いと思います。ですが、一応は公方ですから
多少は敬う形で捕縛しないといけないかと思うのです。あんな公方でも」
あんな阿呆でも、形式上、敬う形を取らないといけないと思っているらしいが、正直、簀巻きにして馬に引っ張らせた状態で、安土城まで連れて行けばいいのに、と、思います
そんな俺の考えを他所に、吉川さんと輝元と秀吉は
「素直に応じる事は絶対無いでしょう」
「だからと言って、やらずとも良い戦を仕掛けるのも」
「どうにか本人の意思で外に出てくれたなら」
悩んでいるけど、良い策が出ない様です。そんな3人と同じく、考えてくれているのが黒田官兵衛さんですが、
名軍師と言えど、簡単には策が出ない様です。そこまでだと、経験豊富な人達でも悩む案件。だったのですが、その官兵衛さんから
「六三郎殿!何か、思い浮かびませぬか?百里を十日で走り抜くと決断した時の様に」
なんて無茶振りか来たのです。この官兵衛さんの言葉に、吉川さんと輝元と秀吉の3人が俺に注目して来まして
「柴田殿!何か思いついた策でも言ってみてくだされ」
「柴田殿!見事な策があるのであれば」
「六三郎殿。先ずは言ってみるだけでも」
(俺への期待値を爆上げした目で見ております。あんな阿呆だろ?自分1人では何もしないで、遠い場所から偉そうに物を言う、戦経験も殆ど無いのに、
人を使いたがる、気位だけは高い。ん?人を使いたがる、気位だけは高い、、、、、これならイケるかも!)
「羽柴様!毛利様!吉川殿!官兵衛殿!1つ策は思い浮かびました。聞いてから、判断していただきたい」
「「「「聞かせてもらおう」」」」
「はい。先ずは羽柴様が軍勢を率いて戻る際、あえて公方の屋敷の近くを通り、大声で戦に負けて敗走している事を広めてください」
「負けを装いながら、それを広める」
「はい。次に羽柴様の軍勢を追っている毛利様と吉川殿が、公方の屋敷に行き、公方に対して、軍勢の総大将になってくれと懇願します」
「負けを装った羽柴殿の次は、毛利家が勝ちを装うと」
「はい。その懇願する際、公方に対して移動手段を馬ではなく、輿で移動していただく。とでも煽てていただきたく」
「馬ではなく、輿で移動させる理由とは?」
輝元が俺に質問して来ると、官兵衛さんが
「拙者が予想している内容と一致しているのであれば、中々に面白くも恐ろしい策になりますな」
と、笑いながら言って来たので、
「官兵衛殿。恐らく予想と一致しているでしょうから、お三方に説明をお頼み願います」
「承知した。それでは、六三郎殿の策ですが、先ず羽柴殿の偽りの敗走は公方を外に誘き寄せる餌です
織田家が敗走したと聞いた公方は、織田家への恨みから軍勢を攻撃したい、戦に勝ちたい。それこそ、今の敗走している織田家ならば、背後から攻撃出来る
そう思っている所に、毛利殿の軍勢が登場し、織田家を叩く。と言う甘い言葉を投げかけ、更に、公方へ総大将になっていただきたい。と、公方が必要である、
自身の為に働いてくれる。と思わせて、出陣を決断させ、輿に乗せて移動しながら、羽柴殿の元へ連れて行き捕縛する。そう言う流れですな?」
うん。見事に当ててくれた。流石です
「官兵衛殿、お見事!細かい部分を言いますと、馬ではなく輿に乗せるのは、万が一、策に気づかれた時に逃げられない為です。
そして、輿に乗せる際、どうにかして、公方から刀を奪っていただきたい事と、公方の共の者を、公方から遠ざける事。この2つをどうにかして、やっていただきたく存じます。
あんな阿呆の為に輿を支える者達が死んだり、怪我をするなど、あってはなりませぬ」
俺の説明を聞いて秀吉は、
「成程、公方の気位の高さ、後先考えぬ戦経験の少なさを攻める。そう言う事じゃな、六三郎殿」
「大まかに言えば、そう言う事です。阿呆と煙は高い所を好みますから」
俺の策の核の部分を理解した様だ。俺の説明を聞いた吉川さんと輝元のうち、吉川さんは
「はっはっは!公方に対して「阿呆」と言い切るとは、柴田殿、いや、六三郎殿は豪胆じゃな!だが、言い得ておる!」
大笑いして、輝元は
「羽柴殿が最初の餌として逃げる振りをして、毛利家が次の餌として共に戦う振りをする。気位の高さを利用して、輿に乗せて行き着く先は羽柴殿の元、
そして、逃げようにも武器は無く、輿に乗せられているから落ちる以外は逃げられず、更に共の者達は周りに居ない。二重どころか五重の罠とは」
軽く引いていた。でも、
「では、各々方。拙者の策を実行に移す。という事でよろしいでしょうか?」
「「「「おう」」」」
と、言う事で阿呆公方の釣り出し作戦が決まりました。それじゃあ、準備開始と行きますか。




